第129話 外伝34.1945年とあるファシスト党幹部
――1945年 イタリア ある密室
イタリアの某所のとある密室で、老年の元ファシスト党幹部がある神父に告解を行っている。老年の元幹部は若い時から国内ではなく、海外の情報を集めることで活躍しドゥーチェから厚い信頼を受けていた。
病のため自身の寿命も残り僅かと医師に告げられたこの幹部は、自身の半生を聞いて欲しいと機密の整った密室に神父を呼び告解を行うことにしたのだった。
「神父様、お付き合いいただきありがとうございます」
老年の幹部は椅子から立ち上がり、神父へ敬礼を行う。
「いえ、あなたに神のお導きがあらんことを」
神父は柔和な顔で老年の幹部に祈りを捧げる。彼に幸あれと。
「神父様、私は若い頃、ドゥーチェに魅せられファシスト党に入党いたしました。私の担当した仕事は列強諸国……特に日本の調査でした」
老年の男は昔を思い出すように、神父へ語り始める。
彼は若い頃、まだ政権を取っていなかったドゥーチェに惚れ込み、彼の為に仕事がしたいと感じ入りファシスト党に入党する。彼に与えられた仕事は日本の動向調査だった。
当時、日露戦争に勝利した日本は列強諸国の中でも下位に位置していた。彼は仕事を与えられたとはいえ、新人たる彼に与えられた仕事はお世辞にもいいものとは言えなかったのだ。
しかし、日本の「合理的」ではない日露戦争後の政策の為、ドゥーチェは日本を注目するようになった。
「なるほど。あなたは新人故にそれほど期待されていなかったんですね。しかし、ドゥーチェが日本に興味を持った。合理的ではないからですか……」
神父は老年の幹部の話を少しまとめると、彼に疑問点を投げかける。「合理的」ではないから、興味を持つとは不思議な話だと神父は思ったからだ。
「そうなんです。ドゥーチェは現実を見据え、合理的で手堅い政策を好みます。私も不思議でした。日露戦争後の日本の動きは非常に不可解でした」
老年の幹部は眉をひそめる。ロシア帝国と満州、朝鮮の覇権をかけて争った日露戦争。日本はその講和条約で得た利権を放棄するというのだ……彼はまず最初に自身の入手した情報が間違いではないのかと疑い、入念に情報を精査した。
しかし、彼の情報は正しいと自身で確信し、ドゥーチェに情報を伝える。事実彼の情報は正しかったわけだが……
「なるほど……私の記憶する限り、日露戦争後の日本は順調に荒波を乗り切っていたと思いますが……」
神父の何気ない言葉に老年の幹部は蒼白になる。そうなのだ! そうなんだ。日露戦争後、大陸利権を放棄した日本……アメリカとイギリスなど列強を中国大陸に引き入れ、自身は中国大陸から手を引く。
この時は日本が狂ったのか思っていた……しかし、欧州大戦が勃発し、ヴェルサイユ体制に世界は進んでいくと……日本の意図がようやく見えて来るのだ……
この時の日本は日露戦争当時から比べると格段に経済力をつけていた。外部に進出する資本を全て国内に集中させ、軍事も海洋防衛へと縮小し、ここで浮いた資本は研究開発費と経済に全てを振り向けたのだ。
その結果、日本は驚異的な経済発展を遂げた。これが、ヴェルサイユ体制でドイツとオーストリア連邦の戦後体制を決定づける。
「私は恐ろしかった。ただただ恐怖したんです。あの時日本の政策を愚策だと諜報員の全てが嘲笑いました。日本の政策に関する機密など資金を使って調査する価値など無いとまで言われていました」
「欧州大戦前まではそのような認識だったのですね」
「はい。前後しますがロシア公国の成立は日本の絵図です。欧州大戦、ロシア革命……この二つの事件によって、私を含めた諜報員は震えあがりました」
老年の幹部は当時を思い出し、背筋が寒くなり体が震えて来る。
日本が怖い、彼らの深謀遠慮が恐ろしい。しかし、彼とて自身の仕事への
「その次に得た大きな事件はヴェルサイユ体制後の日本の経済政策でした」
「確か、日本は世界恐慌の影響を受けなかったんですよね」
「受けなかったどころではありません。彼ら円経済圏は逆に経済成長しています。これも不可解だったのです……」
老年の幹部は頭を抱える。日本は恐慌が発生する遥か前から金本位制度に見切りをつけ、円ペックなるものを採用しだした。
このような情報を持って帰って来ても無意味なのだ。何の参考にもならない。当時の日本の景気は好調で、冒険をする必要は微塵たりともなかった。それなのに、一度も試されたことのないイギリスの経済学者の理論を丸ごと採用するとは……
これも、世界恐慌が発生すると悪手ではないことが分かる。
情報を得ても参考にならないが、数年後に最善手だと分かる……我々は人間なのだ。神の所業を推し量ることなぞできない。老年の幹部は何度もそう嘆いたものだ。
「私にはあなたの苦悩を推し量ることしかできませんが、同じように悩まれていた方は世界中にいたのでしょうね」
神父が穏やかな声で老年の幹部をいたわるように笑みを浮かべる。
「そうですね。ただ、ドゥーチェだけは違いました。やはりドゥーチェは偉大だったのです!」
ドゥーチェの話になり、急に表表が明るくなる老年の幹部。
「ドゥーチェはやはり偉大なのですね?」
「ええ。そうです。ドゥーチェは超現実主義者です。だからこそ、彼は果断な判断が出来たのだと思います」
日本の奇妙な政策……不可解で悪手としか思えないが、数年後、十数年後になると最善手だと分かる神のごとき未来を見通す政策。ドゥーチェはそれに乗っかることを決めたのだった。
普通は日本の政策に乗っかろうと思えないだろう。当時としてはどう見ても良い政策とは言えないのだから。ドゥーチェはエチオピア問題に日本を巻き込み、彼らの意見を受け入れる。
結果、エチオピアからあがる収益が倍以上に膨れ上がったのだ。植民地を支配するのではなく、利権を確保し経済成長させる方針……こんなもの通常受け入れるはずはない。それをドゥーチェは迷いなく受け入れたのだ。
その後もドゥーチェは日本の主義主張、方針を検討し採用できる部分は採用して来た。結果、イタリアは恐慌からも脱出できたし、リビアなどをはじめとした元植民地からも多大な収益をあげることができている。
「神の手」に人の身で悩み、苦しみながらも受け入れ、実行する。そんなドゥーチェを「偉大」だと思わぬ者はイタリアにいないだろう。ドゥーチェは常に高い支持率を誇っていたし、一党独裁体制に不満を持つ市民もほとんど存在しなかった。
イギリスやアメリカは一党独裁を毛嫌いしているが、ことイタリアに関しては一党独裁だからこそ、ここまで発展することができたのだと言い切れると老年の幹部は思う。
「あなたの告解を聞けて私は幸せです。ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ聞いていただき心がスッキリといたしました。やはりドゥーチェは偉大だった。それを再認識いたしました」
「偉大なるドゥーチェとあなたに祝福を。アーメン」
「アーメン」
神父と老年の幹部は静かに立ち上がり、部屋を後にした。
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