第5話 帰宅

 五限の課題をやり過ごし、六限を寝過ごし、掃除を済ませて放課後へ。

 俺はリュックサックに筆箱と数学と物理の教科書だけを入れ、残りの教科書はロッカーに放り込む。いわゆる置き勉である。うちの学校ではやっても怒られない。

 期末テストが近いので数学、物理の二教科だけは多少はやっておかないとマズいのだ。

 そうして帰宅準備を整えた俺に対して、魔女のヤツは自席でスマホをいじっている。


「それじゃ、僕は部活行くから。じゃあね」

「俺も先、帰るぜ。ゲーセン寄りたいしな。また明日会おうぜ」


 耕哉と信二の挨拶に手を挙げて返すと、俺は魔女のもとに向かった。


「……で、どうすんの?」


 俺が声をかけると、魔女はびっくりしたように顔を上げた。

 そんなにスマホに熱中していたのか。


「何してたんだ?」


 と、尋ねつつスマホの画面を覗くと、開かれていたのはLINEだった。

 誰かとやり取りでもしていたのか――と、俺は納得しかけたが、それはよく見るとトーク画面ではなくホーム画面だ。しかも上部には「友だち 4」と書いてある。

 そこで彼女にさっと手で隠された。僅かに頬を染めながらも強気に睨んでくる。


「……何よ」

「お前……」

「な、何でそんな、可哀相なものを見る目をするのよ!?」


 俺は額を手で押さえ、いったん深呼吸をすると、


「……お前」


 同じことを言ってしまった。魔女は涙目である。

 ――いや、流石の俺もLINEの「新しい友だち」の欄に美紀と比奈が追加されているのを見てニヤニヤしているとは思わなかった。

 しかも残りの二人、「お母さん」と「お父さん」だった。


「な、何か文句あるの!?」

「文句はない。ただそこには、哀れみだけがあるのだ」

「何その喋り方!?」

「ああいや、すまん。心情がそのまま垂れ流されてしまった」

「こ、この男……!!」


 ぐぬぬ、と歯噛みする魔女。

 いやまあ、LINE友達の多さなんて別に自慢にもならないけど。

 けども……四人か。

 あれ、前の学校の友達は……やっぱり何でもないわ。

 そこで後ろから比奈が近づいてくる。

 スクールバックを肩掛けしながら、比奈は俺たちのほうを覗いてくる。すると、涙目の魔女を見て、きょとんとした表情で小首を傾げた。


「どうしたの?」

「あ、ちょっと目にゴミが入って……」

「あら、そうなんだ? それは……ドンマイ! てか、何の話してたの?」

「いや、まあ……この学校の部活の話とか?」

「あ、なるほどねー」


 俺が適当にひねり出した話題に比奈は頷く。


「つか、お前は部活の時間ヤバいんじゃないのか?」

「――あ、もう皆いないし。ヤバい! それじゃ、またね! 麻衣ちゃんも!」


 比奈は教室に残っている人がほとんどいないことに気づき、慌てて去っていく。

 消えたと思った比奈は戻ってきてドア横から顔を出し、

「あ、そうだ。陸上部おすすめだよ! よろしくね!」の一言を置いていった。

 嵐みたいなヤツだ。

 魔女が疲れたように机に突っ伏す。

 しかし、その頬は上機嫌そうに緩んでいた。

 すでにクラスメイトのほとんどは部活に行くか帰宅している。

 廊下で他クラスの生徒とたむろっている連中も何人かいるが、教室内にはもう俺たち以外には数人しかいなかった。


「実際お前、部活とかどうすんだ?」

「……運動部はちょっとね。文芸部とかあるなら入ってもいいけど」


 魔女は目を逸らしながら言う。


「相変わらず運動できないのか」

「うるさいわね!」

「文芸部は確かなかった気がするなー。人がいなくて潰れたはず」

「そう。なら入らないことにするわ」

「大丈夫か? 友達できなかったらどうする」

「余計なお世話よ。貴方だって入ってないんでしょう? その様子を見ると」

「まあ入ってないようなもんだな。でもお前の場合、ちょっと自発的に人と関わらせなきゃ不安でな」

「……私のことを気にしすぎでしょう。いいのよ、友達なんてできないほうが」


 魔女は頬杖をつき、窓のほうを見ながら告げる。


「おいおい寂しいこと言うなよ。――や、本気でいらないって思ってるんならそれでいいと思うけど、お前の場合そうじゃないだろ」

「……うるさいわね。相変わらず、分かったように私のことを語る」


