第10話 連鎖 れんさ


「ふんふんふーん♪」

「……おい」


「ん?」

「ん? じゃねぇよ」


 お店の開店を前に少女は、ハタキを片手に鼻歌交じりに掃除をしていた。そして、突然声をかけた人物を見た。


「あら、おはよう」

「おはようじゃねぇよ」


 少女の挨拶に口悪そうに返したのは、高校生くらいの少年だった。


 少年の見た目は茶髪で目は黒いが、全体的に少し茶色っぽいという印象を与える。しかし、決して染めている訳ではない。


 だが、この少年はどう見ても『日本人』という見た目や雰囲気ではない。


「なんでそんな所からなの??」

「あのなぁ、俺も出来れば下に降りたいんだよ」


 少女は見上げる形で少年に言った。そう、少年は二階から少女に声をかけていたのだ。しかし、一階に降りるに降りられない。少年はそう言いたいらしい。


「なんで?」

「お客が来たら困るだろ」


「いや、だからなんで?」


 少女の言っている事は当たり前だろう。しかし、少年には降りられない『理由』があった。


「なんで……じゃねぇよ。俺が『この時代』いたらおかしいだろ」

「あっ」


 少年は、呆れた様に手を額に当てながらため息交じりにそう言った。そこでようやく少女は思い出した。


「そっか、あなたがこの時代にいるのはおかしいんだっけ?」

「……自分で言っててかなりへこんでいるけどな、俺も一応『日本人』のはずなんだけどな」


 さらに少年はため息を重ねて言った。しかし、少年がいくら『日本人』と言っていても残念ながら、この少年の見た目はどちらかと言えば、『日本人』よりも『外国人』っぽい。


 そして今、この『骨董店こっとうてん 蜻蛉とんぼ』がある『この時代』は、歴史的に見れば『外国人』がいたかどうか正直怪しい。


 もし、そんな時代に平然と『外国人っぽい人』が店員として働いていれば、ほぼ確実に大騒ぎになってしまう。


「それで見つかって、お役人に連れて行かれるとかごめんだからな」

「まぁ、特にこの時代は情報を手に入れるのが難しいからね」


 この時代、情報を手に入れようと思ったら『人づて』か『瓦版』だ。しかし、それはガセネタも多い。


「まぁ、まだ開店前だからこうして話が出来ているんだけどよ」

「そうね」


 『骨董店こっとうてん』の前行きかう人たちも着物着て、草履を履いて、そして、仕事前だからなのか、みんな何やら忙しそうに歩いている。


「あんたもちゃっかり着物着ているし、俺にも着ろ。って強引に渡すし……」

「そこはほら、その時代に合わせないと!」


「……とか言いながら単に着たいだけだろ。この時代にいる間は、作業部屋から出ることねぇのに」

「あっ、単に着たいだけっていうのも少しあるわよ」


「即答かよ」

「嘘じゃないもの」


「あっそ」


 少女の言葉を聞くと、少年は諦めた様に多少投げやりに返した。


「ところで話って、それだけ?」

「いや、ただあんたは、なんで『水玉』が『ストレス』に反応するって言わなかったんだろうなって思ってよ」


「うーん。わざわざ言わなくてもいいかなぁって思ったから?」

「疑問形か」


「まぁ、言ったらあの人買わなかったかも知れないじゃない?」

「それはそうかも知れないけどよ」


「じゃあ、いいじゃん? 買ってくれたんだし」


 少女は、気にしていない様にそう言うと、さらに掃除を続けた。


「それに、あの『水玉みずたま』は単に『ストレス』っていう訳じゃないのよ?」

「……そうなのか?」


「ええ。それに一口に『ストレス』って言っても自覚症状ないこともあるでしょう? 」

「まぁ、そうだな」


 確かに、『ストレス』と言っても無意識に感じていることもあるはずだ。


 たとえ、本人が「大丈夫」と言っても無意識のうちにかなり負担がかかっている……なんて事も多い。


「まぁ、人によって『ストレス』を感じる条件って意外にバラバラだったりするのよね」


「ん? どうした? 何が言ったか?」

「いや? 何も?」


 ボソッと言った言葉が偶然少年の耳に届いてしまったのだろう。


「いやいや! 絶対なんか言っただろ!」

「うーん。いや、悪い事って『連鎖』しているんじゃないかって、思う程続くわよね……って話よ」


 その言葉に少年は「それは言わなくてもイイ」と嫌そうな顔をした。


 しかし、少女は気にせず、鼻歌混じりにはたきをパタパタとさせながら、陽気に掃除を続けた。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「そういえばあんた、水でいっぱいになったところ見たことない。って、言ったよな?」

「うん、それがどうかしたの?」


 思い出した様に言った、少年にさらに問いかけた。


「それって本当か?」

「何を疑っているか知らないけど、ないわよ?」


「ふーん。そうか」

「ええ。だから、その時のお楽しみ……って言ったのよね」


 あの時とは違い、可愛らしく軽くウインクをしながら少女は言った。


 しかし、少年は照れもせず、むしろ「それに対して俺はどうリアクションを取れって?」と言いたそうな顔をした。


「それなら、あの時そう言えばいいじゃねえか」

「知らないわよ。私が言う前に早合点してそう言ったのは、向こうよ?」


「……というか、あれって本当に気泡もなく水でいっぱいになるのか?」

「うーん……さぁ? どうかしら?」


「なんだ、それ……。結局、分からねぇのかよ。はぁ、とりあえず俺は奥の倉庫にいるわ」


 少年は、つまらなさそうに少女に背を向けて奥の部屋に入っていた。


「……自分から話始めたんじゃない。全く」


 少女は、小さくそう呟くと、少年がニ階に戻るのを見送った。


「……人は一人では生きられない」


 少女は小さく呟いた。


 しかし、死ぬ時……天に旅立つ時、どれだけ多くの人に看取られても実際は一人だ。生まれる時も生きている時も決して一人ではない。


「それなのに、旅立つ時は一人なんて……」


 本当におかしな話だと私は思う。人によっては「一人でいるのが好き」という人もいるだろう。しかし、それでも決して『独り』ではないはずだ。


「彼女にとって一番の『ストレス』は……」


 そんな『独り』を実感する事だろう。現に彼女には、家族や友人、彼氏に後輩……など人とたくさんの『繋がり』を感じた。


 もしも『繋がり』がなくなり、『独り』を実感した時……それが、彼女にとって一番『ストレス』だったのだろう。


『そういえばお前、『水玉みずたま』がいっぱいになったところ見たことない。って、本当か?』


 少年の言葉を思い出し、少女は真顔になった。


 もし、彼女が壁にぶつかったとしたら『その時』だろう。もし、彼女がそれを乗り越えることが、出来ればそれでよしだ。


 そして、その『勇気』を持って前に進むことが出来れば、大切な事を知ることが出来る、そしてさらに人として成長出来るだろう。しかし、出来なければ……。


「ふふ、出来なければ……それまでね」


 そう小さく呟き、薄く笑った――――。

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