8.葛風呂敷

第1話 前兆 ぜんちょう


「……ごめんなさい」

「いいんだよ……。姉さん」


 昔ながらの家に二人の若い人間の姿があった。


 一人は、布団に寝ており、もう一人はその布団のすぐ横で泣いている。寝ている男性が『姉さん』と呼んだからには、横にいる人は女性で血のつながった家族だろう。


「だって、この『病気』は治る可能性は低いんだろ?」

「……」


 そう、この『病気』によってたくさんの人が亡くなった。しかも、厄介なことに未だにその『具体的に治る治療法』は見つかっていない。


 現にこの寝ている人の横にも『調合された薬』がある。だが、せいぜい進行を遅らせる……いや、遅らせられているのか……それすらも怪しい状況だ。


「でも、僕は諦めるつもりは毛頭無いよ」

俊太郎しゅんたろう


 その目にあるのは意志の強い……自分の考えを曲げるつもりのない真っすぐな光である。


 女性から『俊太郎』と呼ばれたその男の子はそういった強い目をしていた。これでまだ十五歳になっていないのだから、本当にすごいと姉は感心してしまう。


「だからさ、姉さんもそこまで気を落とさなくて良いよ」


 週に一回だけ村にいる医者が俊太郎の様子を見に来る。


 もちろん『診察』のためだ。出来ればもっと……いや、毎日でも医者に診て欲しいが、両親を亡くした成人していない姉弟には難しい話だ。


 そして、姉さんはその度に心労が絶えなかった。


 いつ、どういった診断が下るのか……それを俊太郎にどう伝えればいいのか……それを伝えて、俊太郎が悲しませてしまうのではないか……。


 だから、この『病気』の事を今日まで言えずにいたのだ。


 だが、お姉さんの心労は杞憂に過ぎなかったらしい。それどころか、俊太郎は「姉さんが気負う必要はない」言って笑顔でお姉さんを気遣ってくれた。


 多分、俊太郎自身もなんとなく分かっていたのではないだろうか。


 自分の体のことだ。いくらお姉さんが言わなくても、不調の原因はなんとなく察しが付いていたのだろう。


 いや、もしかすると両親も同じ病気だったから……という可能性も考えていたのかも知れない。


 それでも、お姉さんから言われるまで自分からは何も言わず、黙っていることに徹していた様だ。


「……僕は諦めないよ」

「うん……。頑張って治そうね」


 そう言いながら、姉弟きょうだいは笑顔になった。


 でも、そんな仲の良い二人はきっと知らない……。この会話を聞いていたのが、この二人以外にもいたと言うことを……。


「……」


 そして、この会話を聞いていた『者』によって、ちょっとした不思議な出来事が起きる前兆だったということを……この二人は知る由もない。

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