第133話 外伝38.1946年頃 ドイツエースパイロットの祭典
磯銀新聞社は日露戦争が始まった1905年頃から軽いノリで読みやすさを重視したコラムの連載を始める。当時二十五歳の叶健太郎をコラムの連載記者に抜擢し、連載がスタートする。
当時としては余りに実験的だったこのコンテンツは、連載開始から一か月もすると磯銀新聞の中で最も人気あるコンテンツにまで成長する。磯銀新聞としては、このコラムがここまで人気が出るとは予想しておらず、発行部数も伸び嬉しい悲鳴をあげたものだった。
磯銀新聞のコラムは軽妙な内容ながら、世界情勢、政治、経済だけでなく、流行の商品や最新の研究など幅広い題材を取り上げ四十年が過ぎた今も磯銀新聞の中で一番の人気を誇っている。
磯銀新聞はコラム開設四十周年記念として大きなイベントを行うべく、様々な案を模索していたが最終的に叶健太郎へ意見を求め彼の意見が採用された。
彼の企画した案は新聞社としていいのか大いに議論が必要なところだが、叶健太郎企画ならと世間は納得する。
その企画とは――
――欧州大戦で活躍したエースパイロットを日本に招き、居酒屋で座談会をしよう
という企画だった。磯銀新聞側は叶健太郎に意見を求めた時、開いた口が塞がらなかったそうだが、結局この企画に資金を投入し欧州からエースパイロットへ来日を打診する。
なかなか日程が決まらなかったが、叶健太郎の友人で日本の大手航空会社でテストパイロットをしていたこともあるヘルマンに叶健太郎が口利きをすることで一気に話が進む。
座談会のインタビューアーはもちろん叶健太郎である。
叶健太郎は座談会を翌週に控えているが、いつもどおりひょうひょうとした態度を崩さず、自宅で友人の文豪である池田壱と酒を飲んでいた。
「叶さん、しかし良くこんな企画が通りましたね」
池田壱は縁側に座り、つまみのイカゲソを口に含む。
「いやあ、俺の案が採用されるなんて思ってなくてな。ちょうどヘルマンと電話した後だったからさ……つい」
叶健太郎は頭をぼりぼりかき、バツの悪い表情になる。
「あれ、叶さん、ドイツ語できましたっけ? いつのまに……」
「俺がドイツ語を話せるわけないだろう。いつもの通訳に手伝ってもらったんだよ」
「また、無茶振りっすか……」
憎まれ口を叩きつつも池田壱は笑顔のままだった。彼も叶健太郎に振り回される一人であるが、不思議と叶健太郎に無茶振りされても嫌な気分にならないのだ。
きっとその通訳も自分と似たような感情なんだろうなと池田壱は思う。
「どっちかってと、ヘルマンの無茶ぶりのほうが酷いって」
叶健太郎は自分を棚に上げて、あるリストを池田壱に渡す。
池田壱はリストに書かれた名前を見て冷や汗をかく……
「ヘルマンさん繋がりでしたら欧州大戦のレッドバロン、エルンストの両名はまあいいとして……第二次欧州大戦のメンバーも……ヴェルナー、エーリヒ、ゲルハルト……なんですかこのメンバー」
「だから、ヘルマンが無茶ぶりしたって言ってるじゃないか」
「あれ、叶さん。スツーカの人も来るんですね。彼はちょっと毛色が違う気が」
「あ、ああ。牛乳を用意するって言ったら来るといったそうだぞ。ついでに相棒の医師も来るって」
「えええ……エースってそんな人ばっかりなんでしょうか……」
「そんなこと無いと思うけどなあ」
叶健太郎はチビチビと酒を口に運び、呑気にイカゲソをむしゃむしゃと下品にも音をたてながら食べている。
池田壱はそんな叶健太郎の様子を見て、この人以外にこのメンバーを
「あ、池田くん、俺一人だとあれだから二人ゲストを呼ぶ」
「え?」
さすがの叶健太郎もこのメンバー相手はつらいのかと池田壱は意外に思う。
「いや、な。俺の口は一つだし、レッドバロンに憧れる優秀な若者がいるんだよ」
「え。まさか栃木県出身のあの天才ですか?」
「うん。よくわかったな。彼ももう三十三歳だっけ? 時が過ぎるのは早いよなあ」
「何呑気に言ってるんですか……彼は日本でもトップ中のトップの技術を持ってると言われてますけど……」
「まあ、彼は喜んでいたからいいだろ。こんだけ人数が集まるんだ。同じ趣味を持つ者同士、飛行機談議で盛り上がれるだろ」
「か、叶さん……趣味じゃないですって!」
「で、もう一人って誰なんですか?」
「ん?」
叶健太郎は捲し立てるように聞いてくる池田壱をじっと見つめる。
見つめながらも、酒を一口。まだ見つめている。
「ま、まさか……」
池田壱は後ずさるが、彼の読みは見事的中していた。叶健太郎は酒を飲む手を休めず、池田壱を指さす。
「ご名答。いい経験になるだろ。適当に話をしておいてくれ」
何でもないという風に叶健太郎は言うが、池田壱は冷や汗をダラダラ垂らし、一気に酔いがさめる。
「え、ええええ!」
「あ。無理なら無理で断っても大丈夫だぞ。せっかくだし行こうぜ?」
「わ、分かりましたよ。行けばいいんでしょおお」
池田壱は立ち上がり、夜だと言うのに大人らしくない絶叫をあげる。
「あ、そうだ。池田くん、英語できたっけ?」
「あ、ええ。一応……」
池田壱はとても嫌な予感がしたが、叶健太郎は満足そうに頷いている。
「じゃあ、池田くんにイギリスのパイロットの相手を任せるか。通訳は一応来るけど、英語とドイツ語でそれぞれ一人だしさ、俺につくからな」
「うあああ」
池田壱は頭を抱えるが、せっかくエースパイロットと直接会話できる機会……彼としても嬉しいことなのだが心の準備が必要な案件だけに、彼は未だ気が動転している。
その後、座談会は無事開催され座談会終了後、白い煙を吐いていたという……
一方、叶健太郎はというと、特に何でもないようにヘルマンと腕を組み年甲斐もなく騒いでいたらしい。
座談会の模様は磯銀新聞で詳細に記事が書かれ、国民にそれなりに注目され大成功に終わる。
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