第20話 これから先の未来に

 ――そんなわけでカラオケである。どういうわけだ。

 何やかんやで再試を突破した俺と魔女(+美紀)だが、当然好成績を残していた比奈や耕哉と共に、休日はお疲れ様会と称してカラオケに乗り出していた。

 ドリンクバーに行くタイミングが美紀とかぶり、軽く会話を交わす。


「何とか切り抜けられてよかったねー、景」

「お前の場合は切り抜けられてないって言うんだぞ」


 気楽そうな美紀に、俺は呆れたような口調で言ってやる。

 単に欠席した俺や比奈に対して、美紀は普通に赤点を取っていたから再試を受けたのである。どう考えても切り抜けられたわけではなかった。

 そんな現実逃避を見抜かれた美紀は、途端に「うう……」と言いながら頭を抱える。


「またお母さんに怒られる……」

「何のために勉強会をしたんだお前は。今回の数学そんな難しくなかっただろ」

「難しかったよぅ……」

「椎名さんなんて再試は満点だぞ。見習っとけ」

「あの子も、テスト最終日に高熱なんて不運だよねー。再試になった時点で、なんかちょっと成績落ちちゃうっぽい? って聞いたことあるし」

「まあ満点なら大丈夫だろ」

「景は川に落ちて大怪我したって聞いてビビったけど、もう大丈夫そうだねー」

「おかげさまでな」

「でも、正直ちょっと間抜けだなって思う」

「やかましいわ」


 俺の大怪我は、一応そういうことになっていた。

 川沿いで足を踏み外した俺が転がり落ちたという説明はしたが……まあ病院の先生は絶対に納得してないだろうけど、あの人もあまり詮索してこない人みたいで助かった。


「美紀が赤点なのに、信二が赤点じゃないのが気に食わない……」


 ぶーたれる美紀。

 俺はドリンクバーでコップにメロンソーダを注ぎつつ、苦笑混じりに言う。


「まあヤツは要領が良いからな……参考にしないほうがいいぞ」

「大して勉強してないくせにー。むかつくー」

「――地頭が良いんだよ。お前と違ってな」


 軽薄そうな笑みを浮かべながら、空のコップを手にした信二が姿を現した。

 美紀はムッと唇を尖らせ、


「そう言う割に、数学以外はほとんど四十点ぐらいでしょー」

「ギリギリを攻められるのは逆に才能なんだよ、逆にな。具体的には平均点の二十点下ぐらいだ。三十点台に突入すると教師によっては赤点勢と同じ扱いにされるだろ。そのあたりを計算してたんだよ、オレは頭が良いからな」


 こつこつと頭を叩き、自信満々に信二は言う。

 アホな会話だった。

 アホな連中のアホな会話は放っておき、俺はメロンソーダで喉を潤しつつ部屋に戻っていく。

 扉を開けると、比奈がノリノリで最近流行りのアイドルの曲を歌っていた。

 何なら振り付けまでマスターしている。

 同じくノリノリの耕哉が、手拍子で比奈に合わせていた。

 そして――


「おい、何してんだ」


 魔女は隅のほうでカチコチに固まっていた。

 ヤツの前には、何と呼べばいいのか分からないが、曲を検索して本体に送れる例の小型機械がある。説明のしかたが分からない……。

 俺が戻ってきたことを知ると、魔女は安堵したのかほっとしたように尋ねてくる。


「……ど、どうすればいい!?」

「どうするもクソも、カラオケに来たんだから歌うしかないでしょ」

「……私、あんまり歌知らない」

「つっても、まったく音楽聞かないってわけじゃないだろ?」

「クラシックなら聞くけれど」

「なるほど。そいつは歌えねえな」

「そもそも……この機械、どうやって使うのか分からない」

「マジかお前。そこからか」


 名称こそ把握していないとはいえ、使い方が分からないヤツは初めて見た。


「スマホはちゃんと使えてるんだから機械音痴ってほどじゃないだろ。何となく分かるんじゃないのか? 感覚でやれ感覚で」

「スマートフォンも、LINE、メール、電話ぐらいしか使ったことないのだけれど……」

「流石は魔女なんて名乗るだけはあるな。一時代遅れている……」

「貴方に言われたくないのだけれど」

「俺は別に機械は大丈夫だよ。何なら得意まである。……で、何なら歌えるんだ?」

「……うーん。テレビで聞いたことあって、辛うじて歌えるものなら……」


 魔女はそう言って、一昔前に流行った曲をいくつか挙げた。


「よし、それでいこう。絶妙に古いあたりがお前っぽいし」

「……なんかバカにしてない?」

「してないよ。そもそもカラオケなんて、歌いたいように歌えばいいんだ」


 グループによっては皆が知っていて盛り上がれる曲を強制してくるようなところもあるが、今の面子はそこまでアゲアゲ(↑)(死語)の連中ではない。

 そんなこんなで俺と魔女がひそひそと話していると、ノリノリの比奈がマイクを持ったまま言う。


「こらそこ! あたしの歌、ちゃんと聞きなさ―い!」

「聞いてるから心配すんな」

「うん、桐島さんは、歌が上手いのね」

「え? そう? ありがとう。いえーい」

「おい椎名さん。お世辞はときに人を傷つけるぞ」

「やかましいわ」

「え!? そ、そんなつもりは……」


 慌てる魔女に、比奈は苦笑する。


「おい比奈、この曲入れたから、椎名さんと一緒に歌ってやれ」

「え? いいよ、知ってるし! 意外、椎名さんもこういう曲聞くんだねー」

「あはは……うろ覚えなので、手伝ってください」

「ちょっと昔の曲だからあたしも歌えるか微妙だけど、オッケー」


 つたないやり取りに、それでも俺は安心した心持ちでそれを見やる。

 いつの間にか隣には、耕哉が座っていた。

 ヤツはブラックのコーヒーを飲みながら、俺に言ってくる。


「良かったじゃないか」

「……何が?」

「僕にはよく分からないが、彼女、元気になったみたいだ」


 耕哉の視線は、両手でちょこんとマイクを持つ魔女に向けられている。

 慣れていないのがバレバレだった。

 けれど、それでも魔女は比奈と一緒に――楽しそうに歌を歌っていた。


「さあな。高熱出したところを見るに、体調が悪かったから元気なかっただけじゃないの」

「そうかもね」


 くすりと笑う耕哉に、なぜだかすべて見透かされているような気になる。

 結局、世界を救った英雄だのと言っても、そんなものは力を失ってしまえばただの子供に過ぎない。現に、同級生の内心すらまともに読み取れないのだから。


「もう少しで夏休みだ」


 耕哉は歌を楽しむように目を閉じながら、淡々とした口調で言う。


「僕も部活の休みは多い。だからみんなで遊びに行こう。椎名さんも一緒に」

「……そうだな」


 それは結構、楽しそうな未来だと思った。

 メロンソーダを口に運びながら、魔女と比奈の別に上手くもない歌を聞き続ける。

 それでも比奈はノリノリで、魔女は一生懸命だった。

 ――魔女は幸福にはなれない、と。そんな風に彼女は言った。

 だが、今の自分を省みてから、こいつはそんなことを言えるのだろうか?

 みんなと、友達と遊ぶことを楽しんでいる、今のこいつが。


「どっか旅行でもするか?」

「いいね。後、久しぶりにボーリングとか行きたいかな」


 ボーリングなんて行けば、魔女が全部ガーターとかやらかす未来が目に浮かぶ。

 ヤツの問題は山積みだ。

 そう考えた俺は頭痛がしてきたので額を押さえつつ、微笑を浮かべている耕哉に言った。


「……何にせよ、楽しんでいこうぜ」

「意外な台詞だね。君よりも、信二がよく言いそうな台詞だ」

「俺もヤツのマイペースさを、ちょっと学ぶことにしたんだよ」


 俺はもう英雄ではなく、だとするなら、魔女も、もう魔女ではない。

 ならば過去に縛られる必要などない。過去の影響こそまだ残っているとはいえ、俺たちは俺たちなりに、今を楽しんで生きていけばいいのだ。

 今まで誰かを助けることばかり考えてきたのだから、これからは、その半分ぐらい自分が楽しむことにも考えを割いていってもいいだろう。いくら英雄ではない自覚が生えたとはいえ、そう簡単に生き方を変えるのは難しいけど、努力はしていきたいと思う。

 ……そうだな。

 魔女はもう魔女ではないのだから、こうやって内心での魔女呼びもやめることにしよう。

 ……なら、皆の前と同じように椎名さん?

 いや、あいつを相手にさん付けをするのも癪だ。

 麻衣でいいか。うん。あいつに対して気を遣う必要もないし、それでいいや。


「お、盛り上がってるじゃねえか」

「あー! 麻衣も歌ってるじゃんー。可愛いなー」


 いつまで言い争っていたのか、今更のように戻ってきた信二と比奈。

 一番うるさい連中が戻ってきたことで、またがやがやと歌の間に喧騒が響く空間で――俺は、これから先の未来に思いを馳せた。


「次、俺に歌わせろよ。椎名さんも一緒な」

「ええ……!?」


 何せ人生はまだ長い。青春だってまだまだこれから。

 つまり元英雄元魔女こいつの物語は、まだ始まったばかりだ。

 ならば、楽しんで生きていこうぜ――と、俺はそんな風に結論付け、結局さっき耕哉に言ったことと同じ結論に辿り着いたことが可笑しくて、思わず笑ったのだった。 


 


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英雄と魔女の青春方程式 雨宮和希 @dark_knight

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