第10話 約束 やくそく
「……何か言うことはありませんか?」
「う゛っ、えっ……と、すみません?」
目が覚めた時、俺は自分いる場所と状況を確認することから始まった。
そして、ようやくここが病院だと理解したタイミングで、『
「はぁ。あなたは本当に、色々と巻き込まれがちですね」
「ははは……」
俺は、力無く笑った。物静かな雰囲気が印象的な『
まぁ本当に、俺も出来る事なら人生で二回も火事に巻き込まれた……なんて思いたくはない。
実はあの夜、隣の家では『火事』が起きた。原因は……現在「調査中」らしい。
ただ運がいいのか悪いのか、偶然目が覚めた俺は、
そして、なんとか外に出ることが出来たが、そこで力尽きてしまった。
しかし、力尽き、
「……あそこにあった古書は……全部燃えたか」
「その様ですね」
しかし、商売道具であるはずの古書が全て燃えたと伝えられも、俺はあまり気にしていなかった。
生きてさえいられれば、
結局のところ、俺は二日間眠り続けていた。まぁ、そのおかげかどうかは知らないが、煙の吸い過ぎで声が枯れるなんて事もなく、元気に過ごしている。
「それは?」
「コレは
俺としてはは、とりあえず『コレ』があればそれで……それ『だけ』で充分だと思った。そして、俺の横には
「でも、ありがとうございました。
「わっ、私は決して何も……ただ、よかったです。『今度は』間に合って」
「ああ、そうですね。あの時も、
「いえ、それも……ですけど、私も立場が逆だったら……と思うと同じような事になっていたはずですから」
そう、
しかし、あの時は
確かに、あの出来事は時間が経過した今でも、悔いても悔やみきれない事がたくさん起きた。
「今となって色々思い出したんです。あの『
「…………」
俺の笑顔に
だからこそ、俺は笑顔でいることが出来た。
「
「この
「ところで、そもそもあの『行灯』は……」
「ああ。あれは、妹の『吉乃』が誕生日に祖父が購入したモノだったんですよ」
ただあまりに前の話だったからなのか……もしくは『吉乃』に関する記憶だったから……なのか、理由は知らないが、あの時は全て詳しいことは忘れてしまった。
しかし今となっては思い出せる。あの時、俺は学校に行っておりその『行灯』に気がついたのは、帰って来た時の話だ。
「あの時は、とても小さい子どもが欲しがるモノじゃないって思ったんですけど、どうやら吉乃は、かなり気に入ったらしいく、寝るときはいつもそれを点けてもらっていました」
「可愛らしいお話ですね」
「もう昔の話ですよ。ところで、まさかとは思いますが、もしかして、ああいった事が起きると予見されていらしたのですか?」
「いいえ。もし、そうだとしたら、私はまず日本にいませんよ」
「ふっ。そうですね。あなたのお家でしたら、それくらい簡単にしますね」
俺は、
しかし、その確信はなくても俺に不審に思われない程度の提案をしてきたということは、違いない。
なんとも、食えないお人である。
「あの、それでこれからどうするつもりですか」
住む場所もまた燃えてしまい、今回は商売道具も一緒に燃えてしまったた。普通であれば、未来の事など考えられないかもしれない。
「そうですね。とりあえず、退院する事が先決ですけど……まぁ、後は色々学ぼうと思っています」
「学ぶ……ですか?」
「はい。正確には、『習う』ですかね」
「――習う」
「それが、吉乃……いえ、妹との約束なんです。昔、誰かに『人は一生学び、習うモノ』だと言われた事がありまして」
その時、なぜか理由は分からないが、樹利亜さんは「そうですか」と言って泣いた。
嘘をつけない人で、物静かで気丈な……そんな人が他人に泣き顔を見られたくないだろう。
そんな気持ちから、俺は窓の外を見てそっとしておいた。
「とても素晴らしく、大切なことだと思います」
そう言って俺の方を見た樹利亜さんの顔は、笑顔だ。
俺の言葉を受けて思わず泣いてしまう。それは、樹利亜さんが似た様な経験があるからなのだろう。
