第82話カフェ・ルミエール楽団コンサート(4)

「いろいろと、申し訳ありません」

史は、カフェ・ルミエールに入ってきたマスターと榊原に頭を下げた。

おそらく母の美智子が、史のピアノコンチェルト弾きに当初反対したことを、申し訳なく思っているらしい。


「ああ、いいよ、そんなこと」

しかし、マスターはニッコリ笑っているだけ。

「そんなことよりさ、曲を決めるぞ」

榊原の手に持った紙袋には、数冊の楽譜がある。


「あ・・・はい・・・」

史は、話の展開の速さに、少しドギマギした様子。


「ほら!さっさと!」

由紀は、史のドギマギが気に入らない。

背中をポンと叩いて、腕までひっぱりテーブル席に移動する。


「それでね」

榊原もマスターも、由紀の意図はすぐに見抜いた。

カウンター席ではない、テーブル席で楽譜を見ながら検討するということである。

マスターは洋子に目配せ、そのまま四人テーブル席に移動した。


「それでね、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、ショパンの中からでいいかなあ」

「他でもいいんだけど」

榊原は、どさっとテーブルの上に、それぞれの楽譜を置いた。


「史は、どれがいいの?」

少しセッカチな由紀は、すぐに催促をしてくる。


「そうだなあ・・・うーん・・・今は、ブラームス弾きたいけれど」

「コンサートの場所にもよるね」

「大きなホールなら、ブラームスとかベートーヴェンでもいいけれど」

「小ホール、中ホールだと、バッハかモーツァルトかなあ」

史は、作曲家というより、ホールの大小で考えている。


「まあ、コンチェルトだからね」

「バッハとかモーツァルトの時代は、王侯貴族のサロンで演奏して」

「そうか、ブラームスか、史君のブラームスねえ」

「それをホールでねえ・・・面白いかなあ」

榊原の顔が、パッと輝いた。


マスターはニッコリとした。

「ああ、大旦那もベートーヴェンかブラームスって言っていた」

「そうなると、ホールの段取りも」

「自治会長を通じるかな」

マスターはすぐに立ち上がり、自治会長に電話をしている。


由紀も、少しはホッとしたようだ。

ようやく出された紅茶を口に含む。

そして史に一言


「ねえ、モーツァルトも聴きたいんだけど」


「え?マジ?」

史は抵抗するが、その瞬間、由紀に腕を掴まれる。

そのまま、店のピアノに引っ張られ


「はい!弾いて!」


史が弾き始めたのは、モーツァルトのピアノ・コンチェルト第21番第2楽章。


「ふぅ・・・艶めかしい」洋子

「ドキドキする・・・きれいすぎ」奈津美

「うん、素晴らしい」マスター

「いやー・・・これも捨てがたい、センスはピカイチだ」

榊原まで、ウットリである。

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