第74話奈津美の悩み(1)

奈津美は、本来は和菓子職人。

近所の老舗木村和菓子店から、洋菓子の修行として、カフェ・ルミエールに来ている。

もともと手先が器用であり、また木村和菓子店での教育がしっかりしていたのか、その仕事の几帳面さは、洋子も関心しきりである。


「うん、私より丁寧だね、洋菓子職人としてもやっていける」

「いろいろと教えたくなるよ」

憧れの有名パテシィエ洋子から、そんなお褒めの言葉をもらうけれど、奈津美は決して、仕事の精度を変えない。


「まだまだなんです」

「同じに作っても、どうしても洋子さんの味が出ない」

「何故だか、よくわからないんです」

これで、けっこう悩んでいるのである。


「そうかなあ・・・目をつぶって食べれば、わからないけれど」

アルバイトの結衣は、奈津美の悩みに、首を傾げる。

「そうですよ、奈津美さん、大丈夫だって」

もう一人のアルバイト彩も、太鼓判を押す。


「私も、それほどは感じないけれど」

洋菓子の師匠である洋子は、何かを考えだした。

「そうなると、味に詳しい人とかを呼ぶかなあ」

「うん、作るのに詳しい人ではなくてね・・・」


「へえ、作るのに詳しいのと、味に詳しい人とは違うんだ」

今度は結衣が首を傾げた。

「そうかあ・・・作る人は作るのに夢中だからねえ」

今度は彩が、半分くらいは納得している。



「で、味に詳しい人とは?」

奈津美は必死の形相になった。

とにかく、洋子との「微妙な味の違い」の原因を知りたくて仕方がない。



「えっと・・・そうなるとねえ・・・」

洋子は、少し考え、難しい顔になった。

そして

「人数が少ないほうがいいかなあ」

変なことまで言い出した。


「意味不明です」奈津美

「ジャマな人がいるってこと?」結衣

「全然わからないや」彩



洋子は、結局、名前を言ってしまった。

「・・・史君・・・けっこう味には厳しいから」


「あーーー 一人占めしようとしたでしょ!」奈津美

「ドサクサにまぎれて!」結衣

「油断もスキもないって!」彩

三人とも、ものすごい文句である。

どうやら史については、師匠も弟子もないようだ。



洋子は、「文句声」に耳をふさぎ、史に直接電話をしている。


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