 魔女は机に手をつき席を立つと、帰宅の準備を始めた。

 すでにリュックを背負い帰宅の準備を終わらせている俺は腕を組みつつ、


「――で、その呪いの対抗策? とやらはどうするんだ?」

「ああ、そうね……」


 俺が言うと、魔女は思い出したかのように頷いた。

 大丈夫かお前……。

 それが目的で転入してきたんだろう……。


「とりあえず、行くわよ」

「どこに?」

「私の家に決まっているでしょう?」

「ええ……マジで?」


 流石に初対面

ということになっている

女子の家に上がるのは気が引ける。


「何か文句ある?」

「……親御さんとかいるの?」

「いないわよ。暗示をかけて、一人暮らしを許可させたから」

「なんてヤツだ」

「仕方ないでしょう。このままだとこの世界が危ないんだし」

「……まあ一人暮らしならいいけど。学校じゃダメなの?」

「……て、手を繋ぐ必要があるのよ? それを学校でやれって言うのかしら。誰かに見つかるかもしれないのに? 時間としては十分以上かかるのよ?」

「ああ、それは普通に嫌だわ。見つかったらヤバいしな」

「普通に嫌って……説得できたはずなのに何だか釈然としない……」

「そうか。じゃあさっさと行こうぜ」


 俺は魔女に背中を向けて歩き出した。ヤツも俺の後ろをついてくる。


「……話戻るけれど、貴方はどうして部活に入っていないの?」

「ダメか?」

「そうは言っていないけれど。単に、運動神経ぐらいしか取り柄ないでしょう」

「やかましいわ」


 ぶっきらぼうな調子で言う魔女に文句を言う。

 廊下をのんびりと歩きつつ、


「やってるかと言えば、まあやってるんだけどな」

「どういうこと?」

「幽霊部員ってことだ。まあ気にするな」

「ふうん。もったいないわね。運動ぐらいしかできないくせに……」

「お前こそ勉強ぐらいしかできないだろ」

「は? 脳筋の貴方と違って、他にもできることいろいろあるんですけれど」

「たとえば?」

「…………や、あの、その、読書とか」

「なるほど、日本語を読むことができる、と。すごいな魔女は」


 勝手に自爆している魔女を横目に、俺はうんうんと頷きつつ廊下を歩く。

 そして玄関で靴を履き替えながら、気になったことを尋ねた。


「お前の家、ここから何分ぐらい?」

「……」

「おい、どうした?」


 なぜか返答が聞こえない上に若干鈍い音が響いたので振り向くと、俯きながら歩いていた魔女は柱に額をぶつけてうずくまっていた。


「……何してんだお前」

「ちょっと下を向いて歩いていただけよ。いちいち気にしないでもらえる?」

「いや、額ぶつけてたら普通に心配するだろ。大丈夫か?」

「ちょ……!?」


 魔女の黒髪を手でどかし、赤くなった額を眺める。


「まあ大丈夫そうだな。後で冷やしといてもいいかも」

「……近いのだけれど。触らないでもらえる? 変態って呼ばれたいの?」

「まあ他の女子ならともかく、お前だしな」


 流石の俺も、魔女以外の女子の額をいきなり触ったりはしない。


「……ふん」


 何だか拗ねてしまった様子の魔女に、再び家までの距離を尋ねる。


「歩いて三分」

「近いな」

「そうよ。なけなしの魔力で両親に暗示をかけたのだけれど、それなら、心配だから学校の近くに住まわせなければならないって言いだして」

「へえ……愛されてるんだな」


 俺がそう言うと、魔女は顔をしかめた。


「……愛されている? 私が?」

「心配する理由なんて、大切だからに決まってるだろ」

「……娘だから、ね」


 ヤツは何を思ったのか、綺麗な黒髪をなびかせながらこちらを振り向く。

 そこにはいつも通りの微笑があった。


「――娘だから、感情を錯覚しているだけよ。血縁が強制している呪いの一種だわ。本来なら、私という魔女が愛されるわけがない。そうであってはいけないのだから」

「お前、何を……?」

「常に必要とされてきた貴方とは、真逆の人間ということよ」

「違う……俺は単に、そういう存在として造られただけだ。必要だったのは俺に宿る力であって、俺という人格じゃない。必要とされていたのは、俺じゃない。『英雄』だ」

「たとえ、力だけが求められていたのだとしても」


 魔女は言葉を切り、妖しく微笑んだ。

