第95話 弘仁格式

弘仁2年秋、嵯峨帝は中納言藤原葛野麻呂、参議藤原冬嗣、同じく参議秋篠安人、蔵人頭藤原三守らを御前に召し出された。


冬嗣の目から見た嵯峨帝は緊張している、というより高揚した面持ちをなさっておられるように見える。


「政務で多忙な中呼び出して済まない。では」

と嵯峨帝は御椅子の横に控えていた右大臣、藤原内麻呂にうなずいて見せ、前に進み出た内麻呂が勅書を広げて告げた内容は、


「文武朝に制定された新令新律(大宝律令)を始めとする全ての律令を見直し、格式として編纂し直す」


という大宝元年(701年)、この国で初めて大宝律令が制定されて以来110年ぶりの法改正の勅であった。


後の世に


弘仁格式こうにんきゃくしき


と呼ばれるこの一大事業は嵯峨帝の父である桓武帝が構想を練り、腹心の内麻呂と共に編纂に当たろうとしていたが…


政変、天災と二度の遷都、さらには蝦夷への出兵と激務続きで存命中にその実現叶わず、


構想を遺された内麻呂も年を取り、せめて生きている内にと息子の冬嗣に編纂事業を受け渡した形となった。


「これより造格式所を新たに設ける」


という嵯峨帝の勅により編纂事業のための部署である造格式所に後に

夫人嘉智子の従兄の橘常主たちばなのつねぬし、律令を講義する学者である明経家の輿原敏久おきはらのとしひさと人材が集まり事業は本格化する。


現代でいう法律は


この時代、刑法である律。

行政法、その他訴訟法や民事法である令。

を基本とし、


そして律令の修正・補足のための法令(副法)と詔勅を指すきゃく

律令の施行細則を指した式。

で成り立っていた。


律令には直接触れずに必要な事態あればその都度格式として詔を出す。


つまり律令は基本法、格式は現行法のような働きをしていた。と言ったところであろうか。



17で中務卿となり政治に携わってからこの国の政治と人の生き方の規である筈の律令が今の時代とは合わなくなってしまっている。


律令を変えるには、まず天皇に即位して格式を作らなければ駄目だ。


と予てより温めていた改革に、天皇に即位して2年経ってやっと…着手することが出来たのだ。


見ていてください父上、この神野在位中に必ずや格式を完成させてみせまするぞ。


と顔を紅潮させて帝が退出なされた室内に残って勅書を箱に納める内麻呂に冬嗣は


「お痩せになりましたようで」


と二年ぶりに自分から声を掛けた。子供の頃から紙のように白かった父の顔色に青みが差しているのを認めて、


ああ、もうこのお方は長くはないのだな。と悟った。


うむ、と内麻呂は息子にうなずき返して


「…政務に必要なのはやはり心身を健やかに保つことだ。

もし格式がお前の代で完成出来なかったらお前の子、長良と良房にこれを継がせよ。これは、北家の悲願だ」


と北家の長としての遺言を冬嗣に託した。


と箱を丁重に持ちて退出する時、内麻呂の後ろ姿が咳で僅かに揺れた。



東宮の庭園の木々が紅く染まる季節だった。


少し肌寒くなってきたので直衣のうしの上に重ね着をし、横で逸勢に琴を演奏させているのは嵯峨帝の同い年の異母弟、皇太弟大伴親王。


琴の調べにうつつを忘れ、焦点の定まらない目でぼんやりと庭を眺めている所に…


「なんだか哀しい調べだから寄ってみたよ」


突然の兄帝のご来訪に大伴はつい「久しぶりですね兄上」とくだけた口調で呼んでしまいすぐに「いえ、帝」と言い直して畏まろうとする。

嵯峨帝は弟と妻の従兄に「そのままでよい」と笑ってお許しになり、親王だった頃を思い出して並んで床座ゆかざなされた。


そしてしばらく無言のまま逸勢の演奏をお聴きになり、曲が途切れて初めて、


「真雅が空海に連れられて行ってしまったよ」


と内道場の稚児の中で殊に可愛がっていた真雅との別れという自らの寂しさの理由をお話しになられた。


「帝…」

「解っている。

兄が弟を迎えに来るのは当然だし、空海も真雅もいるべき場所に戻っただけのことだ。なのに臓腑がひとつもぎ取られたようなこの気持ちは一体何だろう?」


「実は我々も同じような気持ちでいたのです」


大伴の後ろに控えていた藤原吉野がどうぞ、お体が冷えませんようにと重ねた衣を嵯峨帝の背後からかけてくれたので「ありがとう吉野」と言うと吉野は礼には及びませんとでも言うように目を伏せた。


「覚えておいでですか?帝が皇嗣に選ばれた時の宴を」

「ああ、あの三日三晩続いた宴のことだな。お披露目だったから立場上臣たちへ応対していたが、ほとほと疲れたぞ…

そういえば大伴、途中からお前の姿が見えなくなっていたが」


「実は途中で抜け出してしまいまして」

大伴は苦笑したが、

そこまで覚えておいでだったのか、もう10年も前のことなのに。と兄の記憶力と目端の効くところに内心驚嘆していた。


「抜け出して何処へ行っていたのだ?面白い遊び仲間のところか、それとも女人か」


「伊予の兄上の邸へ」


大伴が言った瞬間、庭園の紅いもみじがはらり、と地面の上に舞い降りた。


「堅苦しい大人どもから逃げ出して言いたい放題の宴でもせぬか?

と広世が袖の中に結び文を入れましてね。酔った臣たちの中に居ても面白くないから抜け出したのです。


思い出すなあ、望月(満月)に照らされた庭園の小川には蛍が舞っていて、逸勢の琴がいつもより冴えて聴こえて、広世が胃の腑がもたれた私を介抱してくれて…」


夢も覇気もあった四人の貴公子たちの秘密の宴。


そのうちの二人、伊予親王と和気広世はもういない。


「さみしいものだな」


と口に出してそうつぶやかれた時、この気持ちの正体が

喪失感。だということに嵯峨帝はお気づきになり、しばし弟と並んで庭園の紅葉をご覧になられ、沈思なされた。


本当に辛い時や寂しい時、嵯峨帝はまず大伴親王の元へ脚をお運びになる。


その習慣は12年後に退位なさり、大内裏の東にある冷然院にお移りになられるまで続いた。



「それがあいにく、我が主は不在なものでして…」


頭から帽子もうすを被り、いかにもお忍びといった体の私度僧を和多利は値踏みした上でつとめて丁重な態度と口調で追い返そうとした。が、私度僧は


「決して色を贖いに来たのではない」


と形の良い唇をへの字に結び、きっぱりとした口調でそう言うと懐から結び文を出して和多利に押しつけて出て行った。


結び文には個人的な秘密の内容が書かれていて宛先の人物しか解いてはならない。


とする不文律がこの時代にはあったが、長岡京から平安京へと人々の営みの底辺を這って生きて来た老人、和多利にはそんなことお構いなし。


悪いねえ、大事な姫様を守るために改めさせてもらうぜ。


と結びを解き、折りたたまれた紙を丁寧に開くと短い文章で、


お前ももうこのような暮らしをしなくていいんだよ。

十五日後にまた来る。

比。


と書かれた意味深な内容である。


主の真名井が遊女になる前から仕えている老婆にこの文を見せると彼女はひいっ、と悲鳴を上げ、


「その私度僧はどんなお顔つきをなさっておられたか!?」


と震えながら聞くので

「坊さんにしておくには勿体ないくらい綺麗な顔だちだったぜ。そう言えば右目の下に小さな黒子ほくろが」

と答えた途端老婆は腰を抜かした。


「間違いない、このご筆跡と比という字は、姫様の兄君の比羅夫ひらふさまのもの…私度僧に身をやつして化けて出て来られたのです!

お許し下さりませ若君!元は皇族である氷上家の血を引く姫君に客を取らせて食べて来た咎はこのおうなめが受けまするので」


そう言って老婆潮目ろうばしおめは懐から数珠を取り出し、最近流行っているという唐帰りの僧空海が都で布教し始めている密教とやらの呪文を唱え始めるではないか。


あれは確かに怨霊じゃなくて人間だったぜ。


と言って潮目を落ち着かせたかったが我が主の出自を知ってしまい、

姫様は皇族の末裔であらせられたか!という驚きでしばらく体が動かなかった。


おん あみりてぃ ていせい から うん、おん あみりてぃ ていせい から うん…と繰り返し真言を唱える潮目のしわがれた声が、紅い夕陽が差し込む九条の家の中でやけに大きく響いた。


阿弥陀如来さま

どうか

どうか比羅夫さまの魂をお救い下さいませ。



その頃、とある貴人の別荘に呼ばれて宴で楽を奏でていた真名井の琵琶の糸がばつん!と音を立てて切れた。


「こ、これは失礼いたしました…」


真名井は謝したが宴の主は気を悪くするでもなくすぐに代わりの琵琶を持って来させて中断した所から楽を続けさせる。


やがて演奏が終わると


真名井、真名井!都一番のきれいどころよ!


