第4話 交友関係

 教室に入ると、クーラーがひどく心地良かった。

 今日は比較的涼しいほうだが、それでもクーラーなしでは生きていけない。

 そういえば夏に扇風機だけで勉強しろという学校もあるらしいが、それはもう教育の妨害に等しいとすら思う。率直に言って頭おかしい。


 周囲を見渡すと、クラスメイトはわいわいと話しながら笑みを浮かべている。

 クーラーのおかげで、教室外に出ている者はあまりいない。

 他クラスの生徒は結構いたりするけど。

 ともあれ俺は窓際の自席に戻ると、リュックから弁当を取り出した。

 昼休みは残り十分ぐらいしかないし、流石にもう食べ終わっている者が大半だ。学食派の連中もすでに戻ってきている時間帯だった。

 友達と話していた信二が俺を見つけて席に戻ってくる。


「まだ弁当食ってなかったのか?」

「ああ」

「もしかしてまた椎名さんと話してたのか?」

「よく分かったな」

「いや、単に二人ともいなかったじゃねえか」


 魔女の呼び出しがあったのは、俺が教室の外にある自分用ロッカーに教科書をしまっていたときだった。

 うちの生徒の習性として、ロッカーが廊下にあるので、授業が終わったらまず教科書やら体育着やらを放り込むためにいったん教室を出るのだ。

 そのときに魔女が小声で話しかけてきた。

 授業終わりのいろいろな人の雑談に溶け込んでいたので、俺たちのやり取りは大して注目されなかったはずだが、やはり転入生ともなれば、動向に気づく者は多いらしい。

 そんなことをつらつらと考えながら俺が弁当をかきこんでいると、魔女が教室に戻ってきた。少しばかり縮こまりながらドアを開けると、自席にこっそりと座る。

 ……何だアイツ。借りてきた猫みたいだな。


「あれー、椎名さんだー。どこ行ってたの?」


 戻ってきた魔女に声をかけたのは美紀だ。

 やたら間延びしたいつもの口調で、魔女の前席に腰掛ける。

 魔女は「え……あ、うん」とか言っている。

 大丈夫か本当に。

 そこは頷く場面じゃないぞ。返答をしてくれ。

 案の定、美紀はおかしそうに笑っている。


「ねー、緊張しすぎだよー。椎名さんって面白い人だねー」

「あ、ありがとう……えっと」

「美紀でいいよー」

「あ、うん……美紀、さん」

「さんはいらないってー。だからさ、あたしも麻衣って呼んでいいかな?」

「あ、うん」

「やったね。いえーい」


 いかん、見ていられない。

 これはひどい。コミュ力が無さすぎる。

 ここまで来ると一周回って美紀のコミュ力を引き出していると言っても過言ではない。

 行頭に「あ」をつけないと喋れないタイプの人種だったのか……。 

 俺が遠くで額に手を当てていると、比奈が呆れたように彼女らのもとへ近づいていき、コツンと美紀の頭に拳骨を落とした。


「あいたー! 何するんだよー!」

「転入生を困らせてるみたいだったから」

「何もしてないのにー」


 ちなみに俺や信二がいるのは窓際の中央付近だが、魔女たちがいるのは真ん中の列の一番後ろだ。たぶん俺が見ていることは気づかれてない……だろう、多分。

 さっきはなぜかバレていたけど。

 後頭部を抑えて大げさに呻く美紀に、比奈は呆れたようにため息をつく。


「あ、いえ、全然、困ってるなんてことは」

「ホント? ごめんね、美紀は見ての通りアホの子だからさ」

「えー。それはひどいなあ。撤回を要求するぞー」

「あ、あはは……」


 ……気圧されている。間違いない。魔女のヤツは冷や汗をかいている。

 どうしよう、椎名麻衣を魔女だと認識してから、ヤツの思考が手に取るように分かる。

 おおかた比奈のギャルっぽい雰囲気にビビっているのだろう。

 美紀は天然アホの子みたいな感じだし、比奈よりは関わりやすそうだったが。

 まあ比奈も見た目がやたら軽そうなだけで、実際は彼氏のひとりもできたことがないのだが。小学校から一緒なのでそのぐらいは知っている。

 告白される回数は多いくせに、誰とも付き合わないのだ。

 もしかして好きな人でもいるのだろうか? そのあたりは知らないけど。


「何を話してるの?」


 穏やかな口調で割って入ったのは新藤耕哉だ。

 明るい茶髪に爽やかな顔立ち。スラリとした体格をしていて、制服を少し着崩している。誰にでも明るく接する性格で自然とクラスの中心的な立ち位置にいる。ちなみに俺も所属しているバスケ部のエースだ。……俺は幽霊部員だけど。


