第8話 花簪 はなかんざし
「……おい」
男性の姿が見えなくなり、帰ったと確認した後、俺は不機嫌気味に少女をチラッと見た。
「何かしら?」
そんな俺の態度なんて分かりきっていたのか、少女はあえて「何の事?」とあえてとぼけたフリをした。
「何かしら? じゃねぇよ。なんで、あんなはぐらかした様な言い方しか出来ねぇんだよ。あんたは」
「はぁ」
少女は、ため息をついて、ニヤッと笑った。どうやら「あなたなら、そう言ってくるだろう」と予想していたのだろう。
「なっ、なんだよ」
「いえ? あなたに声をマネされても、あまり違和感がない事に驚いたわ」
「それはあれか、が女っぽいって事か? また喧嘩売っているのか? 買うか? 買った方が……はぁ、そう言って話題を転換しようとするのは、あんたのいつもの悪い癖であんまり関心しねぇところだな」
「別に、そういうつもりじゃなかったんだけどね」
「どうだか」
今度は、俺がため息をつきたい気分になった。ところで少女はというと、痛い所を突かれたと思ったのか、少し困った様な表情だ。
「あなたは気づいていると思うけど、ここは前回よりも時代が進んでいるのよ」
「……なるほどな」
チラッと外を見ると、外は夕暮れを終え、月が空に昇っている。そして、この時代に登場したとされている『自動車』が骨董店を横切った。
しかし、まだ登場したばかりだ。
つまりあれに乗っているのは、大体がどこかの財閥や政治家……などのいわゆる富裕層の人々でだろう。
「確か、この時代は日本史の時代区分の中では、一番短いんだったんだろ?」
「ええ。まぁ短いと書かれていても、文化の発達などなど……簡単に言えば『色々』あった時代とも言えるわね」
「……本当に、説明すれば長くなる時代の歴史を『色々』の一言で簡単に片づけたな」
言い方はともかく、どの時代も色々あったのは間違いない。たとえ、その時代が長かろうが短かろうが……である。
「それで? それがなんだって言うんだよ。なんであんな回りくどい言い方になるんだ?」
「その時代は、一度大きな『震災』があったのよ」
「震災……か」
「そう、それでさっきの『彼』はその被災者って所じゃないかしら?」
少女の言っている事が本当ならば、確かにあの男性が言っていた「つい最近まで入院していた」の話はそれで説明が出来る。
「……というか、そういう事なら本人に確認すればいいだろ?」
「確認したわよ。ここ二、三年で『火災』とか起きませんでしたか? って」
それで少女は「ちゃんと聞いたわよ」と言いたいのだろう。
「おいおい。そもそも『火災』と『震災』じゃ全然話が違うだろ。なんで、そんな回りくどい言い方すんだよ」
「仕方ないじゃない。下手に刺激するわけにもいかなかったし、それに彼は『記憶』を失っているかも知れないと思ったんだから」
「……は?」
「あの人と話をしていて、おかしいと思った所とかなかったの?」
「それは、確かに思ったけどよ」
「彼がここに来て最初、倒れたでしょ? それで病院に連れて行こうとしたら」
「病院に行くことを拒んだ……な」
「そう。多分、アレは本人としては無意識だと思う。あの反応は、『何かに』巻き込まれた時の記憶が、今も混在していたんじゃないか……って、私は思ったわ」
「……無意識か」
それならば、男性の目が覚めた時、「ここはどこですか?」というリアクションだったのも、何となく納得が出来る。
「ところで、その『常連客』ってもしかして……か?」
「あら、あなたにしては察しが良いわね」
「はぁ。なるほど『やっぱり』か」
「ええ、その『やっぱり』でしょうね」
今回はさすがに関わりはないと思っていたが、どうやら違うようだ。
少年は、自分の予感が当たったと分かると自分の額に手を当て、そのまま天井に顔を向けた。
「天を仰いでいるところ悪いけど……」
「なんだよ」
「その『常連客』の人。あなたも見ているはずよ?」
「はっ? いつ?」
見た目と雰囲気が少女と瓜二つ。もしくはソックリ。そうなると、俺の頭の中には『真理亜さん』の姿が出て来た。
しかし、あの人が生まれたのは『昭和』のはずである。
「あなたが見たのは、多分……前の『
そう言うと少女は、棚から『
「…………」
多分、少女は俺に思い出させるために差し出したのだろう。しかし、俺としてはそんな心遣いも、ありがた迷惑な話だ。
出来る事なら、今度は……なんて他人事ながら思ってしまう。俺はこの『
しかし、俺があんな事を言わなければ……なんて今更ながら後悔してしまうのだった――。
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