24章 『記憶』 Immortal Heart
私はあなたを忘れない。
例えあなたが私を忘れても、私の記憶からあなたが消える事は無いだろう。
そしてあなたがこの世界を去る事になっても、私はあなたの幻影を追い続けるだろう。
だから私はあなたを忘れない。私の記憶の中で、あなたは永遠に生きる。
他の誰でもない、あなただからこそ。
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ファスト王国、ファスト城の王の間にて。
「報告します。バルモア山脈の『二ノ村』が、魔王軍の襲撃を受けて壊滅しました」
兵士の知らせを、国王は眉一つ動かさないまま静かに聞き受けた。
「そうか、ご苦労……」
「それで、以後はいかがされますか? 村から避難してきたと思しき女子供や老人が広場に集まっていますが」
「追い出す必要はない。確か空き家が何件かあったはずだ、まずはそこに入れておけ」
「承知しました……」
兵士が立ち去った後、王の隣にいたドイが声をかけた。
「山頂の村、そんな場所まで監視していたのですか」
「昔、それこそ私の親父の代にだな、敗走した国の人間が山に住み移った。一応は報復を恐れて……という事になるな」
とはいえ、逃げ込んだ場所からして武器の調達は困難になる。当初は多少の可能性もあっただろうが、それも時間の経過とともに薄れていった。しかし用心深いファスト国王は、近隣の土地や勢力に目を向けている必要があった。
「そんな事より、魔王軍の動きが気になるな。今さら山に拠点を構えても仕方がない。村を襲った理由があるのだろう」
言いながら国王はドイを見た。国王は返しに期待したがドイはしばらく悩み、そして申し訳なさそうに続けた。
「私には検討もつきません」
「洞察力が足りないな……まあいい。歴史の古い村、そこに求めるのは情報の他ないだろう」
「情報……ですか?」
「そうだ。こいつは馬鹿に出来ないぞ、世の中には知られてない事も多々ある。人生を長く有意義に過ごした人間ほど、その情報を自然と溜め込んでいるもの。わざわざ山奥の田舎にまで行ったのには、ちゃんとした理由があるのさ」
国王は言いながら、一冊の書物を玉座の下から取り出し、ドイに手渡した。
「折り目が強く付いた部分を開いてみろ、『邪神との戦い』って所だ」
言われたページを発見すると、ドイはしばし沈黙して速読した。
「……分かれた三つの聖剣は、勇猛な戦いを見せ、互いに強い絆で結ばれた『エルド帝国』『クラウド王国』『ツアル王国』にそれぞれ保管される事になった……これが?」
「バルモア山脈の『二ノ村』は『ツアル王国』の残党が作り上げた村だ。もう聖剣の欠片は奪われたと見ていいだろうな」
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女神から事の顛末を聞かされたゴウトたちは、半ば急かされるように下山していた。巨大な刄の正体、そしてドーラの決死の選択、全ては手遅れだったのだ。
「もう少し早く行けば、あの村は助かったのか?」
ゴウトの口から我慢していた言葉が零れる。今さら口にしてもしょうがない、反省にすらならない分かり切った後悔に、ベルは眉間にしわを寄せた。
「止めろ爺さん。考えるだけ毒だ、交戦を避けられただけでもラッキーだろ」
「お前さんはそう考えるのか?」
「魔王の強さはよく知っている。悔しいけどな、今はまだ勝てる気がしねえのよ」
【その通りです。あなた方自身も、邪神はおろか魔王にもまだ適わないでしょう】
「あんたは黙ってくれ!」
そう叫ぶとゴウトは完全に黙り込み、距離を離す様に足を速めた。キオはそんなゴウトの背中を戸惑いながら見ていた。
(珍しい、じいちゃんがあんなに怒っている……)
「……まるでヒーロー気取りだな。爺さんでもああなっちまうとはな」
「ベルさん?」
「今は『斎藤』の観点で話そう。ここはゲームの世界だ。居心地は悪くないが、いつまでも居るわけにはいかない。俺が爺さんに言われた事でもある。分かるな?」
「いつまでも……それはそうだけど……」
「たとえこの世界の人間と友達や恋人になっても、いずれ離れちまう。必要以上に入れ込む事はない。入れ込んじゃダメなんだ」
斎藤の話を聞いて、キオは不意にクミの事を思い出す。辛い気持ちをまぎらわせようと、キオは斎藤に尋ねた。
