第6話 対面 たいめん
「…………」
「…………」
外見もさることながら、扉も昔ながらの引き戸だった。
「扉くらいは普通かと思っていたけど、そんな事なかったね」
「まぁ、ここまで古いのに扉だけ……っていうのはかえって違和感になるでしょうね」
確かに、扉だけ新しい……っていうのはおかしい。
「そんじゃ、行きますか!」
肩にかけた学校カバンを持ち直すと、京佳は先にそれを引きながら店内へと入って行った……。
「こんにちはー」
「こっ、こんにちは……」
「……なんでそんなに元気ないのよ」
「逆に、なんでそんなに元気なの?」
「え?」
「だって、初めて入ったお店ってなんか……緊張しない?」
「うーん……」
「…………」
腕を組ながら考え込んでいる京佳を見た限り……。
「…………」
そんな事……ないらしい。一応知っては『は』いたつもりだったが……京佳は変なところ、肝が据わっている。
「そっ、それにしても!」
「?」
「さすが『骨董店』っていう品揃えじゃない?」
「……うーん」
今度は私が考え込んだ。
確かに、このお店の外見も相まって置いてある品物もなかなか年季の入っているとても素晴らしいモノもある様に思えた。
しかし……この品物のほとんどが『雑貨』で『掛け軸』とかお高そうな『壺』とかあまりない様にも思える。
私が、店内をグルッと見渡しながら考え込んでいると……。
「えっと……違った?」
心配そうに京佳は私の顔を覗き込んだ。
「うっ、ううん。そうじゃなくて……」
「?」
「そうじゃなくて……一体なんでしょう♪」
「えっ……?」
「なっ、えっ、誰!? っていうか何!?」
突然京佳の背後から聞こえてきた声に、私たちは思わず体をビクッとさせた。
「あっ、すみません。驚かせるつもりはなかったのですが……」
京佳の振り返った先にいたのは、私たちと同い年くらい……いや、むしろ少し年下くらいの腰まで伸ばした黒髪が特徴的な少女だった。
「はぁ……。だったらもうちょっとやり方ってモノがあるでしょ……」
「すっ、すみません」
「この子も突然声をかけたから驚いちゃったんだから」
「えっ、私は……そこまでは」
「えー」
そう実は、京佳とちょうど重なる様にその少女の姿があったため京佳には見えていなかったが、偶然『私には』その姿が見えていたのだ。
「だから、お気になさらずに……」
「えっ……あっ、そうですね。でも、私にも非はありますので……」
少女は、私の顔を見るなりとても驚いたような顔をした。しかし、すぐに気を取り戻し、何事もなかったかの様に謝罪した。
「……??」
ただ、なぜ……少女が私を見て驚いていたのか……その心当たりは全くない。私と少女は初めて会ったばかりのはずだ。
それに、初めて会ったばかりの少女に覚えてもらえるほど、私はそこまで特徴的な目立つ人相ではないだろう。
「そっ、それで今回はどういったご用件で?」
すぐに話題を変えようとしたのだろう。少女は若干噛みながら、それでも満面の笑顔で私たちに尋ねた。
「あっ、えと……」
「??」
少女は、私の態度を不思議そうに見ていた。
それはそうだろう。しかし、ただカバンの中に入っている箱をこの少女に渡し「その箱について聞きに来たんです」と聞けばいい『だけ』なのにも関わらず、なぜか……不思議と緊張していた。
「ほら、渡さないと!」
「あっ、うん……」
「?」
そんな私を見かねて京佳は、肘で私をつついた。その姿はコソコソと話している様に少女からは見えた……かもしれない。
「あっ、あの!」
「はい。なんでしょう?」
少女は、そんな私たちに何か追求する事なく普通にそう尋ね返してくれた。私としては正直、少女のその態度がありがたかった。
「この箱なんですけど……」
「……あぁ。確かに『こちら』は私たちのお店のモノですね」
少女は私から『開かずの箱』を受け取り、すぐに文字を確認し、そう断言をした。
「そうですか!」
「これで、お兄さんが遺した箱の中身が分かるわね」
「うん」
しかし、喜んでいる私たちとは違い、少女は残念そうな顔をした。
「……ですが、申し訳ございません。こちらの商品は『鍵』というモノでは開かないのです」
「えっ?」
「どっ、どういうこと?」
少女の言葉がイマイチ理解出来なかった私たちは、詳しい説明を求めた。
「こちらの商品の名前は『思ひ出箱』というモノです」
「えっ、『思ひ出箱』……ですか? 」
少女に詳しく説明を求めたが、残念ながらそれでもいまいちピンときていなかった。
「えっ、ちょっと待って」
しかし、京佳は今の少女が今言った『思ひ出箱』という商品名で『箱』について大体理解したらしく、少女の言葉を遮った。
「あなたの言葉をそのまま受け取ると、この『箱』を開ける『鍵』となるのは……思い出……ということになるんじゃ……」
「……はい。もっと具体的に言えば……」
「…………」
「鍵となるのは『言葉』なんです」
京佳の言葉に頷きながら、肯定した。そこで私はようやく理解した。言われてみれば確かに、『言葉』であれば『モノ』とは言えない。
「うーん……」
「? どうしたの?」
「いや、そうなると。ちょっと困ったなぁ……って」
「えっ……」
「もし、この箱の持ち主の方が亡くなっているとしたら」
「……この箱の持ち主だった人は、もう……亡くなっています」
京佳は今の状況が分かっていない私に変わり、言いにくそうな様子で少女の言葉に返答した。
「そう……ですか。そうなると……、そうかもしれないですね」
「えっ!?」
それは少し困った……そんな様子で腕を組んでいる京佳と顎に手を置いて少女が二人は揃って考え込んだ。
この状況を何も……理解していない私を残して――。
「あっ、あの一体どっ……どういう?」
正直、全く何を悩んでいるのか分かっていない私は顔を見合わせている京佳と少女に向かって問いかけた。
「いや、悩んでいる……というか」
「正直、そこまで……と言われれば……なんですが」
「何? なんなの一体」
私は正直、少し苛立ちの表情を見せた。それは、当然と言えば当然かもしれない。
そう、この『箱』を持って来た私は理解していないのに、京佳と少女は理解した上に勝手に話を進めていこうとしているのだ。
せめて何か説明くらいしてくれもいいのではいだろうか。
「……ほら、『モノ』ならまぁ何とかなるかもしれないけど、この子の言っている通り『言葉』だったら……」
「あっ……」
京佳は、そんな私に気づいたのだろう。
そう確かに、『箱』の開け方はその『箱』の名前が説明してくれていたのだ。
しかし『言葉』となると、その数は膨大で無数にある。つまり……下手をすれば『鍵』を探し出すことより難しいという事を意味していた。
まだ『モノ』なら……最悪スペアを『作れば』それで話は終わる。
ただそれが『言葉』となれば、スペアなどない。もし、『日本語』でその『鍵』とも言えるその『言葉』を探す……それ自体も難しい。
それにもしかしたら……日本語ではない、別の……英語や中国語、いや、それ以外の別の言語の可能性もありえてしまう。
その事実に私は絶句した。
「…………」
「でもそんなの、どう考えても無理じゃない」
絶句し、言葉を失っている私の変わりに京佳がそう訴えた。
「そうなんですが……」
「…………」
「あっ、例えば、その『箱』を持っていた方は何か口癖とかありませんでしたか?」
「……えっ?」
途方に暮れている私を見た少女は「何かヒントになるのでは?」と問いかけてくれた。
口癖……。
「…………」
「あなた口癖……って」
むしろ京佳は、半ば呆れた……。そんな風にため息をつきながら私の方を見た。しかし、私はそんな友人の視線に全く、と言っていい程聞こえていなかった。
お兄ちゃんがよく言っていた口癖……言葉……。
『……だって、そう言えばこれが最後。ってならないだろ?』
「……あっ」
「えっ?」
「……何か心当たりでもありましたか?」
私は、思い出せる限りお兄ちゃんのことを思い出した。そして、お兄ちゃんがよく言っていた『ある言葉』を思い出した。
そう、それはいつも帰り際の私に向かって言っていた『言葉』――。
「あっ、あの!」
「……はっ、はい!?」
私が突然大きな声を出してしまったからだろう。少女は、さっきの驚いた表情とは違う目を見開いた表情で言葉を返した。
「……ありがとうございました!」
「えっ?」
私は、驚いた顔をしたままの少女にお礼を言うとすぐにお店を出た。
「えっ! ちょっ、ちょっと! 真里亜っ!?」
「あっ、ご来店ありがとうございました」
「ごめん。先帰るね!」
「えっ、待って!」
「……またのご利用お待ちしております」
突然の私の行動に状況の整理が出来ていない京佳と少女を残して、私はすぐに店の外に出て、そのまま全速力で走り出した。
正直、最後に言っていた少女の「またのご利用お待ちしております」の言葉は、私の耳に届いては……いなかった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます