第6話 最良 さいりょう


「理由……ですか?」

「ええ。だから、この人があなたに「何か悩みがあるんじゃないか」って聞いたのだと思いますよ」


「!!」

「えっ? そうなんですか?」

「あっ、まぁ」


 私の視線に、少年は口ごもりながらも、肯定した。


「つーか、あんたが「これがただの『蛍石けいせき』ではなく『蛍雪けいせつしずく』と呼ばれるのにはキチンとした理由がある」って言ったんだろ。なんで俺にさせようとすんだよ」


「あら? バレないと思っていたんだけど」

「おいっ」


 少年は苛立っていたが、当の少女は全く見ることもなく、しかし悪びれる……なんてことも全くなく、サラッと言った。


「そもそもあなたが、突然奇声きせいを出すからじゃない」

「……そういえば」


「うっ」

「なんで叫んでいたんですか?」


 私も正直、ここに来てからそれをいつ聞こうかと思っていた。


「…………」


 だが、私があまりにも真面目に聞いたからだろう。少年は無言になり、少女は口元に手をあて、笑いを堪えている。


「あの」


 しかし、私はなぜ二人がこんなにも違った反応をしているのか……、それは全く理解できなかった。


「いや、あんたは何も悪くない。つっても、なんで……って聞かれてもまぁ、あれだ」


「えっ? あれって……?」


「たまにどーでもいい事を大声で叫びたくなるんだよ。無性むしょうに」

「それを聞くとよっぽどあなたの方が、悩みを持っていそうだけどね」

「…………」


 私は、少年のちょっとした『やみ』の様なモノを感じてしまう。


 でもそれは、少女の言葉にも表れているように何やら『悩み』を持っているのかも知れない。


「まぁ、とりあえず話を戻しましょうか?」

「……あんたが、話を脱線だっせんさせたんだろ」


 少年は「はぁ」とため息をつきながら、少女を睨みつけていた。しかし「少女にその視線が届いているか……?」と聞かれると……届いてはいないだろう。



「コレはね。持ち主に何か『悩み』がある時、その打開だかいさくとして、最良さいりょうみちを『ひかり』で示してくれるのよ」

最良さいりょうみち……ですか」


「はぁ」


 その言葉を聞いて私は、ようやく少年が先ほど言っていた言葉の意味を理解した。


「まぁ、あなたの言うとおり『偶然ぐうぜん』という事もあると思うわ。でも、もしかしたらって事もあると思って。だから、この人は聞いたのだと思うわ」

「…………」


「ただあまりにも、ひねりも何もない。真っ直ぐのド直球で私も驚いたけど」

「……うるせぇよ」

「?」


 ――なぜ、私と話をしているとき、少年は少しが空けたのだろうか。


 私はそんな風に思ったが、少女はチラッと少年の方に視線を送っていたが、その少年は、ムスッとした表情でその視線に気がつかないようにワザと……そらしていた。


「最良の道を示してくれる……」


 今、私の中での最大の『悩みなやみ』といえば、やはり『お見合いの話』だろう。


 でも、そんな事を決めるためにモノに頼るのも……。


 そんな気持ちがない……と言ってしまえば嘘になる。しかし、頼ってしまいたい。もし、それで失敗しても「やっぱり……」と思うくらいで済む。


 なんて気持ちも実は……ある。


 自分がまさか、『見合い話』でここまで追い込まれているという事実に、私は少なからずショックを受けていた。


「…………」


「まぁ、あんたにどんな『悩み』があるかは知らねぇけど、一応使うには制限があるんだぞ」


「えっ、制限。ですか?」

「ええ。実はコレを使えるのは一人につき一回のみなの」


 少女は、私に向かって申し訳なさそうな表情だった。


「えっ、それじゃあ」

「そう。使いどころが悪くても取り消しは出来ないわ。しかも……」


 少女は、少しを置いてさらに言葉を続けた。


「その時、『蛍雪けいせつしずく』が最良の道を示してくれたとしてもそれは、あくまでその時、その場限りなの」

「えっと、それは……」


「つまり、要するに将来的にそれがよかったのか……という事は、その時にならねぇと分からねぇって事だ」

「…………」


 一回しか使えない。しかも、その時は良くても、それが『結果的』にどうなるのかは分からないというのだ。


 しかし、それは当たり前の話だろう。


 それでも知りたい。すがりたい……という人は多分、いる。しかも、その時・その場限りの話とはいえ、ちゃんと最良さいりょうみちを示してくれるというのだ。


 私は……どうしたのだろうか。


「でも、言い方を変えてしまえば」

「?」


「何もその『蛍雪けいせつしずく』が示した道を必ず行かなければ進まなければいけないという気持ちもないわ」


「えっ」

「あっ、おい……」


「でも、ただ参考にするだけ……というのも私はありだと思っているわ」


「…………」

「…………」


 私があまりにも真剣に悩んでいたからだろう。少女は、優しくさとすようにそう言ってくれた。


 でも、そうか……参考にするって言うのも……ありなのか。


「………」


 年下にさとされるのもなんとも情けない話だ。


 なんて今になっては思うが、その時の私はそんな事も考えず、それはそれで……と考えを改めたいたのだが……。


「…………」


 しかし、どうやら少年にとっては、少女の言葉があまりにも意外だったのか、目を見開いて固まっていた……。

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