第2話 前世

 ――俺こと赤羽景には前世の記憶がある。

 かつての名はグレイ=ミッドフィールド。通称、《英雄》グレイだった。

 だが、この世界でそのことを話した記憶はない。

 だから――脳裏に過った最悪の想像を否定しきれない。

 そんなことを信じたくはなかったけれど。


「その顔、当たってると言ってるようなものよ?」


 そう言ってフフンと笑う黒髪ロングの美少女、もとい椎名麻衣。


「お前はいったい……」


 俺は眉をひそめる。

 だが、この時点で半ば確信を抱いていた。

 顔は違う。体格も違う。声も違う。その他、外見的特徴のすべてが違う。

 だが、この不敵な言動には聞き覚えがあり、手にしている杖は見覚えがあった。

 心当たりは、たった一人。


「まさか……」


 前世の仇敵。

 世界を滅ぼそうとして俺と敵対していた張本人。

 呪いの《魔女》セリス。

 ――なの、だろうか、本当に? 

 いくら何でも、こんな偶然は信じられない。

 前世で俺と敵対していた魔女が、唯一俺と互角に戦える存在だった彼女が、たまたま同じ世界で同じ頃に転生し、同じ学校に転入してきて、同じクラスになり、すぐさま俺の正体に気づく? 

 ――いやいやいや、ありえないだろう、どう考えても。

 だが、魔女が手にしている木製の古びた杖が、この《現実》を認めろと囁いているような気がした。どこからどう見ても、それは俺が前世で何度も目にし、幾度も攻撃を叩きつけてきた魔女愛用の魔術補助具だった。

 ――いや、もし魔女が俺と違って、まだ前世の力を使える状態であるのなら、俺の居場所を特定したから学校に転入してきたと考えられる。それなら俺の正体に気づいているのは至極当然であり、百歩譲って分からなくもない。

 そもそも、同じ世界に同年代として転生している時点でゼロに近い確率ではあるが。


「魔女セリス――で、いいのか?」

「……当然でしょ。この杖を見ても分からないの? 察しが悪いわね」

「察しが良くてたまるか。そこまで物分かり良くねえよ。普通に考えて、前世の知り合いなんてヤツが現れるとは思えないだろうよ」

「……えっ、貴方の知り合いになった覚えはないのだけれど」

「そこまで嫌か!? 関係を表すものとしては最も繋がりが薄い表現だろうが!」

「貴方と繋がりがあるという表現がもうすでに嫌」

「じゃあ何で今更、わざわざ俺の前に現れたんだよ……」

「確認のため――というのが最も正確かしら」

「どういう意味だ?」

「貴方に教える義理はない」


 痛烈。

だが、今の受け答えで余計に確信が増した。

 信じられない――というよりも信じたくない気持ちが大半を占めているが。

 なぜなら魔女が今ここにいるということは、それは前世の俺とほぼ同時期に、魔女が死んでしまっていたということを意味しているのだから。


 それは、とても悲しいことだと思った。


 脳裏に前世の最期が過る。

 あのとき処刑台に立たされた俺を、魔女は泣きながら見ていた。

 おそらくフードを被って顔を隠していたつもりの本人は俺にバレていないつもりだっただろうし、実際そのとき魔女の周りにいた人々はまったく気づいていなかったけれど――仮にも俺は英雄と呼ばれた男だ。 気配を隠して人々に溶け込もうとしている者がいたら、逆に注目してしまうに決まっている。


 ……随分と懐かしい記憶だった。


 あのとき、魔女は俺のために泣いてくれた。

 幾度となく戦った仇敵だったが、それでも魔女は俺の死を悲しんでくれた。

 だから俺は、魔女に対する憎しみは正直なところ残っていない。

 あの涙が綺麗さっぱり消してしまった。

 それを俺が知っていると魔女が知らないのであれば、これからも黙っておこう。

 どうやら魔女は、かつてのような犬猿の仲がお望みのようだし。

 そんなことをつらつらと考えていると、俺と対面している魔女は鋭く目を細め、力を抜くように膝を曲げた。そして膝のバネを跳ね上げるように廊下を蹴る。

 瞬時に俺の懐へと肉薄。

 目にも留まらぬ速度で杖を槍のように持ち替え、その先端――刃物のように尖った部分を俺の首筋へと突きつけてきた。

 ――速い。

 周囲に人気はないので騒ぎにもならない。

 まさか十分休みの終了間際であり、皆がそれぞれの教室に戻っているこの時間帯を見計らっていたのか。

 もしくは――人払いの結界でも使っているのか?