「あー耕哉、ちょっと聞いてよ!」


 美紀が比奈の所業について語り始め、耕哉が楽しげに相槌を打つ。

 段々と耕哉と普段つるんでいる連中まで、魔女の近くに集まり始めていた。


 ――がやがやと笑い声が聞こえてくる。

 魔女がめちゃくちゃ困っていた。

 時折チラチラと俺に視線を向けてくる。

 なんか、ちょっと泣きそうだった。

 もしかしてお前、午前中の質問攻めされてたときの奇妙な視線も、単に俺に助けを求めていただけなのか……?

 俺はため息をつきながら立ち上がった。

 魔女の顔がパァっと花のように明るくなる。

 そこまでかお前。

 そこまで居づらいのかその空間……。


「……何だよ」

「くっくっく……いや、お前は椎名さんのお母さんかよと思って」


 立ち上がった俺の目の前で、信二が腹を抱えて笑いを堪えている。


「うるせえな」


 今はお母さんどころではない。

 俺は魔女が何かやらかさないか心配でハラハラしているだけだ。 

 あの女は致命的にコミュニケーションが苦手なのだから。


「やっぱお前、あの子と何かあるんだろ?」

「……まあ、昔の知り合いだっただけだ。大したことじゃない」

「なるほどねえ。だからちょいちょい話してたのか」


 信二はニヤニヤと笑いながら頷く。

 ここまで疑われると隠すのも面倒なので、そういうことにしておいた。

 というか昔の知り合いなのは嘘ではないし。

 ともあれ魔女たちのところに顔を出した俺は、とりあえず耕哉の頭を叩く。


「いたっ!?」

「こら、椎名さんを怯えさせてやんなよ」


 適当に言いながら輪の中に入り込む。


「えー、面倒臭がりの景がわざわざ入ってくるなんて。やっぱり何かあるのー?」


 と、美紀がニヤニヤとした笑みを俺と魔女に向けた。

 耕哉はオーバーリアクションで頭を抑えている。

 そういえば奇しくもさっきの比奈と同じ絵面になってしまった。

 ――耕哉は中学からの同級生だ。

 だから高校でも普段つるんでいるグループは違うとはいえ、仲は良い。

 こいつのおかげでいろいろと助かることも多かった。

 俺は比較的目立つほうだけど、決して仕切りたいわけではない。

 これでも軍を指揮した者。

 英雄と呼ばれた者だ。

 誰かの上に立った経験は多い。

 だからこそ、と言うべきか。

 今世ではあまり責任ある立場に立ちたいとは思わなかった。


「あ、そうだ景。五限の課題やった?」

「――は? マジ? 何かあったっけ?」


 空気を察したのか、耕哉が話題を変えてくれた。

 いや、それはマジで知らないけど。


「……え?」


 比奈も愕然とした顔をしている。

 さあーっと、比奈の顔が青くなっていった。

 意外と真面目だからなぁ……。

 美紀が興味なさげにアホ面を晒しているのはいつも通りだ。

 赤点常習犯はやはり思考回路が違う。

 魔女は俺たちを交互に見ながら、ポカンと口を開けていた。


「次の英語。先週の最後に、英単語の和訳しておけってボソっと言ってたんだよ」

「ホントに!?」

「マジだって。俺はちゃんとやってきたし」

「ちょ、今からで間に合うかな……!?」


 比奈が慌てたように自席に戻り、英語の教科書を開いた。

 どうやら諦めが肝心という言葉を知らないらしい。

 英語教師の佐藤先生は優しいからなぁ。やらなくても何とかなるんじゃないか実際。


「……なめた思考が透けて見えるんだけど。アンタもやりなさいよ」

「やらないという覚悟、それもまた道だよ」

「出たー、景の深そうで浅いありがたいお言葉」

「うるせえ。お前も俺に構ってる暇で進めろよ。切羽詰まってんだろ?」

「言われなくてもやるけど!」


 俺と比奈のやり取りに、耕哉が苦笑する。


「やっぱり、比奈は真面目だね」

「アイツはいろいろと見た目で損しすぎだよな」

「見せてあげるから君もやりなよ」


 耕哉は和訳した英語のノートを取り出すと、俺に渡してきた。