「でも、斎藤さんは故郷を魔王に襲われて……」
言われて、斎藤は一瞬口籠もった。
「そりゃあ……確かに魔王は憎い。仲間の仇だって取りたい。だけどな、そんな感情も結局は『ゲーム』の中だけの事さ」
そして斎藤は、更に声を小さくして続けた。
「いいか……爺さんはゲームにハマりつつある。肉親である坊主だけが、爺さんを現実に繋ぎ止める事が出来る」
「現実に繋ぎ止めるって?」
「俺たちは日本生まれの日本人。本当は世界を救う勇者なんかじゃない。日本に帰りたいなら、それだけは絶対に忘れるな」
そう言ってキオの肩を叩くと、斎藤はゴウトの元へ近付いていった。
しばらく時間を置いて、ようやくゴウトが冷静さを取り戻す。そこでベルは本題を持ち出した。
「どーすんだ。話から察するに、クラウド城って所にも剣の破片があるんだろ? それも狙われるんじゃないのか」
「ああ……だが魔王もその場所は知らないはず。だからこそ剣の在処を聞きにドーラの元へ来た……と思う」
「で、婆さんは口を割らず、剣も入手出来ずか。こっちが一歩リードしてるが、残りの剣を取られたら終わるぞ」
「分かっとる。だが魔王でさえ知らない場所だ、どう調べりゃ良い? 女神のヒントも抽象的じゃぞ」
「そこを地道に調べるのがRPGだが、時間がないからな……」
「現実なら、攻略本やインターネットで一発で分かるのにね」
「それじゃな」
キオの言葉を聞いた途端、ゴウトが眉を大きく動かした。
「……ベル、お前さん魔法が使えるよな。死者を蘇生する事は出来るのか?」
「ん? かなり気力が減るけど一応使えるぞ。めっちゃ貴重な技だぜ」
「なら出来るぞ、究極の反則技がな」
そうしてゴウトは『反則技』を説明し始める。やがてベルは驚愕の表情に包まれた。
「死ねば現実世界に戻れる!?」
「条件付きでな。ゲーム内で蘇生しなければ現実、ゲーム共に行動不能のままじゃ」
ゴウトはかつて自分が現実世界に戻った経緯を話した。
「なるほど、いや盲点だった。てっきり死んだら廃人になるのかと……」
「危険性がまったく無いわけじゃないが、うまくいけば何人かは現実世界に送る事が出来る。ちゃっちゃと調べものを済ませて、ゲームに戻る」
「なかなか大胆だな、すると俺は蘇生役、爺さんも現実に戻りゃただのジジイか。じゃあ……」
ベルの視線は自然とキオの方へ向いた。
「ちょっと……キオを殺す気か!? やるならワシを……」
「爺さん、インターネットが出来るのか? その前にパソコンの電源がどこに付いてるのか分かるのか?」
ベルは再びキオを見た。言わない内から歯を食い縛り、目をつむっている。
「良い覚悟だ。男らしいぜ」
「待て……」
ゴウトが止めるよりも早く、ベルの弓矢がキオの心臓を貫いた。致命的なダメージが瞬時にキオの体力を0にする。
「足の湿布を剥がす時だって、一気にやった方がラクだろ。何事も躊躇なくやった方がうまくいくもんだ」
キオは膝から崩れ落ちる。やがて不吉な効果音と共に、体からドクロマークが浮かび上がった。
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「死んだ」瞬間はよく分からなかった。それはきっと深い眠りに落ちる様に、人間の意識しない所で不意に訪れるものなのだろう。ゲームの中とはいえ既に何回か死を体験した学は、それが想像するよりも実にあっけないものだと把握していた。
(体が痛い……まるで寝たきりだったみたいな)
どれだけの時間が経ったのかは分からない。たが、隣で寝たきりになっている祖父と、カーテンから射し込む真っ赤な夕焼け、鳴り響くお腹の虫、そしてどうしようもないくらいの体の痛みが、現実に帰って来れた事をハッキリと知らせていた。
周りを見渡すと、どうやら自分の部屋の様だった。そんな曖昧な感想が出たのも、いつもいるはずの空間が、長い間離れると忘れてしまう事の証明にも思える。
(ここは現実……何て体が重いんだろう)
その消失感や落胆した気分は、楽しい夢から醒めた直後のそれと酷似しており、学は深い溜め息を吐いた。
ガチガチになった体を起こすと、部屋にかけてあったカレンダーが目についた。精々月代わりに破り捨てるぐらいで、普段は日付なんて気にもしないが、おそらく自分たちが倒れたあの日、赤いペンで大きく×印が付けられていた。
(それから×が二つ……三日間も……いや、たった三日間?)
