第32話 責任重大じゃないですか。

 有野が放った皮手袋をポケットにねじ込むと、肩を並べて正面玄関を目指す。

「なあ、皮手袋装着って初めて言われたんだけど、急ぎのお客様って誰なんだ?」

「そうだな、守野が漕ぎ出した学びの海中で初めて見る新種、と言ったところ」

 全っ然わかんねー。


 エントランス前に横付けされた2トントッラクの荷台には、目隠し用の黒い保護カバーで覆われた移動用キャリーケースが置かれている。こんなでかいの見たことねえよ。

 運転席から、軽い足取りで降りてきたのは、なんと佐久間だった。

「お迎え完了です。朝方の強風で、老朽化したバードハウスの屋根が飛んでしまったそうなんです。修復中のご滞在と、繁殖および手のりご希望を承りました」

 

 淀みない佐久間の声を聞きながら、頭に中に?マークの数だけが増えていく。

「守野、お前初めてだな?ちょっと覗いてみろ」

 刈谷崎さんの声に素直に従った。

「はい」

 よっと荷台に上りキャリーの前に立つ。幅は両手を伸ばしたぐらいだが、奥行きがぐっと長い。


 ふっふっという息使いが布越しに伝わってくる。

 中のお客様を驚かせないよう、静かに静かに布を上げ、対象を確認できるぐらいに光が入ったところで顔を近付ける。


 いきなりキラッキラしたアーモンド型の瞳と目が合った。なんだこの輝くような青、なんだこの高貴な感じ。確かどこかで見たことがある。数は多くはないが見たことがある。けど誰だ?

 顔が呆けていたんだろう、有野が嬉しそうに言った。

「インドクジャクだよ。このままフィ―ルドにお連れする。さあ乗って」


 トラックに乗り込み、ハンドルを握る有野に聞いてみる。

「なあ、滞在はわかった。で、繁殖ってなんだ?手乗りって言ってたぞ」

「まんまだよ。つがいのお客様が滞在中、繁殖活動に伴った命の誕生を俺たちがお手伝いさせて頂く」

 まてまてまて。繁殖活動までは理解出来たよ。けど手乗りって、インコや文鳥の話じゃないんだよな?大きさが全然違うじゃねーかよ。


「ふっふ、ビビってるな」

「ビビッてねーし」

「いや少しはビビっといた方がいいよ。小さなミスが命取りになる」


 トラックは、ケージの扉までバックすると停止した。

 あおりを外し、保護カバーを静かに外していくと、大げさでなくキラキラ輝くような深い青緑色をした羽を持つインドクジャクが姿を現した。飾り羽まで2メートルをあっさり越える大きさに圧倒される。

 冗談抜きで息を飲むほどその姿は美しい。その隣に、首回りは鮮やかで体全体が落ち着いた茶色で包まれているのが雌だろう。


 でかいキャリー(俺も余裕で入れる)に手をかけ、有野とせーので衝撃を与えないよう降ろすと、ゲージの入り口にぴったり付けキャリーの扉を開放する。

 雄の方が、アーモンド形の瞳を様々な角度に変えながら、辺りの様子を伺っていた。


 その間に電子カルテを開いてみる。滑川なめかわハヤト君と滑川なめかわチナツちゃん。共に3歳半か。反対側から聞こえてきた有野の声に顔を上げた。

「この後、孵化飼養ふかしようフィールドに案内するよ。

まずは孵卵器ふらんきの使い方からだ。温度、湿度、転卵、この3つのうち1つでも欠ければヒナは死ぬ。そしてその設定は、外気温の影響も受けるから慎重さが欠かせない」

 俺は早くもビビッていた。いやさっきからビビッていたがその度合いが更に加速した。責任、大責任じゃねーかよ、いきなりハードルたけーじゃねーかよ。


 いまここにある命、これから生まれてくる命。

 必ず守るし必ずやり遂げる、そう俺は心に決めた。

 


 


 




 






 


 







 

 

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