第30話史の柔道(1)

午後4時半、史がカフェ・ルミエールに入ってきた。

少しやつれた顔、右足を少し引きずっている。


パテシィエの洋子は、少し気になった。

「ねえ、史君、何かあったの?」


しかし、史の反応は

「あ、いや、別に大したことはないです」

「突然、洋子さんのケーキが食べたくなっちゃって」

声だけは、いつもと同じ、でも、どこか疲れは見える。


「で、ケーキ、何にする?」

洋子は史に声をかけた。


「えっと・・・クリームがたっぷりで、甘めのが、どうしても欲しくて」

史にしては、珍しい注文である。

そもそも、滅多にケーキを食べないのに、洋子はますます首を傾げた。


「うん、わかった、特製サヴァランにしようか?」

「それとも、エクレアかシュークリームか、生クリームが食べたいのなら」

洋子と史がそんな話をしていると、史の姉の由紀と担任、そしてジャージ姿の、おそらく男性教師が店の窓から見えた。

ただ、歩きながら、少し揉めている様子。

おそらくカフェ・ルミエール店内に入って来るのは予想がついた。


「史君、キッチンに入って、姿を消して」

洋子は、史をすぐにキッチンにかくまった。

「これは、店内で絶対に揉める、対象は史君しかいない」

そう考えたのである。


史も、すぐにわかったらしく、キッチンに消えた。

ただ、右足が痛いらしい、入って来た時よりは引きずっている。



洋子の予想通り、史の姉の由紀と担任、そしてジャージ姿の男性教師が、店に入って来た。

教師2人は学園から来たらしく、担任は三輪、男性教師は佐野というネームプレートを付けている。


三人とも、店に入るなり、史を探した。

しかし、史はキッチンに身を隠したため、姿は見えない。


「いないですね」由紀

「そのまま、家に帰ったのかな」三輪担任

「そうなると、明日かな」佐野

「それ・・・でも、マジですか?」由紀

「史君は、新聞部で柔道部ではないですよ?」三輪

「そんなこと言ってもね、柔道部員を授業の乱取りで完璧に投げちゃったんだよ、大会も近いし、誘わない理由がないもの」佐野

「最後は足を引きずっていたのわかりませんでしたか?」由紀

「まだ、交通事故の怪我が完治していないかもしれませんよ」三輪

「そんなの若いんだから、時間で治るって!あんたたち甘すぎる」佐野

3人は、少し揉めていたけれど、史がいないことには話が進まない。

結局、姉の由紀だけが残り、教師二人は学園に戻って行った。


「史君」

洋子は、キッチンに隠れていた史を呼んだ。


由紀は、途中から、洋子の目配せでわかっていたらしい。

ふらつく史を抱えて、カウンターの前の椅子に座らせた。

そして、史を叱った。


「どうして、足首がしっかり治っていないのに、柔道部員と乱取りしたの!」

「少しは、足首のこと考えて手抜きするとかさ!」

由紀は、本当に真顔で怒っている。


洋子も呆れた。

「手抜きが出来ないのが、史君らしいけれどね・・・足首なんだよ?」

「痛いのは自分持ちで、後で歩けなくなったらどうするの!」


史は、本当にうなだれている。





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