 その表情には、どういう感情が宿っているのか。

 今の俺には分からなかった。


「――私には、それが羨ましかった」


 常に世界の敵として扱われ、恨みをぶつけられていた魔女は言う。


「なんてね」


 嫣然と。

 前世の面影が脳裏に過った。


「私が、貴方のことなんて気に掛けるわけないでしょう? さっさと行きましょうか」


 それ以上、話を続けたくないような空気を放っていたので、俺は話を変える。


「もともとはどこに住んでいたんだ?」

「栃木」

「敵のスパイか。殲滅する」

「え、いや何で……?」

「テメェ、よくのうのうと帝国に入ってこられたなぁ!?」

「いや、キャラが変わっているのだけれど……」

「ああ、いや、しまったな。グンマー人の本能が疼いた……」

「どんな本能よ……」


 栃木県民は敵……ヤツは北関東四天王において最弱……。

 駄目だ、思考を持っていかれる! ぐおおおおおおお埼玉ああああ!! 

 俺がグンマ―帝国民としての力の暴走を抑え込んでいると、魔女は呆れたように肩をすくめて、外に出るべく歩き出し――そして、すまし顔で戻ってきた。


「……靴を履き替えるのを忘れるヤツ、いる?」


 半ばシリアスな話をしちゃった分、余計に恥ずかしいヤツだこれ。


「……何か文句ある!?」

「強く生きろよ」

「…………違うし。今日はいろいろ話したから疲れてるだけだし……」

「はいはい」


 拗ねてしまった魔女を放置しつつ、俺は玄関から外に出ていく。

 ジリジリと、太陽光が肌を焼くような感覚があった。

 やはり外は暑い。

 グラウンドのほうから野球部やサッカー部の声が聞こえてくる。

 慌てて追ってくる魔女の足音を聞き取りつつ、俺はさっさと進んでいく。

 まだ駐輪場近辺には、帰宅部の生徒が多く残っていた。

 他クラスの友人たちが自転車に乗りながら、たむろっている。

 俺は別れの挨拶を告げつつ、自転車を転がして校門から出ていく。

 魔女もとぼとぼとした歩調で数メートルほど後ろをついてきていた。

 ――このぐらいの距離感なら何かを疑われずに済むだろう。

 だが、俺は魔女の家がどこなのか分かっていない。先に行ってもらえばよかったな。視線で問うと、右だと指示されたのでそちらに向かっていく。

 やがて学校横を通り過ぎ、十字路が近づいてきたところで、もう他人の目は気にしなくても大丈夫だろうと判断した魔女が俺に追いついてきた。

 ――それから無言で歩くこと数分。


「ここよ」

「おおう……」

「どうしたの? バカみたいな顔をしているけれど」

「やかましいわ」


 おののく俺を見て、魔女はきょとんとした表情で小首を傾げる。

 眼前に佇むのは、どう見ても学生のひとり暮らしには適さない高級マンションだった。

 いくら魔女が命を護るために仕方なく暗示をかけたとはいえ、両親は魔女をひとり暮らしさせるほどの金がよくあったなあとは思ったけれど、これは……。


「お前の両親、金持ちなのか……?」

「え? 基準が分からないけど……普通じゃないのかしら?」


 魔女は不思議そうに言いつつ、自動ドアの前で何らかのカードをかざして、マンションの内部に入っていく。ロビーがあった。ええ……マジで……?

 混乱をどうにか抑えつつエレベーターに乗って上階に。そのエレベーターは壁面がガラスで、街が一望できるようになっていた。

 無駄にオシャンティーなことをしているが残念だったな! 家と田んぼしか見えねえぞ! 流石の群馬クオリティにようやく安心感を覚える。ありがとう群馬。


「……何で頷いているの?」


 魔女が気持ち悪そうな目で俺を見ているが、スルー。

 というか、この高級マンションが群馬のイメージに適していないのが問題なのだ。なんか、もっと、こう、原始的であるべきだ。群馬だし。暴力的と言い換えてもいい。暴力的なマンションって何だよ。変形でもするのか。

 ともかく、数十階ほど登ったところで、ようやくエレベーターが停止した。


「着いたわよ」


 最上階。魔女がエレベーターを降りて、俺はそれに続く。

 そこに広がっていたのは――周囲一帯を埋め尽くす、圧倒的な本の山だった。

 

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