第五話 八咫烏

前編 怪談

八咫烏やたがらすの言い伝え】

 佐保島神社は、時見町佐保島にある神社です。時見高校の正門より西側へ約八百メートルに位置します。祭神は、賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)。日本神話にて、神武天皇が東遷の山中で迷った際、八咫烏に化身しこれを導いたとされます。地元の人達からは「大烏様」と呼ばれています。年に一度、十一月に「太陽祭」というお祭りがあります。

              (時見高校新聞『希望の丘』二〇××年九月号より抜粋)



       ☆



 引いては寄せるような、悪寒を伴う高熱が数日続くも、それもやがては緩やかに快方に向かっていった。


 あれから龍神の現れる気配はない。本当に、自分とは必要最小限の関わりを保っていくつもりなのだろうか。神使の翡翠と主神である風神の信頼関係を、少し羨ましく思う反面、龍神はいかにも神様らしく人間とは感覚も感情も異なっているように感じたため、会わないで済むと思うと、正直少し気が楽にも思えた。


 その代わりに、風神がずっと明日歌に付き添ってくれていた。

 カーライル家の敷地内に出没した白髪の少女が、人間なのか、神様なのか、悪霊なのかは今のところ全く不明だったが、明日歌を公園におびき出した張本人であることは、間違いないだろうと思われた。また同じように狙われる可能性がある。裏庭ならまだしも、部屋にまで侵入されれば逃げ場はない。悪霊を追い払う力は、どうやら自身も傷つけてしまう力らしいので、使いこなすのは少し難しそうだ。

 というわけで風神が明日歌の警護に当たることになったのだった。

 神様を護衛として独り占めするなんて畏れ多いこと限りなしである。しかし「何より神使直々の神頼みだからね、それ以上に光栄で大切なことなんてないよ」

 と、風神が言うように、それは翡翠の強い依頼にほかならなかった。彼は本音としては、自身で警護の役目を果たしたかったのだ。しかしそれは流石にいろいろと無理があるというものだ。部活の終わった後は明日歌の家に寄ってくれていたけれど、藤村家の門限は厳しいらしく、長居はできないという。申し訳なく思った明日歌は見舞いそのものを遠慮したが、翡翠はそれ以上に強固に意志を曲げなかった。

 公園での事件以来、明日歌は本当は、この部屋で過ごすことも、目を合わせるのも恥ずかしいほどだった。不意に勝手に心臓が無駄に高鳴りを始めるので、悟られないように平静を取り繕うのが大変だった。けれど、そんな胸中など知る由もない翡翠が、その日の学校であったことをのんびりと報告してくれるのを聞いているとき、自分が心地よい安らぎを感じていることも確かだった。いつしか彼の訪れる時間を心待ちにするようになっていた。

 翡翠は、美波音の除霊の時のように、また知り合いの神様から護符をもらってきて、部屋の四隅に貼り付けてくれた。結界を張って、悪霊が入って来れないようにしたのだ。外側にもう一回り、家の敷地の四方にも結界護符を張っていた。

 すなわち明日歌の部屋は、二重の結界に守られているというわけである。考え得る万全の策だった。


 そんなわけで明日歌は日に日に回復し、悪霊に取り憑かれた人間にしばしば見られるという精神的な悪影響からも、幸運なことに逃れられていた。それは明日歌自身の力だと、風神は言ったが、間違いなく翡翠と風神のおかげだった。


 なんだか酷く久しぶりに学校に来たような気がする。家まで迎えに来てくれた美月と一緒に校舎に向かう明日歌は、少し緊張気味で、大きく深呼吸した。

 気が付けばずいぶんと気温が高くなっていた。時見高校は電車通学の最寄り駅からも三十分は徒歩が必要な辺鄙な立地にあるので、教室に着く頃には皆一汗かいて疲れ果てている。(そのため一時間目にうたた寝をする人が非常に多い。)

「白瀬さん、もう大丈夫なの?」

「インフルエンザ?」

 すれ違う友人たちに、大丈夫、風邪だったんだよ、と答えるたびに、彼らを欺いているような気持ちになった。申し訳ないので少なくとも、努めて完全回復した様子を見せなければ、と思う。

