第66話 アクセル攻防─リタのかたまり─
「ほんっと、キリがないわね。」
「だろ?」
襲って来るグラトニーファングをなんとか防いではいるものの、ホームの真上を渦巻く群れの数はいっこうに減っていない。むしろ、どんどん増えていっているような気がする。
「やっぱりめぐみんの爆裂魔法くらいの火力が必要みたいね……」
かといって、ターニャは爆裂魔法を使えない。
ミツルギも、広域をカバーするような大技は持っていない。
「どうしたもんだろうね……」
ミツルギが空を仰いで、独りごちたその時。
「ぐぁっ!!」
突如、ミツルギが背後からの衝撃にふき飛ばされた。
「キョウヤさんっ!!」
慌ててターニャが駆け寄る。
「ぐあぁぁぁ」
地面に倒れ、左肩を押さえてのたうち回るミツルギ。
見れば、左肩がいびつな形に曲がっている。
すぐにターニャがヒールをかけるが、ヒールくらいでは大した効果は期待できない。
「あらら。もう終わりなの?勇者さま。」
背後からの声に、ターニャが振り向くと
「お…姉ちゃん…。」
美しいエメラルドのロングを風になびかせ、シニカルな微笑みをたたえ、腕を組んでこちらを見ている美人。
そのすぐ後ろには、トゲのついた巨大なこん棒を手で弄び、下衆びた笑顔の赤鬼が控えていた。
「ターニャ。あなたのその姿を見るのは久しぶりよ? 本当に綺麗な子。…父様が殺された時以来かしらね。そこのクソ勇者さまに。」
そう吐き捨てるように言ってから、赤鬼に目配せすると、赤鬼はにやにやと嬉しそうにこん棒を振り回しながら、ミツルギに向けて振りかぶった。
「やめて‼ リタお姉ちゃん!」
ターニャがミツルギに覆い被さるように
リタは口元を微かにゆがめて、赤鬼を制した。
「どういうこと? ターニャ? まさかあなた、父様の仇をかばってるの? 自分が何をしてるのか、ちゃんと分かってる?」
ターニャはうつ向いたまま、倒れたミツルギに半ばすがるように、声をふり絞って言った。
「……分かってるわお姉ちゃん…。確かにこのひとは、お父様の仇のひとりよ? だけど、お父様言ってたじゃない! 魔王とは、いつかは勇者に滅ぼされるものだって……誰も悪くないんだって……世界の理が狂ってるんだって! 忘れたのはお姉ちゃんのほうじゃないの?!」
「忘れるわけがないじゃない!! ………だからって、あなたは赦せるの? …あんなに誰にも分け隔てなく優しかった父様が…なんで…こんな何の理も知らないような、パッと出てきたバカ勇者に殺されなきゃいけないの?! 教えてよ! それでいいの?! あなたは、それで赦せたの?!」
「赦せないよ!………赦せないよ…。」
「じゃぁどうして…どうして庇うの……?」
ターニャは首を何度も振りながら、リタを見つめる。
リタもそのエメラルドの瞳に、怒りの炎は消えていた。
ターニャは、今にも泣き出しそうな顔でリタに向かった。
「もぅ終わりにしよ…お姉ちゃん? 痛みや怒りなんか……もう私たちだけでたくさん……。本当に、もう、充分よ…。」
リタは唇を噛んで、うつ向いた。
ひどく葛藤しているかのように、何度も首を振っている。
無理もない。
親を殺され、その理由が、この世界の理だからなんて、理解出来るわけがない。
しかし、恨むのも違うとターニャは思うのだ。
お父様が言っていた通り。
誰も悪くないんだ。
ただ、責任を問うのであれば、それはこの世界の理を決めた神々にだ。
リタは本当は分かってるはず。
分かってるけど、どうしたらいいのかは分かんないだけなんだ。
「リタお姉ちゃん?……もう、止めよ? 方向はそっちじゃないよ…。本当は分かっているんでしょ? だって、お姉ちゃんは、お父様の娘なんだもん。 あんなにやさしくて強かった、お父様の大切な、光だったんだもの。」
リタが顔をあげる。
「………光…? 私が…?」
ターニャは微笑んでうなずく。
「そう。光。 …昔、お父様が言ってたの。お姉ちゃんの名前の由来。聞いたことない?」
「……ない…。」
「…お父様はね。いつかは必ず勇者に滅ぼされることを分かっていて、それでも、この世界に希望を捨ててなかったの。 …お父様が亡くなった後も自分の代わりに、この世界を憂い、想い、どんな暗闇でも明るく照らせるようにって、お姉ちゃんに『
「…父様……!! 」
顔を押さえ泣き崩れるリタ。
ホームの庭に、泣き声が響いた。
魔王ヤサカこそ、勇者にふさわしい。
先代魔王をその手で討伐したあと、勇者として生きる誉れも捨てて、そのあまりのやさしさゆえに、現魔王の名を自らかって出たんだろう。他の誰かが魔王になるのを憂えて。
リタもそして、ヤサカの娘なんだ。
やさしいから、こんなに苦しんでる。ほんとはこんなことなんてしたくないんだ。
だって、私の自慢のお姉ちゃんなんだから。
「リタお姉ちゃん? だから、もう……」
──────────!!!
ターニャが泣き崩れたリタに近寄ろうとした瞬間だった。
突然、リタの後ろに控えていた赤鬼が、地面にへたりこんでいたリタへとこん棒を振りおろした。
「お姉ちゃんっ!!」
土煙の中、慌ててリタへ駆け寄るターニャ。ターニャの顔や身体に、生暖かな液体が飛び散った。
嫌な予感しかしない。
20メートルも離れていなかったリタが居た辺りには──肉塊があった。
土煙が晴れる。
徐々に見えてくる全貌。
リタらしき肉の塊の上にこん棒を何度も振りおろす赤鬼が見える。
「…い……やぁぁああああ!! リタお姉ちゃん!!!」
こん棒を振りおろす度にグッチャグッチャと聞こえる、聞いたことのないような音。
もうすでにそれがなんであったのかも判別出来ない。
ターニャは赤鬼のこん棒にも構わず、飛びついてリタらしき肉塊を庇う。
どこが頭なのか身体なのか分からない。ただ、生暖かな肉。
でも、お姉ちゃんなんだ。私の大切なお姉ちゃんなんだ!
「お姉ちゃんに触るなぁぁあああ!! トルネードっ!!!」
凄まじい風の束が、今まさにリタとターニャにこん棒を振りおろそうとした赤鬼を吹き飛ばす。
赤鬼ははるか上空のグラトニーファングの渦まで飛ばされ、そこに一気にグラトニーファングの無数の牙が群がった。
1秒ももたず、赤鬼は綺麗に無くなった。
「………お姉ちゃん………なんで…?……なによこれ……?……いったいなんなのよ……? ぁぁあああああ!! お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!!お姉ちゃん!!! 誰か!! 誰か教えてよ?!! 教えて…………よ………あぁぁぁあぁあああああああ!!!!」
血のしたたる肉塊を抱え、赤鬼の血が空から降り注ぎ、血まみれの世界で、ターニャはいつまでも叫んだ。
そして、世界は少しずつ色を変えていった。
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