第46話 俺に出来ることは何もないんですか。本当に?

 正直、俺の頭はパニックだった。今受け取ったばかりの重大な情報がそこら中に散らばり、何から拾い上げていいのかわからない。

 それでも、このまま行かせてはいけないと、それだけを強く思った。


「ちょっと待てって」

指先が、ピクリと震える肩先をとらえる。

「辞めてこの先、たった1人でを背負い続けて行くつもりなんですか? これからずっと? そんなの無理だしそんなことしちゃダメだ」


 藤宮さんは溢れる涙もそのままに、ついと外した視線を空へ向ける。

「あはは、守野君らしいな。ね、守野君、私たちほんと楽しかったよねー、たくさん笑ったよね、あー本当に楽しかったな」

 空へすっと伸びた視線の先を、一羽の鳥が飛んでゆく。

「はぐらかすなよ、だったらなんで――」


「ごめん……限界なんだ」

 絞り出された切れ切れの声に、たまらず体ごと胸に抱き寄せる。そうしなければ藤宮さんがこのまま、このままどこかへ消えてしまうんじゃないかと思った。


 細い手が俺の腕を掴む。

「守野くんに会いたいと思えばこうして会える。イノウエに行けば温かいメンバーにも会える。いつでもって訳じゃないけど悟にも会える。私も、悟も生きてるから。けど」

「けど?」

 抱き寄せた両の腕に力を込める。

「悟が、悟が命を奪った人は……どんなに逢いたい人がいても、どんなに願っても焦がれても叶わない。それは突然家族を奪われた遺族もそうだよ。もう2度と、もう2度と、顔を見ることも声を聴くことも触れることさえも…」

 細い嗚咽で失われた語尾が風に流されてゆく。


くそっ!ここで何を言えばいい? どうしたら伝わる? 両腕から大切なものが零れ落ちていく感覚、誰か止めてくれ頼む。

「弟さんは、悟君は確かにそういう事をしたんだろう。だけどそれは悟君自身の問題だろ? 家族であっても1人1人別の人間だし、責任の範囲だって別々だ」


「違うよ守野くん。私この1年でわかったの。最初は何故? どうして?って思った。寄せられる抗議の電話に投書、家族で過ごした家にスプレーで人殺しと書かれ、投石で窓が割れる、そんな中、父が亡くなり母が出て行った」

 ふっと息を吸い込むように一旦切った言葉が続く。


「今はわかる。そうしたこと全部含めて罪なんだって。それでも、それでもね、悟は、私の弟なの」

そこで藤宮さんは、唇をきゅっと引き締め目元を伏せた。


全部含めて罪ってどういうことなんだよ、全然わかんねーよ、そんな辛いことがあっていいのかよっ、ちくしょー!


ただただ彼女をこの胸に抱きしめ、呻き声を出すことしか出来ない俺は、どこまでも無力だった。




 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る