 俺が冷や汗を垂らしていると、そこで魔女は怪訝そうに眉をひそめた。


「……どうしたの?」

「何が?」

「以前の貴方なら、この程度は簡単にかわしていたはずよ。舐めているの?」


 魔女は俺を挑発するように言う。

 俺は何となく魔女の疑問の意味を察していた。

 ――それと同時に、この事態の顛末にもだいたいの予想がついてきた。


「俺はもう前世の力をなにひとつ使えないんだよ。お前と違ってな」


 そう言って俺は肩をすくめる。

別に自慢できるようなことではないのだが。

 おそらく魔女は今の動きから見て、普通に前世の力を扱えるのだろう。

 いくら俺の体が普通の男子高校生のものとはいえ、これでも前世で幾千幾万もの怪物と戦闘を経験した身だ。ゆえに、今世の魔女のような貧弱そうな体格から放たれる攻撃に反応できないはずがない。

 たとえ――その体を操っているのが前世で唯一、俺と互角に戦った相手である魔女セリスだとしても、だ。


 なぜなら近距離戦では間違いなく俺が最強だった。

 同じように、魔女は遠距離戦では揺るぎない最強だったはずだ。

 そこだけは認める。気に食わないが、仕方ない。

 だが、その俺が近距離戦で負けたということは、魔女がいまだに前世の力を用いているという結論に至る。別に過信ではない。これはただの分析だ。

 力を失った俺とは違い、魔女は前世と同じように魔術を使えるらしい。

 俺が使えず魔女は使える理屈は分からないが、魔女が俺を見つけられた理由は、やはり占星術か何かで居場所を特定したからなのだろう。

 そういう推測を立てると、だいたい矛盾なく成り立つ。


 ――が、ひとつだけ気になることがあった。

 確かに俺は前世で魔女といがみ合ってきた。

 世界の存亡を懸けて対立し、最終的に俺が勝利した。

 その後にいろいろあったとはいえ、生まれ変わった今も魔女に殺されるだけの恨みは蓄積されているだろう。

 ――だが、俺は死に際にあの涙を見てしまっているから、魔女が本気で俺を殺しに来ているとは思えない。

 だから、わざわざ手間をかけて俺の高校に転入してくる意味が分からない。

 それは、何のために? 

 仮に俺を殺したいだけだとしても、通学路か何かで待ち伏せすればいいだけの話であり転入してくる意味はない。

 そこが疑問だった。


「……前世の力が、使えない?」

「ああ」


 魔女はひどく驚いた顔をしている。

 元々の顔立ちのおかげか、そんな表情もさまになっていた。

 前世と同じく、顔だけは無駄に可愛いのが何かムカつく。


「本当に?」

「嘘をつく理由があるか? わざわざお前に追い詰められてまで」

「そう、よね……」


 よく分からないが、魔女の気勢は急速に削がれていた。

 動揺しているのだろうか。

 魔女の窺うような視線に対して普通に困惑していると、彼女は慌てたように右往左往すると、やがて口元に手を当ててしゃがみこんだ。騒がしいな。

 どうやら殺し合い的な空気ではなくなったっぽい。

 いや、もともと魔女も本気ではないと思うが……本気じゃないよね?

