長子信建、出生 天正二年(1574)夏

亀裂

9-1 疑い

 綱則は言う。


「私が父に伝えたのです。鼎丸様と保丸様、そして殿。どうあるべきかと。」


 為信は黙って聞く。


「将来、どのような形であれ、為信様と二子が争うことになれば……誰もが苦しみます。」


 そこで、“兼平盛純”という人物の出番だ。気の病に臥せっている己が、二子を連れ出して自分ごと沈む。皆は、気が触れたとでも思ってくれるだろう。



 それに……かわいそうな我が娘。早く傍らへ行ってあげたい。






 

 静かな空気が流れる。


 為信は、綱則に酒を注ぐ。


 綱則は、泣くのを必死に抑えていた。杯を、ぐいっと飲み干す。




 ……私は、犠牲の上に成り立つ。なんとしても生き残らねばと思っていたが、こうして自ら死んでいく者もいる。



 兼平は体を捧げて、最後の奉公を果たした。


 尊敬する。





 ……葬儀は始まった。為信は喪主として、戌姫は母代わりとして弔いを受ける。……短いうちに多くの者が亡くなった。養女兼平の娘は戌姫と姉妹同然。科尻鵠沼はかつての家来。そして……鼎丸と保丸。



 大光寺城の滝本は、為信の前に出でる。睨みつけ、罵る。



 “あなたの企みでしょう”



 戌姫は、隣の為信を見る。為信は固まる。



 “あなたは、お家を乗っ取った”



 綱則は口を出そうとしたが、為信は“やめろ”と制する。不毛だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る