第18話 友達

 顔から火が出そうだった。

 目と鼻がくっつきそうな距離にいる魔女は、ポカンとした表情をしていた。

 でも、直後にみるみるうちに真っ赤に頬を染め上げて、


「は――はぁ!?」


 そんな風に言った。


「あ、貴方……何で、急に、そんな……っ!」


 魔女はひどく困惑している。

 それもまあ、当然だろう。

 俺が同じことを魔女に言われたら、どこかしら頭がおかしくなったのかと疑ってしまう。


「俺はお前を助けたい。でも確かに、自分の仇敵を助けようとするのは、不自然だよな」


 なら、と俺は言う。


「友達を助けるのは、手助けしたいと思うのは、いたって普通のことだろ?」

「は……だから、友達になりたいと?」


 魔女は自分の服の裾を握り締めながら、どこか縋るような瞳で言う。


「それだと、貴方は、何も変わってないってことじゃ……」

「違う」


 自信を持って断言した。


「英雄だから、そういう義務があるから、助けたいわけじゃない」


 魔女と目を合わせる。


「やるべきことじゃない。求められた役割じゃない。お前が言った通り、俺自身がやりたいことは確かにたくさんあった。それに気づけなかっただけだ。だから」


 彼女との思い出が、脳裏に過っていく。


「お前の友達になりたいし、力になりたいと思ったんだ」


 やっと気づいたんだ。

 これが、そういう感情だったということに。


「どうだ? 俺がお前を心配する理由、信じられるようになったか?」


 そう言って、一歩引いて魔女を見た。


「嘘、よ。私のことを嫌わない人間なんているはずない」


 魔女は壁に寄りかかり、両腕をかき抱くようにしながら言う。


「もし世界中の人間がお前を嫌っていたとしても」


 激情に逆らわず、言葉は自然と流れ出る。


「俺だけはお前のことを好きでいる。お前の優しさを知っているから。お前が優しい女の子だと理解しているから……それが友達だと思うんだ」

「私は優しくなんてない! 貴方のそれも、私に同情しているだけよ!」

「お前のそれは、呪いだよ。だから俺が解く」

「仮に、そうだったとしても」


 声は小さく、硝子のように壊れやすく聞こえる。


「それでは……私が報われすぎてしまうのよ」


 今にも泣きそうな儚い笑みを浮かべ、


「――魔女に、幸福はいらない」


 それが世界の真理であるかのように、魔女は言う。


「貴方は、私が世界を滅ぼそうとした張本人だとよく分かっているはず。世界に呪いを振り撒いた大罪人だと知っているはずよ……! だから私は、報われるべきじゃない……貴方に救われるような価値は、どこにもない!」

「俺はもう英雄なんかじゃないって、お前は何度も言ったよな?」

「私は……」

「なら、お前だってもう魔女じゃないんだよ。もし仮に、魔女に幸福はいらないというお前の言葉が本当だとしよう――でも、今のお前はただの女の子だ! ちょっと面倒臭い性格をしているだけの、普通の高校生なんだよ。だから、普通に幸せを望んでいいんだ!」

「いまだ過去の呪いと力を持っている私と、何もない貴方では違う!」

「いいや同じだ」

「――呪いが何だ、魔女が何だ、過去の罪が何だ、アホめ。うるさい」

「いや、うるさい、って……」

「お前は俺が救ってやる。俺がお前を幸せにする。黙ってついてこい。これでも俺はお前を倒して、世界を救った英雄だぞ? まあ、ちょっと救い損ねてたみたいだからな。お前に背負わせちまったそれを、これからちょっくらどうにかするだけだ」


 魔女はあんぐりと口を開ける。


「とにかくお前がこれ以上不幸になるなんてダメ。許さん」

「は――はぁ!?」

「お前はもう幸せになるしかありません。俺がそうする」

「つ、都合の良い時ばっかり英雄面して……っ!」

「そうだな。いくら今の自分を認めたとはいえ、英雄としての呪縛を捨てたと思っているとはいえ、そう簡単に切り替えられるわけじゃない」


 俺は苦笑する。


「だから――俺は、お前だけの英雄になることにした」

「なっ……そ、それ、あの……馬鹿じゃないの!?」

「それが妥協案ってところだな。友達を助けることは、俺の幸せでもある。だから何も問題はない。これは自分の意思で決めた。俺自身がやりたいと思うことだ。ので、お前の意見は聞かない。オーケー?」


 だいぶ恥ずかしいことを言っているのは分かっていた。

 それでも。

 魔女の心の呪いを解くためなら、


「頼れよ、俺を。どうせ何か困ってるんだろ? 自分一人じゃどうにもならないこと、抱え込んでいるんだろ? 悪いけど、お前はもう俺の友達だ。拒否権はない」

「拒否権、ないって……」

「だから友達を頼ってもいいんだ。分かるな?」

「いや、ええ……」

「ドンと来い」


 俺は笑って胸を叩いた。

 しばらく呆然としていた魔女は、やがて体の力を抜いた。


「貴方……やっぱり馬鹿でしょ」


 くすりと微笑を浮かべる。


「私なんかのために、そこまで必死になっちゃって」


 その瞳から、ぽろぽろと涙が零れた。

 水滴が頬を伝って、次々と流れ落ちていく。


「お前は何も知らなかった俺に、いろんなことを教えてくれた」


 剣を使う術しか知らなかった俺に対して、魔女はいろいろなことを知っていた。

 悪態をつきながらいろいろ話をした。

 たくさんのことを知った。

 それだけの時を共に過ごした。

 確かに殺し合いをした敵だというのも事実だけど、それだけが事実じゃない。

 だから――彼女が俺にとって大切な存在になるのは、当然のことなのだ。


「はぁ……」


 魔女は、どこか諦めたようなため息をつく。

 ズルズルと壁を背が滑り、やがて地面に座り込んだ。


「何で、こんなことになっているんだろう……」

「俺に関わったのが運のツキだったな。もう逃がさないと言っただろ?」

「本当にね――このストーカー」

「うるさいわメンヘラ」


 魔女は俺を見上げる。

 涙目の上目遣いで、こちらを見た。


「本当に……私なんかが、友達でいいのね? 私、きっと面倒臭いわよ?」

「そんなもん最初から分かってる」

「クーリングオフは効かないから」

「クーリングオフて」

「友達なら、ずっと一緒よ。それでもいいのね?」

「ああ」


 そう言うと、魔女はふふんと笑った。


「なら、仕方ないわね。貴方のしつこさに免じて、友達になってあげるわよ。ビシバシこき使ってあげるから、覚悟しなさい」

「友達ってそういうもんじゃないよな……?」

「勝手に決めるものでもないと思うわよ」

「そんなヤツがいるのか」

「どの口が言うの?」

「ひどく面倒な性格のヤツがいるから、多少は仕方ない」

「大差ないくせに」

「お前よりマシだと何度」

「……ふん。どうせ私は面倒臭いですよ」


 魔女は拗ねたように唇を尖らせた。

 その後。

 ずい、と手を伸ばしてくる。


「ん」

「何だよ」

「腰が抜けた。立てない」

「起こせと?」

「そうよ。何で分からないの? 友達なんでしょ?」


 魔女の手を引っ張り、体を起こしてやる。

 すると、彼女はふらりと俺の胸に倒れ込んできた。


「おい」

「……肩、貸して」

「体調、悪いのか?」

「ちょっと、さっきから呪いの影響が……」

「それを先に言えよ」


 俺はため息をつき、彼女の腰を抱えてお姫様抱っこをした。


「ち――ちょっと!?」

「いいから。こっちの方が早いだろ」

「そう、だけど……」

「どうかしたか?」

「何でもない!」

「お前やっぱり元気なんじゃ?」


 何だか魔女は奇妙な表情をしていた。

 ともあれ俺は魔女を寝室に運ぼうとする。

 きょろきょろと広いリビングを見回すと、それらしき扉を見つけた。


「え……いや、その、ソファで良いわよ?」

「ベッドの方が休みやすいだろ」

「いや、その、ホントに。重いだろうし。ね?」

「まあ重いけどな」

「そ――そんな重くないでしょ!?」

「どっちだよ殴るな首が痛い!」


 言動を安定させろ。

 そんなこんなで寝室に向かい、戸を開くと、部屋には大きなベッドが一つ。

 それを囲むように、可愛らしいぬいぐるみが大量においてあった。


「……」


 俺はそれを見て、魔女の顔を見て、また部屋を見る。


「……さて」

「何か言いなさいよ」


 魔女は顔を赤くして言う。早口だった。


「あー、その、まあ、そのな? 趣味って、いろいろあると思うし。うん。人にはね、意外な面の一つや二つはね? はい」

「いっそ殺しなさいよ……」


 俺が魔女をベッドに寝かせると、彼女は毛布の中に隠れた。

 近くのぬいぐるみを引き寄せ、抱きかかえる。


「……」


 俺はその横に座った。腰のあたりに、魔女の背中が当たる。

 しばらく沈黙があった。


「ねえ英雄」

「何だ?」

「私を、助けて」


 答えるまでもなかった。

 その言葉を、前世から待ち望んでいたのだから。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます