第3話 暗黙 あんもく


「……何度も言いますけど、俺は下僕げぼくじゃないです」

「あら、そうだったの?」


「……」


 見た目は……多分、クールに見られやすいかも知れない。だが、実際のところ真理亜まりあさんはかなりお茶目な人だと、俺は思っている。


「ところで……」

「はい?」


 辺りをキョロキョロと見渡しながら、誰かを探すような素振りを見せた。


 まぁ誰を探しているのかは、すぐに分かる。


 なぜならここには、俺と……『あの人』くらいしかいないのだから……。


「黒髪美人さんは……どちらにいらっしゃるのかしら?」


 やっぱり……。


 さすがに、俺でもそれくらいは分かるが、なぜここに来たのかは理由が分からない。


 でもまぁ、ただ遊びに来ただけ……という事も考えられる。


「あの人は、最近体調を崩しているみたいで、今は寝ています」

「そう……。だからあなたが店番をしているのね」


 ここにきてようやく、真理亜まりあさんは納得したらしい。


「まぁ、病人に無理をさせるほど悪魔じゃないんで」

「そう?」


「……なんで疑問形なんですか」

「いえ? 別に?」


「……」

「……」


 お互いなかなか含みのある言い方をしてしまった。だが、決して喧嘩をするようなそんな悪い雰囲気でもない。


「でも、よかったわ」

「……何がです?」


「ちょうど、あなたに聞きたい事があったのよ」

「……奇遇ですね。俺もあるんですよ、聞きたい事」


 俺たちはお互いの腹を探る様な笑みを浮かべ、そのまましばらく黙っていた……。


◆ ◆ ◆


「それで、何ですか? 俺に聞きたい事とは?」

「……ここ最近、あの黒髪美少女さんが体調を崩されているって言ったわよね」


「はい」

「他に……何かおかしい行動とか……何かないかしら?」


「おかしい行動……ですか?」

「そう、例えば……普段は立ち寄らない場所によく現れるとか……そういった事なんだけど」


 ……おかしな行動か。


 正直なところ、俺自身があの人の『存在』に疑問を感じる事はあっても、その行動まではあまり気にしたことがない。


 それに俺とあの人は、いつの間にか出来た「お互いをあまり干渉しない」という『暗黙の了解』を元に行動をしていたところがあった。


 いや、色々な事を考えたとしても、なんであの人……あまり干渉しない様にしていても、いつもはいないところに『姿』があれば、否応いやおうなしに記憶には残ってしまう。


「何か心当たりでもありました?」

「……そういえば、あの人。やけに『物置の部屋』にいる事多くなった気がします」


「物置部屋ですか?」

「はい……。確かに、物置部屋にいる事自体は何も問題はないんですけど……」


 そう、その部屋にいる事自体。それ自体は何も問題はない。商品の整理やお店に出すモノを選ぶのもあの人自身が好きでやっている仕事であるが……。


「問題はないけど?」

「その……やけに、部屋にいる頻度が多いと思いまして……」


 タイミングの問題もあるとは思うが……それにしても最近は特に多い。それはこちらが不審に思ってしまう程である。


「そう。なるほど。それで?」

「はい?」


「はい? じゃなくて、あなたが私に聞きたい事よ。私に質問って何なのかしら?」

「……」


 どうやら真理亜まりあさんはなぜ俺にそんな質問をしたのか……、それについて教えるつもりはないらしく、何事もなかった様にサラッと流してしまいたい様子だった――。

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