第7話 出家 しゅっけ


真理亜まりあさん?」

「…………」


 突然固まってしまった真理亜まりあさんに声をかけたが、全然反応はなく、目の前にある『家帖譜血かちょうふけつ』を目の前に固まっていた。


真理亜まりあさんっ!」

「……! あら、ごめんなさい」


「どうしたんですか、突然」

「いえ、確かこの『亞里亞ありあ』さんって人……」


「?」

「確かに、亞里亞ありあさんは『経営』という形でたずさわっていました」


 自分でそう言っていたはずだ。


 しかしなぜ、真理亜まりあさんはもう一度同じ様な事を言っているのか……それが分からない。


「でも、最終的には……いえ、晩年は『出家』されて、僧侶になったと聞いています」

「えっ」


 驚いている俺に、真理亜まりあさんは無言で『たった一度だけ』うなずいた。


 今まで『経営者』として働いていた人間が、いきなり『僧侶そうりょ』になりました……と聞いたら誰だって驚くはずだ。


「しかし、なぜ……」

「分からないわ。でも、この人が生きていたと思われる時代を察するに……」


「?」

「この時代は、女性が『出家しゅっけ』をして『僧侶そうりょ』になる人が多かったのよ」


「そうなんですか」

「自分の目でしっかり見た訳じゃないし、人づてではあるのだけれど」


 まぁ、確かに真理亜さんはその時代に生きていた訳じゃない。だから「本当にそうなのか?」と聞かれると、あまり自信はないだろう。


 調べれば分かるかも知れないけど、多分そんなつもりもはずだ。


 それにしてもなぜ、この時代の女性は『出家しゅっけ』をする事が多かったのだろうか?


 俺の記憶が正しければ『出家しゅっけ』は確か……家庭の生活を捨て、仏教に入る事……だったはずだ。


「それで……」

「?」


「私の記憶が正しければ、その時の名前は『亞里亞ありあ』ではなかったはずなのよ。だから、最初にあなたに言われるまで気が付けなかったの」

「でも、その後……前にご家族から聞かされた話を思い出されていましたよね?」


 そう、その真理亜まりあさんの話のおかげで分かった事もたくさんある。


 でも、確かに『出家しゅっけ』した人間がそんな洋風な名前のはずない……と思う。


 だが、真理亜まりあさんはこの『家帖譜血かちょうふけつ』に、その『出家しゅっけ』された時の名前じゃなかったからなのか、不思議そうに首をかしげていた。


 つまり、コレに書かれている『名前』は生まれた時に付けられたモノという事になる。


「…………」


 もしそうでなければ、真理亜まりあさんがすぐに分かったかも知れない。でもまぁ、あくまで『かもしれない』の範囲ではあるが……。


 しかし、そうなると……この『亞里亞ありあさん』横にある『名前』とおぼしきモノが一体何なのか……俺は、それがとても気になっていた。


 当然、他の部分にそういった『汚れ』があるようには見えないから、ものすごく目立っていた……という事もあったのだが――。

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