もう何ヵ月も冒険を繰り広げた気分でいたが、ゲーム内の時間で見てみると、一気に現実に引き戻される気がした。
(やっぱりゲームなんだ……人が死んだり、傷つけ合ったりしても……ナインダさんやクミも)
二人の名前を浮かべた時、学は目頭が急に熱くなり、涙が押し寄せてくるのを感じていた。
(ぼくを助けてくれたナインダさんや、あんなに好きだったクミがゲーム? やっぱり作り物だったの?)
考えれば考えるほど、理由の分からない涙が溢れだす。現実にいない人たちを思えば思うほど、現実では涙が込み上げてくる。その矛盾に学は大きな戸惑いを覚えた。
(それでも帰らなくちゃ。みんなが待っているんだ)
涙を右手で覆い、学はフラフラと歩き始めた。物音に注意しながら慎重に一歩を踏み出す。
(学、まずは水晶玉が近くにあるか確かめなさい。あれが無くてはこちらに戻ってこれないぞ)
祖父の言葉を思い出し、学は慌てて水晶玉を手に取った。見れば祖父の枕元にも水晶玉が置いたままになっている。理由は分からないが、とりあえず自宅にいて、水晶玉があるのをラッキーと考える事にした。
(夕方か、母ちゃん買い物なら良いんだけど)
足音を消すために、ゆっくりと足を動かす。誰かに見つからない様に祈りながら、学は階段を降りて玄関に出た。
(神様!)
名前の無い神様に祈り、学はドアノブに手を掛ける。がちゃり、という音を立ててドアノブは空しく空回りをした。ドアはそこからまったく開かない。鍵がかかった状態だった。
(留守だ!)
安心したのと同時に、急に体から力がわいてくる。体が慣れてきたのか痛みも無くなっている。
(まずは……そうだインターネットだ、確か父ちゃんの部屋に!)
痛みも空腹も忘れて、学はドタドタと走りだす。父の部屋にはパソコンがある。学は普段触らせてもらえないしあまり興味もないが、前に好きなTV番組でインターネットコンテンツの紹介があった時、一度父の許可を得て調べた事があった。
(あの時は確か……)
記憶を頼りに、学はパソコンの主電源を入れた。まるでうなりをあげるような重低音をたてながら画面に明りが灯る、どうやら起動に成功したようだ。
(インターネットは……ええとI《アイ》から始まって)
マウスをぎこちなく動かし、画面に並ぶアイコンからインターネットと思しきアイコンにカーソルを合わせ、左のボタンを押してみる。色が付くが何も起こらない。逆に右のボタンを押したら色々出てきたので「開く」を選んだ。
(いいか坊主、無事インターネットが開けたらまずは検索サイトを開いて、「ファンタスティックファンタジー攻略」って入れてみろ。後は「クラウド城」を探せ)
父のお陰か、インターネットブラウザを開くなり検索サイトが表示される。文字入力可能な中央のバーに矢印を合わせてボタンを押すと、帯に線が浮かび始めた。
(えっと、ローマ字は習いたてだぞ。ファはF・A……)
一文字入れる度に心臓がバクバクと高鳴る。いつ親が帰ってくるか分からない、そんな不安に押し潰されそうになる。
たどたどしいアルファベットがゆっくりと並び、最後にもう一度ボタンを押す。すると「ファンタスティックファンタジー」を既に攻略した、何人かの個人サイトが候補欄に次々と挙がっていった。
とりあえず一番上にあった攻略サイトに入ると、学は食い入る様にモニターを睨んだ。今まで歩いてきた場所、出会ってきたモンスター等が断片的に紹介されている。
(あった!)
【クラウド城】
●推奨レベル50以上
・対邪神用武器『浄化の剣』の柄の部分が眠る城。『オゼ大草原』の濃霧地帯に入り、風を起こして霧を散らす事により出現する。
・中には幽霊系のモンスターが多数登場する。物理攻撃が効かないので、ゴウトは剣技『疾風』を習得していないと厳しい。
(剣技?)
思わず『疾風』という文字にカーソルを合わせ押してみると、違う画面が現れた。見ればゴウトは魔法を使えない代わりに、様々な剣の技を扱えるらしい。
(ふーん)
次々と好奇心が湧いてくる。学はそのままサイトを調べて『キオ』という項目を見つけた。
【キオ】
・序盤は竜の姿で登場するが、中盤から『竜人』に戻れるようになる。
・竜形態は莫大な攻撃力と体力を誇るが、機動力に乏しく敵の攻撃をほとんど食らってしまう。
・竜人形態は攻撃力や体力を犠牲にする反面、機動力が跳ね上がる。敵の物理攻撃に対し回避率が格段に向上し、先制攻撃や複数行動を高確立で繰り出す様になる。
(ぼくって結構強いんだ……)
軽い自己陶酔に陥りつつ、次に攻略チャートへ目を移す。見たことのない地名やボスキャラの名前がいくつも並ぶ。自分たちが単に通って来なかった道なのか、もしくは存在すらしなかったのか、分からない。
(ナインダさんやクミはいなかった……ぼくが会ってきた人たちは……)
その時、開け放ったドアの向こうから、玄関の物音が聞こえた。
(誰かが帰ってきた! ええとパソコンの終わり方は……)
仕方なく学はパソコンの電源を直接切った。前にこれをやって父に怒られたのだが、今はそんな事を気にしていられない。
父の部屋を出て、学は自分の部屋に戻った。急いで水晶玉を持ち、そして……。
(どうしたら帰れるんだっけ!?)
あれほど祖父が説明してくれたのに、学はインターネットに夢中になるあまり、帰る方法を忘れていた。
「……学」
(母ちゃん!?)
学は慌てて水晶玉をお腹に隠し、急いで布団をかぶると目をつぶった。心臓がバクバクと鳴り、今にも飛び出しそうだ。
そしてドアが開くと、とても懐かしい声が聞こえてきた。
「学……いるんでしょ?」
母の声に動揺しつつも、学は必死に目をつぶり、ひたすら寝たフリをした。
「……冷蔵庫のプリン、一つ減ってたわよ」
(ああっ!)
それを聞いた途端、学の心臓は今にも外に聞こえそうな程に激しく鳴り響いていた。我慢するつもりだったのに、つまみ食いをしてしまったのだ。
「さあ、狸寝入りもここまでよ!」
香がそう言い放ち、布団を勢い良くめくると、学はとうとう声を出して飛び退いた。
「はあっ……はあっ……」
「まったく。実の母を前にシラをきるなんて、もう反抗期かしら」
「母ちゃん。ぼくはまだ……帰るわけには……」
言い掛けた所で、ぐきゅるると、あからさまな腹の虫が学の言葉を遮った。それを聞くなり香はクスクスと笑いだす。
「とりあえず、プリン一個じゃ足りないでしょ。ちゃんとした栄養を取りなさい。話はそれからよ」
そう言い放ち、香は扉を閉めると、学はまた祖父と二人きりになった。
(……そうだ! 早く戻らないと!)
思い出した様に水晶玉を取り出すものの、学の体に変化が無い。いくら頭の中で念じても、目をつむって眠ろうとしても、意識は依然としてハッキリとしていた。
(どうして? 何で戻れないの!? このままじゃ……)
「はい、昨日の残りご飯。温めなおしたからゆっくり食べなさい」
声に振り向くと、いつの間にか香が料理などを乗せたおぼんを持って立っていた。肉だとすぐに分かる香ばしい臭いが、一目見てジュースだと分かるグラスに注がれた黄色い液体が、学の目と鼻と腹をいやが上にも刺激する。
(ダメだ……今食べたら絶対に帰れなくなっちゃう! 絶対に……)
頭でそう思いながらも、学の両腕は自然と、目の前にあるご馳走に向かって伸びていた。
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「ホームシックじゃと!?」
「いててて……急に大声出すなよ。可能性だって」
キオを弓で撃った直後、ベルはゴウトに殴り倒されていた。とはいえゲームらしくパーティアタック(仲間への攻撃判定)の概念がこの世界にはあり、ベルは一命を取り留めていた。これは協力プレイなどで間違えて味方を攻撃しても、大幅に威力が減少される救済措置である。
「ったく、俺が死んだら回復役(集団で動くゲームにおいて、傷の手当や治療を行える人間)がいなくなるのに……冷静になれって」
「孫を目の前で殺されて冷静になれるか!」
