第42話 反乱軍⑤


 いつだったか俺はこんな話をした。


『クラス長はJクラスになるような実力じゃないだろ? ……こういう言い方は良くないのかもしれないが、広人のことを恨んだりとか、邪魔だとか思ったことはないのか?』


『僕が飯島くんを? なんでそう思ったんですか?』


『あまりうまくは言えないが、広人はどこか適当だし、クラス分けテストでも相当足を引っ張ったんじゃないのか?』


『あぁ、なるほど。けど、それは違いますよ。飯島くんは……』


 こんな話もしたんだったか。


『なんでそんなになるまで訓練をするんだ?』


『茅山くん……これは恥ずかしいところを見られてしまいましたね。大丈夫、ちょっと足をつっただけですから』


『……肩をかそう。けど、クラス長はAクラスにも決して劣っていないと思うが……』


『それは違うんですよ茅山くん。僕がどうこうじゃないんです。茅山くんを含めた、訓練校に通っている人達は……』


 あれ……いつもなんて言ってたんだっけな。


 あぁ、そうだ。その言葉は俺の心に、突き刺さってくるような痛みを与えたんだったな。



『僕にはない才能がありますから』



 それは違うぞクラス長、いや沖津 健二。

 君に才能がないわけが無いじゃないか。

 俺は君に憧れていたんだ。

 Aクラスになれるほどの力を持っておきながら、その先へ行こうとするストイックな姿を見てきたから。

 クラス長は、沖津 健二はこんな所で死んでもいい人間じゃあなかった……!

 それを、お前は、よくも……!

 動揺していないわけがない。

 だが、それ以上に怒りが込み上げてくる。


「なぜ、あなたが!」


 それは見間違えようのない機体。

 黒い装甲には、黄色のラインがいくつか入っている。

 何より特徴的なのは背中の大金槌ハンマーで、手には補助武器サブウェポンであろうソードが握られていた。

 戦闘機兵オリジナル機『トール』、神奈川基地所属機、パイロット。


 北川 涼平。


 どうしても理解できない。

 したくもない。


「……涼平さん! どうして……!」


「……」


 返事は当然かのように帰ってこない。

 トールがゆっくりと立ち上がり、次の獲物を決めるかのようにゆっくりと俺達の方を見ていく。

 そして……


「おい! 避けろ!」


 うぁ! という短い悲鳴を残して、白影小隊の1人がやられる。

 サブウェポンだということが信じられないくらいに、それがまるで固有武器であるかのような可憐な剣さばきを見せつけてきた。

 涼平さんが相手はついてなさすぎるだろ……!

 トールの腰から投げられた手榴弾グレネードを、後退指示ともに避ける。


「仕方ないか……! みんな、やるぞ……」


「で、でもよ……涼平さんだぞ? 本気じゃないよな一樹?」


「何言ってるの広人! あいつは沖津くんを殺した張本人だよ! ここで殺らなきゃ彼の死に意味がなくなる!」


「もう我慢出来ないわ……」


 クラス長がいたら、皆さんここは一旦落ち着きましょう、なんて言って的確な判断が出来るんだろうが……あぁ、くそったれが。

 奈々美さんが腰にぶら下げていた日本のソードを抜き、今にもトールへ攻撃しそうな体制をつくる。


「奈々美さん……そこをどいてくれ」


「……一樹? あなたまで私を止める気なのかしら?」


「……いいや?」


「じゃあ、なんで……」


 俺は右手を動かしソードを抜き。

 左手には腰につけていた投擲とうてき系の武器を持つ。

 そこまで見て奈々美さんは聞くのをやめた。


「北川……涼平さん……あなたは言っていた。戦闘機兵のパイロットがなんたるかを。その仕事の危険性も身をもって示してくれた。……その言動全てが嘘だったとは言わないが、本当だったとも言えない。あなたには……死んでもらいます」


 通信を聞くことが出来るのは小隊の隊員なので、涼平さんにも聞こえたことだろう。

 どんな感情を抱きながら聞いていたかは知らないが。

 覚悟はとうに出来ているはずなのだから……!

 俺は半ば不意打ちと思われるような攻撃を仕掛ける。

 機兵に対して横からソードを振るう。

 だが腐ってもオリジナル機。

 その速さは本来量産機で勝てるのようなものではない。

 案の定俺は軽く受け流されてしまった。

 そこまでは予想通り。


「これで……終わりだ!」


 俺の攻撃を受け流したことで少し気が緩んでいたのか、俺の投げた数個のグレネードに反応が僅かに遅れた気がした。

 いける……!

 刹那、予想外に凄まじい爆炎と爆風に俺は吹き飛ばされる。

 バーチャルと現実ではパイロットにかかる負担も、比べ物にならないほど大きい。

 その証拠に上下が何度も反転した機体の中にいた俺を、全身の痛みと吐き気が襲ってきた。

 涼平さんは……?

 体を起こしながら砂埃の中へ目を凝らす。


 風向きが変わる。


 青白い光が光ったかと思った時には、トールは俺の目の前にいた。

 機体の輪郭にはぼんやりと光をまとい、装甲に走る黄色いラインからは時折バチバチと電気が溢れている。

 数秒前まで持っていたソードをしまい、大きな金槌を右手で軽々と振り上げて……!


「何してる……!」


 俺の機体に当たろうかという寸前で、紫がかった黒色のような、見ていると吸い込まれそうな色の細身の機体が間に割って入った。

 その機体は大きなカマでトールのハンマーを、その細身に見合わない力で弾く。


「白影さん!」


 戦闘機兵「ヘル」の固有武器は地獄の大鎌ヘルサイズ

 ソードの何100倍もの高速振動をしているヘルサイズに切れないものはない。

 それが例え、水であろうと炎であろうと……雷であろうと。

 オリジナル機には謎が多過ぎる。

 装甲に使われている素材の強度は、並の金属では傷ひとつさえつかない。


「白影さん! これはどういう事なんですか!」


「詳しくは分からない……けど、彼は今正気じゃあない。ここは私に任せて……」


 涼平さんと白影さんは同期入隊だと聞いたことがある。

 きっとそう数の多くない、同期のパイロットだろう。

 パイロットは常に人手不足というのもあるが、ここ数年であまりに人が死に過ぎている。

 その場は白影さんに任せ、激しい戦闘が行われている基地へと向かう。

 クラス長どうか安らかに……


「うっ……うぐぅ……」


「いつまで泣いているの広人? 今は戦闘に集中しないさい」


 春奈の声は明らかに震えていた。

 基地へ着くまで、その先は誰も一言も話さなかった。

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