SFが苦手な人へ。敬遠する必要はありません。

 バスケットボールという競技に多少なりとも魅力を感じた事のある人は、何に魅力を感じたかと聞かれれば、多くの人は空中戦でありダンクシュートであると答えるのではないでしょうか。
 人並み外れた長身と跳躍力を併せ持つ、アスリートの中でも一握りの選ばれた者たちによって行われる、豪快にして華麗な、空中の高みでのぶつかり合い。それこそがバスケの大きな醍醐味だと言えます。

 では、人がより高く跳べる環境で、より高い空中でぶつかり合えば、その豪快さはさらに高まるのではないか?
 本作は、月面という舞台を利用した、そんな思考実験に基づく一作であると言えます。

 SF×スポーツという組み合わせで読まず嫌いしてしまう人もいるかもしれませんが、ご安心いただきたい。本作は王道的なスポーツものとしての色が濃い作品です。
 コートの中のヒーローに感銘を受け、憧れを抱いた少年は、ひとつの約束の下、自らもプレイヤーとしての道を歩み始める――
 彼にとってのスタート地点が、本作の第一部では描かれています。

 また、本作のルナバスケ界を取り巻く社会情勢も無視できないポイントと言えます。
 低重力下で育ったルナリアンは総じて地球民より長身であり、競技上、地球民は不利とされている。それに基づく偏見や蔑視も本作では描写されています。
 これは、現実のプロバスケット界においても、古くは歴史的経緯と身体能力差に基づく黒人種と白人種の対立があり、人種間闘争の具となっていた時代があった事をなぞっていると言えます。
 現代においても、表立って明確な差別こそされていないものの、アジア系人種が圧倒的に"弱い"とされ、軽視されている事にその影を見る事ができるでしょう。

 しかし、いつの時代にも偏見と戦って勝利してきたヒーローがいました。
 黒人ではアメリカ史上初のプロバスケットチームのヘッドコーチを務めたビル・ラッセル。
 運動能力では黒人に劣るとされていた白人でありながら、伝説的なエースであったラリー・バード。
 身長170cm台の日本人でありながら、短い期間ながらもNBA選手の座にいた田臥勇太。
 本作においてベストプレイヤーとされているブライアン・ワイズも、彼らと同様のカリスマを持った存在だと言えます。
 ただ"凄い選手"と言うだけでなく、次代の子供たちに勇気を与え、そして自分の背中を追いかける子供たち同士を結びつける、象徴的存在。
 それは、不可能を可能にしてきたヒーローという意味において、偉大なスポーツ選手の姿をリアルに描いたものと言えます。

 例え時代が変わっても、スポーツの持つ魅力と、人を繋ぐ力は変わらない。
 本作には、そんなテーマが潜んでいるように思います。

その他のおすすめレビュー

西山いつきさんの他のおすすめレビュー31