 それでも疲れたような顔をしていたのだろう。

「明日歌、今日は眠気を我慢しなくていいように一番後ろの席に座ろう」

 美月が率先して移動教室の席を取ってくれたり、

「無理しないでくださいね。しんどくなったらちゃんとそう言ってください」

 翡翠にはとても心配そうに諭された。

「藤村、最近ずっと白瀬さんのこと考えてたんだぜ」

 ホームルームの後、傍らで伊計琉太がこそっと言った。そんなわけはないとは思いつつも赤面し、明日歌は照れ隠しに何か言おうとしたが、上手く言えずに黙ってしまう。

「心配ぐらいするでしょう」

 と、代わりに翡翠が軽く受け流した。

 琉太や美月の煽りにも、翡翠は慣れつつあった。冷やかされて過剰に意識して、相手のことを不必要なまでに避けたりするような、高校生にありがちな甘酸っぱい青春を送っている余裕はなかった。今はそれどころではない。本当の意味で明日歌の心身の気遣いができるのは、このクラスにおいて自分だけなのだ。

 そう思うと、事情を知らないクラスメイトからの能天気な横やりも、ほんの些細な可愛いものに思えた。

 明日歌は困ったように微笑んだ。

「ごめんね、心配かけて、藤村くんにも迷惑かけちゃって」

 その言葉の端々からもわかるように、明日歌は、翡翠が自分を守り気遣ってくれるのは神使としての義務感に所以すると思っているようだったし、それを気に病んでいるように見えた。

 そうでなくとも、明日歌は自分の意志を無下にし過ぎていた。いつも自分のことを、自分のことなのにまるで他人事のようにどうでも良さそうにしている。自分の気持ちとは関係なく、ごめんごめんとばかり謝り続ける。周りの友人が気付くほどのことではないかもしれない。だって実際、彼女はそうすることで友人たちとうまく関われているのだから。しかし、この三ヶ月間そばで見ていた翡翠の目には、その危うさが映るようになっていた。だからこそ、せめて自分が守ってあげなくてはと、思ったのだ。

 そんな自分の真意を知らせるつもりはないが、誤解されるのも不本意だ。

「いいよ、迷惑じゃないし」

 強く心を込めて言うことしかできない。だからもっと自分を大事にして欲しい、と。


 その日、巴も交えて、改めてカーライル家の裏庭で出会った少女のことについて明日歌は話した。おかっぱの白い髪と、よく見えなかったけれど濃い色の着物。けれど風神の知る限り時見町にはそんな神様も神使もおらず、神様たちのあいだにも少女の目撃情報はないらしかった。

 時見町にはいないはずの者。新参者のであることは察しがついた。しかし逆を言えば、

「今のところ手がかりはこれしかありませんよね」

 ということで、わずかな情報を前に、四人は固まってしまう。

「そうね。詰んでしまったわ」

 と巴が深いため息をつく。

「あ、あの」

 小さな声で、明日歌が発言する。その表情は固く張り詰めていた。

「なにかしら、明日歌ちゃん」

 明日歌が自分から何か言おうとするのは珍しい。巴は、少し嬉しく期待の眼差しで優しく尋ねた。

「直感なんですけど、あの女の子は人間じゃ、ないような、気が……します」

 少女の、邪悪な念の篭った眼差しを思い出すと、今でもぞっとする。拙い言葉で、明日歌はその時の感覚を伝える。

「呪われそうな感じ、っていうか、そんな気がするんです、なんとなくですけど、すごく嫌な感じ」

 一瞬にして沸き立つような恐怖と悪寒は、あの子はこの世のものじゃない、と本能的に自らに告げていたのかもしれない。

「ああ、呪怨みたいな?」

 全然恐怖を感じていなさそうな翡翠が、適当に的を得たような得ていないようなたとえを出す。

「その子もすごい言われようだわ」

 と、巴に至っては少女側の人権を主張し出す。

「今頃くしゃみしてるかもね」

 風神は風神で、親しみやすいキャラクター像を作り上げようとしてくる。

 しかし、そのおかげで少しだけ恐怖心が和らいだ。

 全員、明日歌のその直感を信じていないわけではなかった。本人が気付いているかどうかわからないが、明日歌が人ならざるものについての自分の感覚を語るのはこれが初めてだった。だからむしろ、その発言は相当確信的で、当たっているだろうと思われた。ただ、

