第10話 催眠 さいみん


「……む。うーん……」

「……何を『夢上見花むじょうけんはな』の前で寝ているのよ!」


「いっ、いてっ! あー……あれ、俺?」

「全く……」


「あれ、ここは……」


 俺は、頭の上から聞こえた少女の声とともに、思いっきりハタキで叩かれ、目を覚ました。


 しかしそこは、古い木造もくぞうの建物ではあったが、目の前に広がっていたのは、色々な品物が並んだ……。


 いつもの『骨董店こっとうてん』の店内の光景だ。


「それにしてもよくこんなところで、寝られるわね。寒い上に、目の前に『それ』があると言うのに……」

「ん?」


 正直、俺としてはこんなところで寝るくらいどうって事はない。伸びをしながら、少女が指した『それ』に気が付いた。


「……っ! なんだ、コレ!」


 俺は思わず目の前の光景に、目を疑った。


 なぜなら、俺の目の前には鉢植えと、その中にとても綺麗な『ガラスで出来たような花』が咲いていたのだ。


 しかも、その花はガラスのような質感に『緋色ひいろ』をしている。


「なんだコレ! じゃないわよ。朝言ったじゃない。運んでねって」

「……そんな事言っていたか?」


 正直、俺はその時の記憶が一切……いや、言っていた。確かに、俺は少女に言われてこの『鉢植はちうえ』をここに移動させたはずなのだ。


 だが、指定された場所に置いた後の記憶が全くない。


 それにしても……なんか懐かしい記憶を行ったり来たりと……二転三転にてんさんてんした様な気がするが……。


 それを聞いたところで、少女が答えてくれる事はない。


「じゃあ、運ぶだけ運んで、寝ちまったんだな」

「だな。じゃないわよ。そもそも寝ないでよ」


「はぁ、そうだな」

「だから、マスクを付けなさいって言ったはずよ」


 少女いわく、この花は催眠さいみん作用さようのある胞子ほうしを出すらしい。


 しかし、その胞子ほうしは目には見えないが、少女の話から察するにマスクをすれば防止ぼうし出来るレベルの様だ。


「……」


 いや、そもそも「こんな睡眠さいみん作用さようのあるモノを運ばせるなよ」と言葉が俺の喉元のどもとまで出かかったが、そんな事を言ったところで、少女の注意を聞かなかった頼まれた俺も悪い。


 だから、俺はその言葉をすぐに飲み込んだ。


「じゃあ、俺はまんまとこの……なんだっけ?」

「はぁ『夢上見花むじょうけんはな』よ」


「そうそれ。というか、なんで『夢上見花むじょうけんはな』? 感情花かんじょうばなとかもっと分かりやすい名前でいいだろ?」

「それを……私に言われてもねぇ」


 要するに、この人が名前を決めた訳じゃねぇから由来とか知らない……という事らしい。


 まぁ、少女曰く、この花は名前の通り、人の感情によって咲かせる花の色が変わり、楽しい感情では黄色、恋愛れんあい感情かんじょうでは赤……といった具合に変化する。


「もっと詳しく言うと、コレはその夢を見た人の感情に反応するの。でも、悲しい感情じゃ、この花は咲かないのよ」


「へぇ」

「へぇ、じゃないわよ。これも立派な商品なのよ? 」


「いや。骨董店で『鉢植はちうえ』に入れて『植物』を売っているのがおかしいと思うけどな」


 大体の場合『骨董店こっとうてん』を聞けば掛け軸や絵画などを思い浮かべるのが一般的だろう。


 ここも一応、茶碗ちゃわんなどは売っているが、掛け軸は売っていない。その理由は……保管管理が面倒くさいからっていう自分勝手な理由からだ。


「ついでに、俺みたいに寝ちまう人が出たらどうすんだよ」

「あら? この花は滅多めったに咲かないのよ?」


 だから、大丈夫……という事らしい。


 正直、何が大丈夫なのか分からないが、店主の少女がそう言っているのだから、俺はそれに従うまでである。


「でも、この色は初めて見るわね。うーん、真っ赤とは言えないし、だいだいいろとも違う。うーん、私の知っているどの色とも違うわね……」


 その花をまじまじと見ながら少女は、その花の色について何やらボソボソと一人でつぶやいていた。


 でもこの色は、多分……。


 俺が、あの時家族に向けた感情の色だろう。それは、多分あの日に感じた暖かな感情の色だ。


「ところで……」

「ん?」


「何を思い出していたの? なんか、楽しいことでも思い出していたのかしら?」


「? なぜ?」

「いえ? 最初はなんか、うなされていたけど、今はあなたの表情が嬉しそうだから……」


 少女にそう指摘されて俺は、不思議に思いながら自分の顔をペタペタと触った。


 どうやら俺は、自分では思っていなくても表情を無意識に出してしまう分かりやすい人間の様だ。


「あー、家族の事を……ちょっと思い出して……」

「へー、ご家族の事を? 」


「ああ」


 まぁ、俺としては良い思い出だけど……あの後結局――帰宅した兄さんは父さんと母さんにこっぴどく怒られた。


 しかし、兄さんがそうした行動をしたきっかけになった『喧嘩』の原因が俺にあるため、心底微妙な気持ちだ。


 なぜなら、俺にも多少の非はあったからである。


 だから少し、本当に少し……兄さんのフォローをした……のだが、俺のその姿両親はに二人ともものすごく驚いていた。


 しかも、「明日雪でも降るのかしら?」なんて事も言われるほどだ。


 その言葉を受け、俺も思うところが色々あったが、面倒だったので、そのまま言わせておいた。


 しかし、あの後どういう経緯があったのか、あのはた迷惑なお偉いさんたちは二度と俺たちの前に現れる事はなく、兄さんは父さんの仕事を受け継いだ。


「あっ……」


 そして、『職人』になった時に、『徴兵令ちょうへいれい』が出され、次男じなんだった俺は戦いに参加せざる終えない状況になった……。


 その後に、この少女と出会ったのだ。今では助けられた少女と『骨董店こっとうてん』をしている。


 今考えると、本当に色々重なったモノだ。


「…………」


 いや、もしかすると少女が「ワザと俺の前に現れ、偶然を装っていたのでは?」と今まで少女と過ごし、色々な人と関わる内にそう思うようになっていた。


「……それで? どうだったの?」

「何が?」


 少女は、何も喋らずにいた俺に向かって問いかけてきた。


「嬉しそうだけど、その昔の思い出にひたる……って感じでもなさそうだったから」

「まぁ……そうですね」


「ふーん。じゃあ、思い出したくもなかった?」

「いや、そうでもないな」


 俺は、少女の疑問をすぐに否定した。


 それは、決して思い出したくもない……というほど嫌な思い出でもなかったからである。


「そう?」

「ああ、その夢にひたる。なんてことはないけど、でも今更ではあっても思い出して笑っていたってことは……」


 俺は、不思議そうに首をかしげている少女を見た。


「つまり、そういうことだろ?」


 ウインク混じりに言った俺の言葉に、少女も何が言いたいのか、理解した様に頷き……俺のウインクに若干、苦笑いを浮かべていた……。


「そんじゃ、そろそろ開店しましょ?」

「あっ、そうだな。悪い」


「いいわよ。気にしなくて」


 その花はちょっとくらい揺れていても『催眠さいみん作用さようのある花粉』は出ないらしく、少女曰く「咲いて一定の時間が経過すれば、すぐに枯れる」そうだ。


 つまり、枯れたらまたすぐにまた色々な色の花を咲かせる……。本当に、何とも不思議な花だと感じた――。

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