と宴に呼ばれた貴人の男たちが惜しみなく喝采を浴びせ、真名井に手を差し伸べようとするも真名井はそれをするりと躱しながら客の間を通り抜け、宴の主である藤原葛野麻呂の横に座って彼に酌をした。


「皆悪いな。今宵の真名井の恋人は私だ」と杯を空にした葛野麻呂は真名井を抱きすくめ、真名井も彼の肩にしなだれかかる。


ちえっ、唐帰りで今をときめく中納言さまにはかなわないなあ。


とぼやく客には真名井が選りすぐった美しい芸妓があてがわれ、ああ…この宴に招かれて良かった。と相好を崩す男たちの中で一人、浮かない顔をしているのは良岑安世。


そりゃあ長年の恋人である真名井どのが中納言に寄り添っているのを見せつけられては面白くなかろう。


と中納言どのに嫉妬の目を向ける安世の気持ちを慮るのは彼の異父兄、藤原冬嗣であった。


思えばあれは12年前、病床に臥した実母、百済永継くだらのながつぐが「真夏と冬嗣なのね?すっかりご立派になられて…」と枕頭で涙を流すと、


「お願い、帝との間に生まれた皇子を更生させて。あなたたちの弟よ」

というやつれてもなお美しい顔を憮然とさせて息子たちに懇願なさった。


それがきっかけで九条の家で真名井と睦み合っている安世皇子の寝間に踏み込み、やっぱり母上に似ておいでだ。と一瞥した瞬間はらわたが煮えくり返り、開口一番、


「病気の母上を放っておいて女とうつつを抜かすなんてこのくそ皇子っ!俺は怠け者と放蕩者と親不孝者が大嫌いだーっ!!!」


と兄の真夏の制止を振り切り怒り狂って異父弟を蹴り倒した。勢いで安世のからだが戸を突き破り内庭にまで転がった。それが、冬嗣と安世の初対面だった。


「手でなく脚で更生させるなんて冬嗣、あなたなかなかやるわね」


その様子を聞かされた母上はほほ…とお笑いになり放蕩息子の帰宅に安心して気が抜けたのか、

数日後、自分が産んだ3人の息子たちに囲まれて息を引き取った。


屋内でも息が白くなる冬の頃だった。


今は妻を娶って大人しくなさっているが、安世さまは才気活発が過ぎて激情に駆られやすいご気性。

兄である俺が手綱を握っておかなければ。


それこそが母永継の最期の遺言である。

と信じて疑わない冬嗣であった。


「男というのは大事な務めを任されると生気がみなぎって来るものよな。このじじいまだまだ長生きできそうだ」


と葛野麻呂が言うと客たちは芸妓たちを抱き寄せ哄笑した。


こいつまだ生きるつもりなのかよ…と安世は小さく舌打ちし、葛野麻呂の胸の中で真名井は、


ちゃんと手入れしている琵琶の糸が切れるなんて不吉だわ…と胸騒ぎを覚えていた。



日がとっぷり暮れた頃、投宿させてもらっている寺の塚に手を合わせていた最澄は読経を終えてからやっと、愛弟子が戻っていた事に気付いた。


「遅かったじゃないか、泰範」


「ご心配おかけしました。いえね、九条まで足を伸ばしてみまして。見た目は整備されているようですが貧しい者たちが押し込まれているといった印象でしたよ」


「私たちはそのような者の全てを救わねばならぬ」


と言って最澄は家族もなく名も知られぬまま逝った民たちが埋められた塚に労しい眼差しを向けた。


全てを救う、ですって?


あなた様は天台一乗という高邁な理想を掲げながら新しい宗派を作るところまでは見事におやりでしたよ。


しかし、今のあなたは何ですか?


支援者の桓武帝に逝かれ、檀乙である和気氏にも去られ、内供奉十禅師ないぐぶじゅうぜんしの任も解かれて比叡山に閉じ籠ったままの、

人嫌いが治っていない頑固者じゃないですか。


せめて戒壇ぐらい作っていただかないと俺たち弟子はいつまでも私度僧のままなんだよなあ…


今上帝の寵も空海阿闍梨に奪われ、何もかも失った体の孤独で哀れで、


不甲斐ない最澄さま。


「そうですね最澄さま」


はきはきとした声で答えた泰範は右目の下の黒子を歪ませて笑った。






































































































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