10-4 卍の意志
天正三年(1575)春、田植えがすみ余裕ができたころ。南部信直に対し、九戸政実らは再び反旗を翻した。裏では安東氏が資金援助をし、大浦と九戸の連携も成立させている。
そして……晴れ渡る吉日、八月一三日。
大浦為信は三千の兵を集め、大光寺へと出陣しようとする。沼田祐光はもちろん、後に大浦三家老と呼ばれる兼平綱則、森岡信元、小笠原信浄もいる。知恵者の八木橋や仏門の乳井ら含む大浦家臣団はここに集まった。さらに浅瀬石の千徳政氏も加わる。
敵は大光寺城の城代、滝本重行。武勇知略に優れ、為信を倒さんと企む相手。田舎館の千徳政武も滝本に味方した。千徳は本家と分家で対立するに至る。
辰の刻、大浦軍は真新しい旗を掲げた。以前の様に南部の旗は使えぬ。二羽鶴の文様は、全て燃やした。
……白地に赤く描かれたのは、錫杖の先。岩木山の加護に預かり、津軽を征することを示す。何百も掲げられ、新生大浦家の初陣を飾った。
そんな中、小笠原は一本の旗を持参した。丸められたままで中は見えないし、少し古びているように感じられる。為信は“構わぬ”と申し、改めさせた。
褐色に化した布地に、黒い墨で “卍” が描かれている。小笠原は言った。
「津軽を平らげることは、万次の意思です。」
為信は許した。何百もの錫杖の中に、一本だけ馬鹿でかい “卍” の旗が掲げられる。
大浦軍は出陣した。
第一陣は大光寺より南西の館田口に乳井らが七百。
第二陣は南東の唐竹山に小笠原ら八百。
第三陣の五百は北に座し、田舎館千徳からの援軍を遮断。
そして本陣の千兵は大光寺より真西に位置する館田林に置かれた。兼平や森岡、八木橋らもここにいる。
遠くより大光寺を包囲するに至ったが、城へ向かおうとすると、田が広がっている。水で満たされ、泥で足がとられることだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます