火は放たれた

5-6 知恵者

 "目標” とは、白い旗のことだ。村のどこかにある、それを先にとればいい。


 兵らは兼平と森岡の元にわかれ、それぞれ向かっていく。実をいうと二人も旗が今どこにあるか知らない。村人がこの軍事演習を手伝っており、時間が経つたびに旗の場所を変えているからだ。


 ……ここに、“敵”はいない。心の何処かに安心感はある。あくまで訓練が故に、相手より先に旗を獲ろうと勇み足になる兵がいた。そいつらに、兵を統べる力はない。


 村に入ると早速、仕掛けの洗礼を受ける。隠されていた“筒状” の道具から、一直線に水が浴びせられた。北風が吹く中、冷たい水だけあって体を震え上がらせる。……実戦であれば、すでに死んでいるだろうに。


 その道具をもって、数人の村人は村の奥へ走って逃げていった。“白い旗はこちらにあるぞ” と呼びかける。兵らは後を追った。するとまた横から水鉄砲で浴びせられる。


 賢い者は気付いた。この水鉄砲は、火縄そのものだと。能無しの猪武者は火縄の前に役立たず。いくら白い旗が取れたといえど、濡れたまま御前に立てば、決して評価はされないだろう。しばらくはそれぞれの大将に従って動くのが賢明だ。


 ……慎重に道を進んでも、泥濘がひどいところがちらほらあり、そこで足がとられる。

格好の狙撃場だ。高いところ、目の届かないところから……。火縄に、弓を引くための広さは無用だ。


 そうしているうちに、白い旗を持った男が、大家の白壁に寄りかかっているのが目に見えた。兵らは競って男に迫る。


 すると数人の村人が屋根の上から現れ、ざるに盛られた土を投げ捨てた。急なことだったので顔にかかり、口にも入って慌ててしまう。白い旗の男は遠くへ逃げていく。


 ……ここに隠れている者が一人。大浦家の一兵卒で、八木橋と言う。また何か仕掛けてあるだろうと踏んで、男が逃げていきそうな道陰に潜んでいた。


 八木橋は白い旗を奪い、大将の兼平に差し出す。



 ……この家来は津軽一の知恵者にて、後に為信の代理として豊臣秀吉に拝謁。見事に津軽の地を安堵せしめたという。

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