 何にせよ、こんな人生の半ばで殺されてはたまったものではない。

 俺はやるべきことを果たせていないのだから。


「いやまあ、何つーか、悩んでるとこ悪いんだけどさ」

「え、あ……な、何?」


 ともあれ――目下、それより深刻な問題がある。

 俺は腕時計を眺めつつ言った。


「そろそろ教室戻らない? 時間、ヤバいけど」


 ――そう、今の俺は世界で救った英雄であるという以前に、平凡な高校生なのだ。

 魔女のヤツはどうだが知らないけど。



 ◇



 二時限目は数学だ。

 なぜか素直に従った魔女と共に、シンとした廊下を小走りで突破し、急いで教室へと入る。

 ガチャ、と音を鳴らして扉を開いた。

 すでに皆は着席していたので当然、俺たちのほうにその視線は向いた。

 だが、まだ教師は到着していないらしい。ほっと息をつく。


「どうした、景? 随分ギリギリじゃん。何してたの?」

「まあ、転入生と秘密の会話ってとこかね……」

「マジで? どんな話?」

「景、手ぇ早すぎー! めっちゃ気になるなー」


 クラスメイトの野次に対して、俺は口元に指を立てる。


「秘密の話だって言ったろ。なぁ、椎名さん?」

「え、あ、うん……」


 こくこくと、魔女は頷く。

 どうした、キャラを間違えてるぞ……。

 俺が不思議に思っている中、


「違いない」


 と言って爽やかに笑うのはクラスのリーダー的存在である新藤耕哉だ。

 彼は明らかに遅かった俺たち二人を茶化し、それを皆の笑いに変えている。

 変に追及されても「前世が云々」とは答えられないのでありがたかった。


「……おい、何だそのキャラ」

「う、うるさいわね。知らない人に、強く言えないでしょ……!」

「あー……お前そういや人見知りだったな」

「魔女が他者との関わりを得意にしていると思うの?」

「何でちょっと自慢げなんだよ。今世じゃ、もう痛いだけだぞ」

「痛……っ!? そ、そんなことないでしょう。私は孤高の存在というだけよ」

「なるほど、ぼっちか」

「い、いちいち表現を変えなくていいから……!」


 ちょっと涙目になりつつある魔女と小声で話した後、窓際の自席まで歩く。

 ニヤニヤしている信二を睨みつけながら、どっかりと座りこんだ。

 流石に、少し疲れた。

 命の危機となると体も強張る。

 しかし、現実は残酷だ。

 休みたいと思った瞬間に教室の扉は開かれ、悠然と魔王は姿を現した。

 いや、ただの数学教師なんだけど。


「――さて、教科書を開け」


 無駄に凄みを効かせた声音で数学教師・村上が言う。

 前世の俺もかくやというほどの筋骨隆々とした肉体に、他者を一切寄せ付けないと言わんばかりの鋭い雰囲気。迫力のある三白眼。厳格な表情。数学教師には必要ないスキルをいくつも手に入れていそうな外見をしている。

 村上の授業は厳しく、居眠りが許されないのが辛いところだ。

 寝たら最後、地獄の説教が待っている。

 しかもクラス全員巻き込んだ上に授業延長というダブルコンボだ。

 だから寝るわけにはいかない。

 教室中にそんな緊張感が漂うなか、村上の淡々とした講義が始まる。

 よく聞いていれば意外と分かりやすいと評判ではあるのだが、話に集中していないと無駄に良い声のせいでおそろしく眠くなる子守歌だ。

 そして俺はすでに眠りの国の入り口にまで呼び出されていた。

 英雄にはあるまじき意志の弱さ。

 ――だが、そこで。


「ねえ」


 俺の隣から、すうっと耳に溶け込んでくるような柔らかい問いが聞こえてきた。

 目を開いて横を見ると、息がかかりそうな距離に美少女の顔があった。


「……何だよ? ていうか近い」

「ふふふ」


 思わず好きになっちゃうからやめてほしい。

 多少驚きはしたが、俺は極めて平常心を維持して返答する。

 俺の耳元で囁くように呟いてきたのは、もちろん隣の席に座る人物である。

 流石に、前や後ろの席の人がわざわざ身を乗り出してまで俺に話しかけてくれば、村上も気づいて注意してくるだろう。


「だってー、このぐらい小さい声じゃないと村上にバレちゃうじゃん?」

「そもそも授業中に話しかけるなよ……」

「えー、景、そんな真面目じゃなかったでしょ。裏切るの?」


 小声で会話をしつつ、わざとらしく口を尖らせるのは、黒髪ポニーテールの美少女。

 笹山美紀。

 リーダー気質でサバサバしている比奈よりも優しく、何となく温和な感じだ。

 好奇心が旺盛で、どこか抜けている印象がある。

 後、なんかいろいろデカいので目のやり場に困ることがしばしば。


「俺は割と真面目だよ。お前とは違う」

「うっわー。ひどいなーそれ」

「お前がいつも寝てるせいで、俺まで教師に注目されるんだからな」

「あはー。それについては申し訳なさみー」


 てへへ、と頬杖をつきながら可愛らしく笑う美紀に毒気を削がれる。

 彼女のちょっとしたしぐさに合わせて、机の上に乗っている二つのたわわが僅かに揺れる。

 俺はため息をつきながら僅かに目を逸らす。

 別に隣の席でよかったとか思っているわけではない。本当だ。


「ねー、椎名さんと何かあるの? もしかして狙ってる?」


 そのうち聞かれるだろうと思っていた質問が来た。

 美紀は興味があるのか、ずい、とさらに体を寄せる。

 ていうか、流石に近過ぎる。

 当たり前のように耳に息がかかる距離だった。

 ふわりと、シャンプーの甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。

 美紀はそんなことは気にもならないのか、俺と魔女に関することに興味津々といった様子で返答を待っている。

 本当のことを話すわけにもいかないので適当に誤魔化すことにする。


「……いや、実際はたまたまトイレ行くタイミングがかぶって、ちょっと廊下で話しただけだよ。ただそれだけ」

「えー、秘密の会話とか言ってたくせに?」

「秘密なんだから聞くなよ」

「教えてよ。美紀と景の仲じゃん?」

「俺とお前の間にどういう仲があるんだよ……」

「隣の席」

「そこは友達とか言ってくれよ」

「え?」

「おいやめろ俺がガチで傷つく反応はやめろ」

「あははー、冗談だよ。うん、景は美紀の友達だから」

「上から言われると腹立つな」

「美紀にどうしろと」

「やっぱ友達って対等なものだと思うんだよな俺は。だから言い方とか、そのあたり、きちんと考えていかないとって思うんだよな。親しい仲にも礼儀ありってやつだ」

「こいつ面倒くさー……」


 俺の無駄な早口に対してジト目になる美紀。


「まあとにかく、友達なら教えてくれてもいいじゃん?」

「今月の友達料を支払うまでお預けかな……」

「さっきまで対等がどうとか言ってなかったかな?」

「ははは」

「……笑っても誤魔化されないけど」

「俺、お前楽しませる。お前、俺に金払う。対等、オーケー?」

「殴るよ?」


 ずい、と、ジト目の美紀はさらに体を俺に寄せ、机の上で腕を交差し、前かがみ気味になって俺を仰ぎ見るように睨みつける。

 だから、その胸元に再び目がいってしまった。

 ――いや何が「だから」なの? あたかも自然の摂理みたいな順接だけど。

 くそ、自分に突っ込んでいる場合ではない。

 何とか誤魔化さないと。


「てか、その椎名さんについて教えてくれよ。美紀、いろいろ話してたじゃん」

「そう?」

「椎名さんを女子で囲んで質問攻めにしてたっしょ?」

「まあ……ね。でも大人しい感じの子だったから、ちょっと可哀想になって途中でやめたんだよねー」

「大人しい、ね……」


 あの狂犬のような女が大人しい? 