「神よ……」

「大げさだな。別にこのくらい何でもないよ」


 神はいないと言ったな。あれは嘘だ。

 俺の目の前にいるこの完璧超人こそが神です。


「あ、答えあるなら美紀もやろー」

「調子の良いヤツめ。これは俺が耕哉から借りたんだよ」

「ええー」

「美紀にも見せてあげなよ」

「了解しました、神よ」

「掌クルクルしすぎでしょ」


 美紀がぼやくと、耕哉は肩をすくめて自席に戻っていく。


「終わったら返してくれ」

「りょーかい」


 すると魔女の席から皆が離れ、一時解散的なノリになった。

 気が利くな耕哉。

 魔女は多人数に囲まれるとストレスで死にかねないからな。

 逆に俺はさんざん民衆の前で演説だの何だのやらされたから慣れているけど。


「あ……私は大丈夫、かな?」

「流石に転入生に課題やってこいなんて無茶は言わないんじゃないかな?」


 魔女の言葉に耕哉は苦笑する。

 呆れたような目を魔女に向けると、「何よ」と睨み返してきた。

 お前、俺との会話だと強気に出れるくせに……。

 ともあれ俺たちが自席に戻ったので、魔女はふんふんと上機嫌そうに本を読み始める。転入初日から読書ってお前、友達を作る気がないのか……? 

 額を抑えて嘆息しつつ、英単語の和訳を進める。

 急いでやれば数分で終わった。字は汚いけど間に合ってよかった。


「美紀のほうが終わるの早かったねー?」


 ふふん、とポニーテールを揺らしつつ得意げに笑う美紀。


「お前のほうが字、汚いからな」

「そんなことないよ。解読はできるしー」

「解読」

「景だって人のこと言えないでしょ。古代文字みたい」


 そんなやり取りをしていると俺たちが課題を終わらせたことに気づいたのか、耕哉がノートを回収しにやってきた。

 ちなみにひっそりと信二も世話になっている。抜け目ないヤツだ。

 俺たち三人が礼を言うと、耕哉はさわやかな笑みで返しつつ、


「――ひとりでいるのが好きな子っぽいね。悪いことしちゃったかな?」


 魔女のほうを一瞥し、ポツリと呟く。


「そうかもねー。今も読書してるし」


 と、美紀も相槌を打っていた。

 ――だが、しかし、そんなことはないと俺は知っている。

 アイツは確かにひとりで読書やら魔術の研究やらをするのは好きだが、それと同じぐらい人と話すことが好きだし友達も欲しがっている。

 少なくとも前世時代はそうだった。

 けれど致命的にコミュ力に欠けていて、人が多いと怖がり、少し話すと疲れるぐらいに体力がないだけなのだ。致命的すぎる……。

 ともかく、気にすることはないし、むしろ積極的に話しかけてやってほしいと耕哉に言いたいが、それを俺が言うのも不自然だ。


「景は椎名さんの昔の知り合いなんだよな? 実際のところ、どうなん?」


 すると俺の思考を見透かしたのか、信二が俺に話を振ってきた。

 驚く耕哉と美紀に、昔の知り合いだということを説明しておく。


「へえー。だから二人でこっそり話したりしてたんだ」

「ああ。最初は気づかなかったが、転入してきたのがあいつだと分かって驚いたよ」

「幼馴染とか、そういう感じ?」

「ちょっと関わったことがあるだけだから、そういうわけじゃない」


 そのあたりは突っ込まれると嘘をつくしかないので適当に誤魔化す。

 下手に嘘をついても、比奈には俺の過去が筒抜けだからな……。


「あいつは人と話すのは得意じゃないけど、嫌がるタイプでもないから、遠慮しないで話しかければいいよ。むしろ喜ぶはずだ」


 魔女がクラスに受け入れられるように何とか苦心している中、横目にヤツのほうを見ると、真剣な顔で読書に熱中していた。

 何なんだお前はいったい。

 なぜ俺がお前の交友関係の構築に頭を悩ませなければならんのだ。 

 まったくもう魔女は……。

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