第4話 怪力 かいりき


「ふぅ……」


 俺はため息交じりに、傘代わりにしていた上着やカバンを置いた。


 今日の天気予報でも、確かに「夜に雨が降る」と言ってはいたが、こんな遅くまで外にいるつもりがなかったため、傘を持っていなかったのだ。


「……と、プリントとか教科書とかは……」


 通学用のカバンというモノは、あまり防水機能がよくない……というか、そもそもそこまでびしょ濡れになる状況は想定されていないだろう。


 つまり、多少の雨などの水は防げるが、今の天気の様に視界が悪くなるほどの雨が降ってしまうと、カバンの中に入っているモノが濡れてしまうことがあるのだ。


 現に、俺は何度かカバンの中にあるプリント類がびしょ濡れになった事がある。


 そういった場合、大抵は乾くまで待つか、ドライヤーを使って乾かさなくてはいけなくなってしまい、これがかなり面倒なのだ。


 正直、それは避けたい……なんて思いながら、俺はパンパンになったカバンを開けると……


「うーん……」


 見たところ、一応プリント類は特に濡れている事も無く大丈夫の様だ。しかし、教科書は少し濡れている。


「まぁ……」


 この程度なら少し放っておいても、ちょっとくたびれている程度だし……大丈夫そうなくらいだ。


 使い込んだ教科書だと思えば、特に問題はないだろう。俺は、そう思う事にし、教科書をカバンの中へと戻し、代わりに体育の時に使う『タオル』を取り出した。


 これはどうやら濡れずに済んだようだ。


「……にしても」


 先ほど見た時、この建物の見た目は、時代劇のドラマや映画のセットで見るような純和風で、教科書の題材にもされそうなくらいの古い。


 しかも、建物として現役で使用されているらしく中から何やら「ガチャガチャ」という音も聞こえる。


 でももし、そうだとすれば、あまりここで長い間『雨宿り』はすべきではない。


 人様の家に長居すんのも悪いし、下手に通報なんてされたくはないが、ちょっとでもおかしな人がいれば『通報する』事が、変な事件を予防する事に繋がる場合もある。


 でも、今の俺は絶賛『家出中』の身だ。下手に通報でもされて、補導されるのは……正直、ごめんこうむりたい。


 ここはちょっと雨が弱まるのを待って、すぐにここから離れる事にしよう。


「……ヨシッ」


 そう自分に気合いを入れ、もう一度空の様子を確認しようと、一歩踏み出した瞬間―――――。


「……えっ」

「ガラッ」


 突然、建物の電気が点き、引き戸が開かれたのだった。


「……? 誰だ。お前」

「……」


 いや、あんたこそ誰だよ……と言いたい気分だったが、今の状況でこの質問はおかしいだろう。


 なぜなら、俺は『雨宿り』のために立ち寄っただけの人間であり、「誰だ?」と言っているこの人とは、何も関わりがないもないのだから。


 それに、「あんたこそ誰だ」と俺が言った所で、「俺はこの家の住人だ」としか、この人も答えようがない。


「……お前。まさか」


 今の時間と俺の濡れた姿。そして恰好かっこうを見て、何かを察した男性に、俺は一瞬戸惑った。


「すっ、すみません。すぐに……」


 俺は、そう言ってその場を後にしようとしたが――。


「待て」

「……っと、なんですか」


「……そんな傘もささずに、濡れガラスみたいな状態の人間をそのまま放っておけねぇよ」


「はっ?」

「とりあえず、入れ」


「えっ、ちょっ」

「いいから、さっさとしろ」


 かなり強引に俺を店の中へと引っ張る男性に対し、俺は必死に抵抗したのだが、この男性が着ていた着物から覗いていた『細腕』からは想像出来ないほどの『怪力』により、俺の抵抗は悲しいほど、効いていなかった……。

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