しかしパーティアタックと言えども、あくまで「威力を大幅に弱める」だけであって、殺傷を目的とした重い一撃には効き目が薄い事もある。
キオが心臓を正確に射ぬかれ(元来、命中率が低くなる弱点部位にはより大きなダメージが加算される)絶命し、刀剣を素手で叩き割るゴウトの腕力で思い切り殴られたベルが瀕死なのは、彼らの基礎能力が補正を越えた、超人的な次元に達していた証でもあった。
「だからさ、考えてもみろよ。年頃の子供が、肉親や友達から離れてゲーム漬けなんだ、現実世界に未練があったってフツーだろ」
「じゃあ、もう学は帰って来ないって事か?」
「それは分からん。母ちゃんが恋しいなら現実に留まるかもしれないし、爺さんを見捨てられないなら戻ってくるかもしれない。俺にはどっちに転ぶか読めないよ」
「そんな……」
先ほどまでの怒りが嘘だったかの様に、ゴウトは脱力感に襲われる。その様子を見てベルは思わず目を逸らした。
(思い付きが裏目に出たか。意図したわけじゃあないが、俺も変な事を吹き込んじまったからな……)
キオの遺体を見つめながら、ベルは後悔を覚えていた。蘇生魔法はとっくにかけてあり、ゴウトの経験談が本当ならば、キオはいつでも復活出来る状態にある。
(坊主、やはりお前は日本に帰るのか? 仕方ない。子供には子供の都合があるもんな……)
もし復活出来ないのであれば、それは現実とゲームを繋ぐ水晶玉を消失したか、あるいは何らかの理由で現実に帰る手段、意思を剥奪されたか、考えれば考えるほどベルの心は焦りを覚えていた。
■■■■■□□□□□
涙が止まらない。かつてこれ程の「ご馳走」を堪能した事があるだろうか? 気が付けば苦手な野菜までもを頬張り、口の中で何度も咀嚼する。学は久しく忘れていた「食事」に感動していた。
「ふう……」
目の前に出された食事を綺麗に平らげ、口の周りに付いた汁等を舌でペロリと舐める学を見て、香はニコッと笑った。
「さて、この世に『タダ飯』なんて物はありません。今まであった事、全て話してもらいましょうか」
「うっ……」
観念した学は、今まで自分と祖父に起きた事を話した。買ったゲームに吸い込まれた事、ゲームの中のキャラクターが暴走し、それを倒さない限りは帰れない事などを。
「帰れないって……現にいるじゃない。前に一度お父さんも起きたけど」
「……こうやって一人ずつ帰る事は出来ても、皆は一緒じゃないんだ」
学は僅かに嘘を吐いた。条件が厳しいだけで、祖父と一緒に現実世界に帰る事は出来る。それを香に知られるわけにはいかない。しかし……。
「相変わらず嘘が下手ね。多分やり方が難しいだけで、お父さんも一緒に帰れるでしょ?」
「う……ウソ!? 何で分かったの?」
「今、学が自白したからよ。根が正直者なのは良い事ね、悪事には向いてないわよ」
香は意地悪そうに、ニヤニヤと笑いながら学の顔を覗き込んだが、やがて真顔に戻ってこう切り出した。
「で、何でゲームを続けようと思うの? 帰る手段が分かっているなら、お父さんと帰ってくればいいじゃない」
香の問いに、学は一瞬固まった。しかし唾を飲み込むと、勇気を持って言い返した。
「……メラ姉ちゃんや、ベルおじさんがいる。他にも何人か、ゲームから出られない人がいるかもしれない」
「4人だけとは限らないわよね。『ファンファン』、雑誌見たら売り上げ100万本突破したらしいわ。だったら他にも何百人、何千人もいるかもしれないじゃない。全員助ける気? そんな得体の知れない世界で?」
「……助けてみせる」
「出来るかしら? ただの小学生に」
香の問いに、学は大声を張り上げた。
「出来るよ! ぼくはキオ、伝説の竜人だもん!」
直後、学の隣にあった水晶玉が光ったかと思うと、学は座ったまま動かなくなった。香が慌てて瞳孔を確かめるが、諦めた様に溜め息を吐いた。
「行ってしまったのね」
香は学を布団へ戻すと、開いたままの両目をゆっくりと閉ざした。
「学……やるなら、最後までやり遂げなさい」
そう言い放つと、香は食器をまとめて部屋を出ていった。
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