第14章 未来と過去

第53話 約束です。きっとです。

 もう駄目だった。むせび泣きが止められない。

肌で感じる痛みがどうしようもなく悲しかった。苦しさと悔しさとごちゃ混ぜで何もかもぐちゃぐちゃな気分だった。

俺自身が悲しいんじゃない、人の願いや努力や全てをかけた祈りが通じない悲しみが、どうにもならない事実として目の前に横たわっていることが、とてつもなく哀しかった。

 俺には、止められない――。


涙で歪んだ視界に入った白い手を、思わず握りしめる。

 その時トサカが動いた。

全身を縦に伸ばし喉の奥で低く声を出しながら廊下を見詰めている。警戒の眼差しだ、と気付く間もなく騒がしい連中がなだれ込んできた。


「ああっ、藤宮さん!この馬鹿に何かされましたか、守野その手を放せっ」

「ちょ、ちょ、まっ、待てっておい!」

掴みかかってくる波多野を避けようとして半身をひねった拍子にもろ、藤宮さんへ倒れ込む。

「どさくさに紛れてこの変態が!」

襟首を捕まれグイと引き起こされた。

波多野パワーこえーよ、どんだけ力出してんだよ。


「違うって話しを聞けよ!」

必死で言い訳する横で、目立つ図体がソフトな展開を繰り広げている。

「大丈夫ですか藤宮さん」

などと手を差し伸べる有野に、思い切り膝カックンしてやった。無様に倒れ込め。

「全くお前らは何をやっとるんだ.....」


呆れ顔の刈谷崎さんが、どさっと床に腰を降ろした。

「藤宮、見てみろ。こんな奴らにお前の後釜が務まると思うか」

襟首から急に手を放した波多野が、力を込めて語り出す。

「そうですよ藤宮さん、この変態人妻好馬鹿に務まるわけないです」

そこへ生真面目な有野が加わった。

「まあ、変態かどうか証言するのはちょっと、一応友達ですし」

うおいっ、後の2人!お前らも ”こんな奴ら” の1員に入ってんだよ。


涙を拭きながら、姿勢を伸ばした藤宮さんの目元に、優しげな微笑みが浮かんでいる。

「安心したー。全てを知っても変わらない仲間が私には居る。だから私は、全てを託して行ける」

そしてくるっと向き直ると言い切った。

「刈谷崎さんは、ここへ私を引き留めるために来たんじゃない。安心させるために来てくれた。そうでしょう?」


え?


視線を向けた先には、少し照れくさそうにした刈谷崎さんの姿があった。

「まあそうだ。変わらない俺達がここ居ること、その俺達がいつもお前のことを思ってること。忘れるなよ」

「藤宮さんが、色々な事に区切りをつけたら、戻って来てくれるって信じてます」

「俺は、変態の監視をしながら待ちますよ」


ええ? 何? そう言う事だったのかよ、知らなかったの俺だけかよ、ちくしょう。

よし決めた。

スクっと立ち上がって宣言する事にする。


「俺は違う。俺は変わるよ。だから藤宮さんの後釜にはならない」

ハッと息を飲む音が聞こえた。

「守野くん...」

その揺れる瞳に、思い切り視線をぶつける。


「次に藤宮さんが来た時、本当の意味で安心してもらえるよう、俺は本釜を目指す。そのぐらい本気で変わる」

一気に伝えて言葉を切った。


1歩前へ出て、深々と頭を下げる。

「だからきっと、必ず戻って来てください」






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