第15話 おかえりなさい。です。
午後3時過ぎ、西脇協同病院裏門道路へ、モスグリーンの大型トラックが滑り込むように入ると停車した。高さのある運転席からスーツの裾をひらりとさせた刈谷崎さんが軽やかに飛び降りると、裏門から病棟へと向かう。
助手席から、もたつきながら降りた俺は、トッラクの後ろに回りパワーゲートスイッチをONにする。
荷台の扉を軽くノックしながら安全バーを外し、静かに開けるとすかさずジョンの黒く湿った鼻先が手の平を押してきた。
「これでいいかな」
花瓶を手にした藤宮さん(相変わらず綺麗)が、少し戸惑ったような表情を浮かべて振り返る。その細い手に握られた花瓶には、母ちゃん、じゃなく花屋へパートに行っている母に頼み込んで取り寄せてもらった寒緋桜が可憐な花弁を震わせていた。
「大丈夫です、ありがとうございます!」
ほどなく、病棟の裏口から車椅子に乗った男性が姿を現した。車椅子の左側から膿などを溜めるための排液バックが下げられているのが見える。
押しているのは刈谷崎さん、その隣には点滴スタンドを押す浅野さんの奥さんがいた。車椅子顔を上げて話す浅野さんに笑顔が見られてほっとした。
もし体調が思わしくなかったらと、そこを一番心配していたから。
一礼して浅野さんと奥さんを迎える。
荷台へ目をずらした浅野さんの目がまるく見開かれた。
「こ、これは……我が家じゃないか」
刈谷崎さんが、車椅子ごとパワーゲートに乗り、奥さんも寄り添うようにそばへ立った。
「あげます」
ウイーンというモーター音と共にゲートがあがり、千切れんばかりに尾を振るジョンと同じ高さで停止する。
ジョンは笑っていた、ものすごいいい顔で。
荷台に、出来る限り再現を試みた浅野家リビングへ浅野さんを招き入れる。
奥さんが、目頭を押さえて優しく、そして楽し気にこう言った。
「あなた、おかえりなさい」
もう駄目だった。
素早く扉を閉じて飛び降りると止められない嗚咽を聞かれないよう、出来るだけ離れる。
ただ、ただ悲しいのとは違う、なんでかわからないけど突き上げるような思いに涙が止まらない。
ジョンと浅野さん夫婦の笑顔、親父の顔がぐるぐる回って顔も心もぐちゃぐちゃだ。
視界の端に、刈谷崎さんと藤宮さんが入る。
何やってんだ俺、しっかりしろ、みっともねえぞ。
上を向き空を見上げ呼吸を整えようと、思い切り息を吸い込んだ背中にバシッと衝撃が走る。
「なっ……波多野!」
「しけた面してんじゃないよ」
容赦のないキレッキレの言葉に自分を取り戻す。
「な、なんで波多野、おまえ今日休みだろ」
「この後、トラックを空にしなくちゃいけないんでしょ、お姉さんも手伝いに来てくれるってよ」
「へ? なんで姉貴、と言うかなんでお前」
「この前LINE交換したんだよねー、あんたって小さいころから泣き虫だったんだって聞いたばっか、お漏らししては……」
「なっ! やめろって! おい、お前ら!」
スリムなお腹で笑いを噛み殺している藤宮さんと刈谷崎さんへ、情けない視線を向けるしか術がない俺。
ついと顔を上げた波多野が不意に真顔を向けてくる。
「馬鹿すぎなんだよ守野」
同意する。マジ同意する。
「だけどこの守野の考えたこと、あたし良かったって思う」
はっと顔を上げた時にはもう、波多野は走り去っていた。
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