……と、思わないでもないが、ヤツが人見知りなのもまた事実。


「まあ、真面目な人って感じかなー? 悪い人ではないよね」


 ――真面目な人、か。それは比奈も言っていた感想だ。

 魔女はそういった性格を演じているのだろう。前世では真面目とは正反対のような偏屈で自堕落な性格だったし、すぐにボロが出そうだが。

 いや単に、喋りが下手すぎて真面目な人扱いされただけの可能性もあるな……。

 そんな俺の思考を他所に、美紀は続ける。


「なんかねー、前の学校とか、そういうのもあんまり話したくなさそうだった感じだったねー。親の仕事の関係でこっちに来たみたいなんだけど」

「この街で、仕事ねえ……畑と山と住宅街しかなさそうに見えるけど」

「それは流石に群馬県舐めすぎじゃない……?」


 私立涼鳴高校が存在する群馬県前橋市は、典型的な田舎だ。

 群馬には、何もない。

 よく何もないと揶揄される埼玉以上に何もない。

 埼玉が東京への近さを売りにしているところを踏まえると、群馬の売りは『二時間半ぐらいで東京行けるよ!』なところなので完全敗北しているまである。

 あまりにも何もなさ過ぎて、群馬人ですらグンマ―ネタに便乗せざるを得ないのが実態である。そう、話題にされるだけマシなのだよ……。


「いやいや、群馬もそう捨てたもんじゃないよ。温泉とかあるじゃん?」


 伊香保温泉や草津温泉は、群馬の有名な観光スポットだ。


「あー……ああいうところって、近場にあるからこそ逆に行かないみたいな節あるからな。特に伊香保ならここからでも四十分ぐらいで着くし」

「あ、それ分かるー。どうせ旅行するなら遠出しちゃうよね」

「意外と埼玉とか栃木あたりから来てる人の方が多そうじゃね?」

「流石にそれはなくないー?」

「で、何の話だっけ?」

「温泉って気持ちいいよねーっていう話?」

「絶対違うだろ。話それすぎた」

「群馬県がどうのって話あたりからすごい別方向に飛んだねー」

「おかしいな……」

「景って群馬をバカにすることに命懸けてる節あるからね」

「やかましい」


 これは一種の愛なんだよ。

 むしろ俺以上に群馬を愛している者などいないと言ってもいい。

 ――あっちの世界に比べれば、風がヤバかろうが肌が乾燥しようが、山しかなかろうが意外と東京から遠かろうが、はるかに天国であることに変わりはないからな……。


「椎名さんが親の仕事の関係でこっちに来たって話だったよね」

「ああ……なるほどね」


 ――親の仕事の関係で、ピンポイントに俺のいる高校に転入?

 一瞬、疑問に思ったが、すぐに氷解する。

 俺と違ってまだ魔術を使えることを加味すれば、軽い暗示か何かで親を誘導したのだろう。そもそも魔女が真実を話しているとも限らない。


「あ、趣味は読書って言ってた。やっぱり印象としては、静かな感じの良い子って感じかな? 美紀はああいう子、好きだよー」

「なるほど……ま、お前みたいなのんびりしたヤツは、椎名さんみたいな人は好きそうだよな」


 趣味が読書というのは予想通りだ。

 ヤツは前世においても、俺が連れ出さなければ家に引きこもり、魔導書だの何だのをずっと読み続けているようなタイプだった。

 放っておくと死にそうだったので、仕方なく俺が飯を作ってやっていた。

 それが日常茶飯事だ。

 かつてはいがみ合っていたとはいえ、殺し合っていたとはいえ、ヤツが世界を滅ぼしかけた張本人とはいえ――その後の世界は、俺と魔女が協力しなければ救うことができなかったのだから、そういうことになるのは仕方がない。

 ――魔女の呪いは、魔女にしか祓えない。

 だから魔女は俺に敗北した後、自分でかけた呪いを自分で祓うため、ヤツは各地を回った。まあ正確には俺が彼女を引きずり回したのだが。

 ふと魔女のほうを見やると、俺なんかには意識も向けず真剣にノートを取っていた。

 あいつ何がしたいんだろう……。

 マジで何しに来たんだ……。


「あー、また見てる。気になってるの?」

「ちょっとな」


 ――いろいろな意味で、とは言わず普通に返答する。

 ここまで来ると、気になってることにしておいたほうがやりやすい。


「意外。景って、ああいう子がタイプなんだー?」

「どういう子がタイプだと思ってたんだ?」

「んー……まあ、明るくて気さくな性格の子? 比奈とか」

「はあ? あいつはただの幼馴染だよ。ないない」

「うわ、比奈かわいそー」

「あいつだって俺を恋愛対象としては見ないだろ」

「そうかなー?」


 美紀はふふ、と楽しそうに微笑んだ。

 頬杖をつき流し目で俺を見る彼女は、どこか妖しい雰囲気を醸し出している。


「ねー、それで話戻るけど、椎名さんと二人で話してたことって――」

「――おい、そこ。何を話している?」


 と、そこで村上に気づかれた。

 俺たちは「すみません」と素直に謝罪する。

 しまったな……喋りすぎた……。

 いくら小声とはいえ、ここまで長時間話していれば流石にバレる。

 しばらく処刑台に立たされているような気分で村上の宣告を待っていると、今日は機嫌が良いのか、説教もないままヤツは再び黒板のほうを向いた。


「……まあ、良い。授業はちゃんと聞くことだ」


 ――セーフ!

 ギリギリで救われた。

 俺は美紀の腹を肘で小突く。足を踏まれた。理不尽。

 たまたま村上の機嫌がいい日で助かった。

 いや、もしかして魔女のヤツが転入してきたからか? 

 確かにあの魔王でも、いきなり説教する気にはなれないかもしれない。

 妙な視線を感じて魔女のほうを見ると、なぜだか奴は勝ち誇ったような目で俺を見ていた。ふふん、と高慢な笑みを浮かべている。

 あいつマジで何がしたいんだ……。


 そんなこんなありつつ授業は淡々と進み、やがて昼休みに差し掛かった。


「ちょっと、いい?」


 やはり魔女が俺に話しかけてきた。

 さて、第二ラウンドである。


 





 


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