「それなら、その子は神使ではないってことになるねぇ」

 というわけで、また話が振り出しに戻ってしまうのだ。

 明日歌は、龍神に聞いたことを思い出していた。自分に取り憑いた悪霊は、よほど危険な災神でなければ扱わないような禁忌の術によって使役されていたものだということ。それは、神使にすらそう簡単に成せるような呪詛ではないということを。それならば、

「まずその、神使が神様を呪っているという仮説から洗い直さないといけないのでしょうか」

 という考えに行き着く。

 巴はうーんと椅子に座ったまま背伸びをし、机にばたんと突っ伏す。「だとしたらほかの神様?」

「でも神域には、そこの主以外の神様は呼ばれないと入れないし……」

 と風神が否定しながら同じように机に頭を付け、二人は顔を見合わせる。

「ほかの人ならざるもの?」

「ただの霊や妖怪が、あれだけたくさんの悪霊を使役して人間や神様に呪いをかけることもできないし……」

 このままでは堂々巡りで埒があかないと思ったのか、

「逆にあっちから出て来るのを待つのはどうですか」

 それまで黙って聞いていた翡翠が、ぽつりと口にした。

「え?」

 ほかの三人は同時に顔を上げた。翡翠は続ける。

「ここで考えても、これ以上有益な情報もありませんし。相手はおそらく、白瀬さんが神使だって知っていて狙ったのでしょう。俺と先輩も正体がバレている可能性がある。神様を呪おうとしている相手にとって、それを阻む力を持っている俺たちは不都合な存在なはず。だから近いうち同じように、接触を図ろうとしてくるんじゃないでしょうか」

「なるほど」

 巴は納得しつつも、懸念する。

「でも明日歌ちゃんをまた危険にさらすようなことは……」

「それはしません」

 翡翠はきっぱりと言った。

「白瀬さんには、こっちでは風神と一緒にいてもらいます。ゆめには俺と一緒に行きます。必ず、独りにはしない。それで、いいですよね」

 自分に回答を振られ、明日歌ははっとする。そして、そんな風に常に守られなければならない非力な事実を思い出し、急に気が重くなった。

「すみません……」

「謝ることじゃないよ。俺のほうこそ、こんな無茶ばかり言って、ごめん」

 翡翠は弱々しく微笑んだ。謝り合うことしかできないことを歯痒く思った。

「じゃあ、私たちはできるだけ相手が狙いやすいように隙を見せていくスタイルということね!」

 巴がとても良いことを思いついたかのような得意げな顔で言い出した。しかし、

「そこまで言ってません」

「ともちゃんは普段から隙だらけじゃないの」

 と、すかさず二人から総ツッコミである。

「でもさ、その女の子にもし会ったら、なにしたらいいの?説得を試みる?」

 と風神が尋ねる。

「ああ」

 今気づいたように相槌を打つ巴。

「まずは話が通じる相手かどうか、確かめるってことで、話しかけてみましょう!」



       ☆



 という議論があってから一週間、何も進展がなく過ぎ、気づけば六月末からの期末試験が迫っていた。期末試験が終われば、二年生はもうすぐ修学旅行ということで、校内はどこか慌ただしい空気に包まれていた。しばらくは明日歌も翡翠も、現実に向き合わなければいけない。

 雲一つない晴天に、涼しい風が吹き抜ける、梅雨の真っ只中とは思えない爽やかな陽気の日で、二年生たちは口を揃えて「今日が修学旅行なら良かったのに」と言いながら試験勉強に励んでいた。

 二時間目終わりの休み時間、世界史の範囲が広過ぎると友人たちと嘆きながら教室に戻ってきた明日歌に、美月(日本史選択のため、授業が別教室だった。)から突然降りかかってきたのが、

