第13話 夏季特別訓練①

 

「......夏だ!......合宿だぁ!」


 広人は少しはしゃぎ過ぎな気もするが、俺達は今、夏合宿に来ている。

 正確には『夏季特別訓練』らしいが、生徒達は夏合宿と呼ぶ。


 学期末考査を終えた俺達は、程なくして高校最初の夏休みに入った。

 夏休みとは言っても与えられた2ヶ月間全て遊んでいられる訳ではない。


 中学の時とは比べ物にならない量の宿題を出された上に、夏休みに入ったら1週間で、千葉県の愛宕山の元航空自衛隊嶺岡山分屯基地へ行き、合宿前半戦だ。

 わざわざ前半とついているのは後半もあるという事で、千葉での合宿が終わった後3日挟んで8月に入るとすぐに今度は北海道の十勝にある訓練基地に行くらしい。

 十勝は10年前でこそ農業が盛んだったものの、戦火でその半分は焼け野原になってしまった。

 そこを軍が整備し、今の戦闘機兵の訓練基地の1つへと変わったのだ。


 そんな理由わけで今俺は千葉県の元航空自衛隊嶺岡山分屯基地の近くにある合宿所にいる。

 元というのは言葉通りの意味で、10年前までは自衛隊が空域の警戒監視などを行っていたらしいが、今は施設を増やして、訓練生達が合宿を行う場所になっている。


 長いのか、短いのか、特別訓練合宿が始まった。


「......という事で、1週間後の校内戦に向けて頑張りましょう!」


 学年指導担当の先生が諸注意を行い、俺達は解散した。

 この合宿の成果を発揮する場として、校内戦というものが合宿最終日にあり、上位3チームには報酬が貰える。

 その報酬として、1年間購買のパンを優先的に、平和的買える権利というのがあるのだが、Jクラスは購買が一番と言っていいほど遠いので、Jクラスの男子連中は気合が入っている。


 いや......それはそこまで大事とは言えないのだろう。......欲しいけど。


 校内戦で自分の現在地を知ることが出来れば、十分すぎる成果と言える。

 Aクラスのチームに勝って、『最底辺の汚名を返上する』のがJクラスとしては校内戦の目標として相応しい。


 校内戦はチーム対抗で、負けたらそこで全て終わりのトーナメント戦。

 Aクラス〜Jクラスまでの全てのチームが、くじ引きによってどこと当たるかを決められる。


 校内戦のルールでは1チーム6人までになっている。その関係もあって合宿所ではチームごとに部屋割りされた。

 つまり、横で窓を開け放ち叫んでいる広人と、ソファに座り本を読んでいるクラス長、早速買出しに行った春奈と桃咲と奈々美さん、それに俺の6人が1つのチームだ。


「......それにしてもこの部屋広いよな」


「高校からだけじゃなくて、軍からもお金を貰っているらしいからね」


 誰に問いかけたわけでもない俺の言葉に、クラス長が本を読みながら物知りげに答える。


 部屋というよりはアパートの1室のような感じで、入ってすぐの右側にIH完備のキッチンと6人分の椅子が並んだ長方形のテーブルがあり、その奥にトイレと風呂、テーブルの横にはL字型のソファ。割と大きめのテレビまである。

 さらに進むと部屋が2つに分かれていて、左側を女子が、右側を男子が使っている。


 そうこうしているうちに、女子3人が帰ってきた。


「......んしょ......ただいま〜」


 パンパンに入ったビニール袋を両手にぶら下げている、春奈の疲れたような声が聞こえた。


 今日の気温は30度を越すとニュースで言っていたから、相当暑かっただろうに。


 合宿の目的の1つとして、生徒1人1人の自立があるので、食事から洗濯に至るまで全て自分達でやらなければならない。


「俺らが手伝えばもっと楽だったんじゃない?」


 広人は春菜が床に置いた買い物袋をあさりながらそう言った。


「んー......今度から荷物持ちしてもらおうかな......って広人何してるのよ!」


 春菜は広人から買い物袋を奪い取り、買ってきたものを順に冷蔵庫に入れていく。


「......そういえば他の2人はどうした?」


「思いの外荷物が重くて、階段を上がるのに苦戦してたよーな......」


 それは先に言ってくれ、と思いながら俺は外に行き、2人の荷物を半分ずつ請け負った。


「やっと着いた......!」


 奈々美さんと桃咲はぐったりしながら、扇風機の前へペタンと座った。


「そんなことより、あと1時間もしないうちに訓練始まっちゃうわよ〜〜〜」


 奈々美さんが扇風機に顔を近づけながらそんなことを言っている。

 風が顔に当たって髪の毛がなびく。

 相変わらず綺麗で長い黒髪だ。


「あー......もうそんな時間かよ......」


 そう、これは旅行ではない、合宿だ。

 合宿と呼ぶにふさわしいスケジュールが用意されていて、1日のうち少ない日でも3分の1は訓練に使われる。多い日には半日訓練の日だってあるのだ。

 体力のない広人は乗り気じゃないようだが......。


 とにかく俺達は6人揃って基地の方へ向かった。


「結局今日ってどんな訓練やるんだっけ?」


 頭の後ろで腕を組みながら言った春奈に、本を読みながら歩いているクラス長がメガネを人差し指で上げ直して答えた。


「今日と言うか、合宿前半は毎日バーチャル訓練だぞ。......そもそも『virtual』って言うのはね、日本では『仮想』と訳されることが多いけど、本当は『実質的な』という意味でね、だから『バーチャルリアリティ』って言うのは......」


 クラス長も合宿でテンションが上がっているのだろうか......上げ方には気をつけてほしいけど......。

 広人が話についていけずに目を点にしている。


「ここか......なんだか学校の校舎と似てるな」


「軍の基地としては使ってはいないようだし、学校の施設で使っているバーチャル訓練用の機械は、軍の開発局の最先端のものだから、ここにあっても不思議ではないね。大きさ的にも学校と同じ程度の大きさで、十分なのでしょう」

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