「まぁ、祖父の受け売りだと思いますけど、自分の名に恥じない様に……と。そして、また会った時に、その学んだことをぜひ、教えて欲しい……と」
「あなたは、会えたのですか? その、妹さんに」
樹利亜さんは、不思議そうに俺に尋ねた。
「はい。会えました」
しかし、生きる事を諦め、彼女の元に行こうとした俺をあいつは――――。
「思いっきり……突き飛ばされました」
「えっ?」
「あっ、でもそれは俺の為にですよ?」
そう、生きる気力をなくしてしまった俺の目を覚まさせるために、吉乃は俺を突き飛ばした。
「え……わっ!」
当然、川を歩いていて突き飛ばされたら尻もちをつく形になってしまう。俺も、川の中で尻もちをついた。
「何すんだ!」
川で尻もちをついてようやく、自分が吉乃に突き飛ばされたを理解した。しかし、一瞬過った怒りの炎はすぐに消えた。
「なんで……よ。なんで分からないの!」
「えっ」
「なんで兄さんは生きようとしないの! あの時も……私は! 私は!」
「吉乃……」
吉乃は『あの時』つまり、あの『地震』が起きたとき……あの時も、今と同じ様に俺を呼びながら突き飛ばしたのだ。
「私は、兄さんに生きていて欲しいの……。私だって……もっとやりたいことがあった。もっと、もっと……」
多分、これが吉乃の本音だろう。誰だって、死にたいとは思わない。まだまだやりたいこと、やり残したこと……心残りはたくさんあるだろう。
「私は、兄さんが本を読んでいる姿が好きだった。そして、それを私に教えてくれるのが……とても楽しかった」
思い返してみると、吉乃は昔から本を読んでいる俺の隣にいることが多かった。そんな吉乃に俺はいつもと言っていいほど、色々教えていたらしい。
「こんな状況なのに……って思うかも知れないけど。でも、私はそんな兄さんが好きだったんだよ」
そこまで言われたら……叶えたいと思う。そして、叶える為には『生きる』必要がある。
なるほど。俺はどうしても生きなくちゃいけない『理由』を作られた訳だ。
「はぁ、分かった。だったら、俺は生きなくちゃな」
「うん。だから……待っているよ」
「ああ、自分の名前に恥じない様にしないとな」
俺の言葉に吉乃は、笑顔で返した。気がつけば、吉乃が立っていた桜の木は満開になっていた……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「お名前ですか」
「はい。俺の名前『
「はい」
「確か花言葉は、切なる願いと感激……でしたよね」
「そっ、そうですね」
ふと見た花束を見ながらそう言った俺に、樹利亜さんは驚いた。
しかし、それは元々吉乃が、好きで読んでいた本から得た知識だから、別に驚くほどの事じゃない。
今回、焼けずに無事に俺の手元に残った本も『花言葉』に関連する本だった。
「とても、可愛らしいと思います」
「…………」
俺がその花束の中から一輪を取り出し、眺めているとなぜか、樹利亜さんは茹でだこの様に真っ赤になっていた。
「……あの、大丈夫ですか? あなたの方が真っ赤ですけど」
「えっ、あっ! だっ、大丈夫です!じゃ、じゃあ私はこれでっ!」
そう言うと、樹里亜さんは頬に手を当てながら、そそくさと病室を出ていってしまった。
「……何だったんだ?」
正直、なぜあそこまで顔を真っ赤にしていたのか分からない。確かに、一輪を取り出した時、樹利亜さんに笑顔で言ったが、それが理由とは到底思えない。
まさか『叱られる』なんて、久しぶりどころか初めての経験だった。しかも、妹にだ。
「ふっ、言うようになったな。吉乃」
俺は、これから生きなくてはいけない。それは、生きる理由を与えてくれた吉乃の為、この名前を与えてくれた人の為……出来るだけ長く、学び、習う。
そして、その経験を吉乃に教える。
「これからが……大事だな」
空を見上げ、飛び立つ名も知らない鳥をこれからは知ろうと思う。この名に恥じない様に――生きていく為に。
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