「ねえねえ明日歌って霊感ある方?」

 という話題であった。

 美月の口から出た『霊』というワードに、明日歌は一瞬で身をこわばらせ、表情を曇らせた。今の明日歌にとって、それは迂闊に踏み込むとホットすぎてやけどするぐらいタイムリーな話題なのだ。そんなこととは知らずに、美月の表情は単純な好奇心に満ち溢れている。

「え、え、ないよ、そんなには」

 努めて平気なフリをしながらも、しかし明日歌はしどろもどろに答えた。

「そんなには、ってことは、ちょっとはあるの?」

 そこに食いつくとは。さすが美月である。

「ど、どうしたのさ、急に」

 愛想笑いを作ろうとしても、口角が上がっていないのが自分でもわかる。

「最近出るらしいよ、この近く」

「出る……?」

 聞き捨てならない台詞だった。いや本音を言えば基本的に怖い話は聞き捨てたいが、今は、幽霊と聞くとどうしても悪霊と結び付けて考えてしまう。嫌な予感しかしなかった。しかし美月にとっては、それは流行りのオカルトネタに過ぎないのだろう。過剰に反応していては、きっと怪しまれてしまう。

「ごめん、本気で怖がらせてる?」

 案の定、明日歌の異常な怯え方に気づいた美月が、心配そうに顔を覗き込む。

「だだだだいじょうぶうぶぶぶ」

 と言いつつも、その顔面は蒼白になっていた。

「ええっ。全然そうは思えないよ」

 美月は慌てて明日歌を席に座らせると、ごめんごめんと謝り続けた。

「私こそごめんね、おばけは苦手なんだぁ」

 と弱々しく笑って、なんとか誤魔化したが、苦し紛れである。

「それさー私直接聞いちゃったんだけどー」後ろから聞いていたクラスのギャル二人組が便乗してくる。彼女たちは一度口を開くと知っていることは全て吐き出してしまう習性の持ち主である。まずい展開だ。

「昨日ねー、最終下校時刻まで図書室で試験勉強してたら帰りに幽霊見たらしいんだよ。なんか見た目は――」

「おいおいおいおい」

 空気読めよとばかりに美月が遮ろうとするが、逆に話手たちのテンションを盛り上げてしまう。

「見た目は、白い髪のおかっぱで、着物を着た女の子だった、とか?」

 思わず、明日歌は口にした。瞬時に、美月、ギャル、ギャル、その三人の動きと表情が、ぴたりと静止する。

「あははっ。まさかね」

 咄嗟に、乾いた笑いでごまかそうとするも、無意味で。

 美月が、不思議そうに爛々と眼を輝かせながら訊いてきた。


「なんで知ってるの?」



       ☆



「ここここ怖かった」

 昼休み。ちょうど職員室にクラス全員分の数学のノートを提出しに行くところだった翡翠に同行し、先程の美月とギャルたちとの会話の一部始終を説明した明日歌だが、し終えると自分の話に怖くなって青ざめていた。

「だ、大丈夫ですか?」

 しかし明日歌のその恐れ戦きを、どこまで深刻に捉えればよいものか、翡翠もだんだんわからなくなってきていた。というのも、彼女の怖がりっぷりは正直、平たく言えば、とても可愛らしかったのだ。

「幽霊も怖いし、みんなの空気が一瞬凍ったのが怖かったぁ〜」

 というからには意外と大丈夫そうである。翡翠はほっとして笑い声を漏らす。

「引かれてない?私も見たって言ったほうがよかった?でもそれ言うのも怖い」

「ほんとうに、ホラーは苦手なんですね。ちょっと気持ちはわかりますけど」

「嘘!全然平気そうじゃん」

「まあまあ、今はね」

 ということは、翡翠も子供の頃は幽霊が怖かったのだろうか。もしそうなら、あるとき克服したということか。

 それができなかった自分が情けなく思えてきて、明日歌は少し落ち込む。

「ほかにもいるのかな、見た人」

 俯いて歩きながら、明日歌は言った。

「サッカー部の後輩が三人、下校中に見たそうです」

 翡翠は目撃者から直接話を聞いていた。

「三人で?もう確実なやつだそれ」

 まるでオカルト番組に対する反応のようだ。

「まだどこかで信じたくない気持ちがあったんですね」

「非日常が日常茶飯事って、なかなか慣れないものなんだよ」

 自分自身の目で人ならざる少女を目撃し、悪霊に襲われておきながら、そのことについてはたいがい他人事のような口ぶりである。それほど、現実味がないのだ。半分夢の中の出来事のようなものだったのだろう。それが逆に、精神への負荷を軽減しているのかもしれない。

「学校に被害が及ばないといいんですが……。一応、この高校のすぐ近くにも神社があるから、そっちも心配だし。むしろ、俺はもう早く出てきてもらいたいかな」

 人ならざる者の存在も現実のものでしかなく、悪さをする幽霊も退けるべき対象でしかない翡翠は、明日歌とは全く逆のことを言う。

「そう言ってる人に限って出会わないのがホラーの法則だよね」

 明日歌は不服そうに口を尖らす。リアルには絶対にそんな法則性はないと思うが。

「今日は何時まで勉強して帰りますか?」

 試験期間中、二人は巴と一緒に生徒会会議室で勉強兼作戦会議をすることにしていた。

「最終下校時刻まで残ってると幽霊に遭っちゃうのなら……五時かな」

「いや俺はむしろその幽霊に出遭いたいんだけど……」

「あ、そっか」

 明日歌がそんな呑気な声を上げたその時、異変は、突如訪れた。

 足元がぐらりと大きく揺れ動いた。一瞬、めまいかと思うも、校舎全体が左右にぐらついているようだ。

「地震?」

 だがそれにしては、地響きのような音は一切ない。

 明日歌と、翡翠は用心深くその場に留まった。三十秒ほど揺れていただろうか。

 しかし、何か奇妙な違和感がある。

 バリーンと、前方で盛大に何かが割れる音が響き渡り、職員室のほうから悲鳴が聞こえた。

 そこには額に入って飾られた風景画があったはずだが、さっきの地震で床に落ちて、額のフレームガラスが砕け散っていた。

 短い悲鳴があがり、にわかに、生徒たちが口々に騒ぎ立てながら、その場を離れていく。

「何?いきなり割れたんだけど」

「怪我はない?」

「うん」

「誰も触ってないのに」

「だよね、触ってないよね?」


 そこにきて、奇妙な違和感の正体に、明日歌も初めて気付いた。

「みんな地震に気づいてなくない……?」

「うん。地震じゃないね、あれは」

 翡翠は、今しがた歩いて来た廊下が何事もないかのように整然としているのを振り返って見ながら言った。

 ガラスの破片を処理しに先生たちも出てきて混雑し始めた職員室前はスルーしつつ、そっとノートを担当教諭の机に置くと、急いで教室に戻った。


 教室はざわついていた。

 それがいつもの昼休みの和やかな有象無象の空気感とは明らかに異なることに、すぐに気づいた。

「家庭科室に幽霊出たんだって」

 美月が教えてくれた。流石に少し怖がって――というか、興奮しているようだ。しかし、やはり校舎の揺れについては言及してこない。

「さっき職員室の前の絵が落ちたんだよ」

 明日歌もそう教える。すると、

「え?食堂じゃないの?二枚同時に割れたって」

 と、クラスメイトの誰かが言った。

 情報が錯綜していた。翡翠と明日歌が顔を見合わせ首を傾げていると、足元にふわりとしたものが触れた。

「風神ちゃん!?」

 それは、風神のふわふわした雲のような髪の毛だった。いつのまにか彼女は明日歌の真下に立っていた。ほかの人には見えも聞こえもしないのをいいことに、我が物顔で教室を歩いて来ていたのだ。

「翡翠、明日歌、気をつけて。校内に入ってきたよ」

 風神は密やかな、緊張を含んだ声で言った。

「ど、どういうこと?入ってきたって」

 美月に不審に思われないように様子を伺いつつ、小声で訊く。

「悪霊が入ってきた。八咫烏が逃げてるの」

「カラス?」

「とにかく屋上に来て。翡翠も」

 風神はふわりと浮かび上がると、こっそりと明日歌の手を引き、教室から連れ出した。


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