第25話 最愛の愛娘



「何も言わなくてよかったの?」



めぐみんが出ていったあと

何とも言えない表情でたちつくすカズマに向けてアクアが言った。


エリスはよっぽど恐かったのか

まだしゃくり泣いている。


「……俺が悪いんだ。言い訳もしたくないし…。」


「ふーん。あなたが良いならそれでいいけど、あの娘、凄い傷ついてるわね。ほんといい娘だからねぇ。」


とアクアは大きなため息をついて、泣いているエリスを抱いて居間へ向かう。

カズマもそれに続いた。



****************



居間にはテーブルに三つ、それぞれのソファの前にコーヒーカップと紅茶カップとポットが置かれていた。

いつ焼いたのかスコーンまで。


アクアがそれを見て言った


「ほらね。見なさいエリス。

私とカズマの好みは当然かもしれないけど、これ。エリスの分。

あなたがすごく泣いてたから、見て。ハーブティよ。それもカモミール。分かるでしょう?あの娘の優しさが…。わざわざ分けて淹れるのほんとに大変なのに…。爆裂あとだから身体も自由に動かなかったはずなのに…」


エリスは


「えぇ。分かります先輩。

めぐみんさんはいつも表面上はすごくクールでがさつな感じに見えますが、実は15歳の女の子なんですよね。繊細で情にもろくて、先輩たちの中で誰よりも儚い。上から見てましたけど、本当に不器用な方ですね。」


エリスは申し訳なさげにハーブティを持つと


「女神の私の鎮静まで考えて貰えて…逆ですね。まだまだです。私はまだまだめぐみんさんにも到底敵いません。すみませんいただきます。めぐみんさん。」

ハーブティをゆっくりと飲んだ。


「先輩にもご迷惑をおかけしました。やっぱり先輩は強いです。

…妹として誇りに思ってます。」


アクアは黙って微笑んで

エリスの頭を優しく撫でた。


カズマが


「エリス様。そのスコーンも食べてやってよ。あいつにカフェでもやらそうかと思ってるんだ。すげぇ料理上手いんだぜ?」


「はい。喜んで。

――わ。凄い。本格的なイングランドのスコーンですね?!

味も――凄い美味しい‼ なんだかほっこりしますね。優しい甘味。

砂糖じゃないのかしら…?」


「それはたぶん蜂蜜だよエリス様。

アクアとめあねすのこと一番に考えてくれてるからね。」


「なるほど。蜂蜜ですか。勉強になりますね。」


エリスが感心していると

カズマが強い口調で


「なぁエリス様。俺はあいつを護ってやりたい。ダクネスだってそうだ。

アクアは別なんだけどさ。何て言うか……アクアは俺の半分なんだ。

アクアと俺が居て、初めてめぐみんやダクネスを愛せる。

難しいんだけどさ…これってやっぱりおかしいかな?

アクアが居ないなら、俺は俺じゃないって言うか…。そんな俺じゃ、めぐみんもダクネスもきっと俺をこんなにも愛してくれてないと思うんだ。

おかしいかな?」


エリスは微笑む


「おかしいですね。おそらく一般的には許されないことでしょう。

でも、先輩の妹としてあなたを見てきた私としては、凄く納得出来るんです。

あなたは異世界人です。

こちらの常識に囚われず、持ち前の自由無双な考え方で、主神様も唸るほどのまったく新しい糸口をいとも簡単に見つけて解決してしまいます。だからあなたは特例で、ある意味…自由にさせて貰っていたのです。

ですが…」


エリスが言いにくそうに何度もアクアを見る


「エリス。良いのよ。

私は分かっています。

たぶん父様の話でしょ?」


エリスは頷く。


「カズマ。私はもう寝ます。

エリスの話を聞いといてちょうだいね。

エリス。私の選択は決まっています。だからカズマにすべてを委ねます。あなたはそれを父様にそのまま伝えて。」


エリスは頷いてアクアにハグをした。


「困ったら私を一番に頼りなさい。

絶対に助けてあげるから。

私の大切な妹のひとりエリス。

あなたを主神と大精霊の子アクアの名において赦します。」


「ありがとうございます。

アクアお姉様。」


「じゃあね。おやすみ。」



****************



「それで、大変なことって?」


「単刀直入に言います。

先輩は…

アクア姉様は女神を剥奪されます。」


「女神を剥奪?

つまり人間にされるって事かな?」


「そうですね。本当はそれだけなんですが…。」


エリスは本当に悔しそうに俯く。


「それだけじゃ俺たちにとってはご褒美みたいなもんだからね。

あいつも喜んで人間になるだろうし。」


「そうですね。姉様はむしろ願ったり叶ったりだと思います。

だけどそれだけじゃ済まないんです。」


「いいよ。はっきり言って。」


エリスはごくりと唾を飲んで言った。


「この世界のすべての存在からの

アクア姉様の記憶の抹消です。

もちろん私からも、カズマさん。あなたからもです。」


「ふざけてんじゃねぇぞコラ‼!」


エリスの肩がびくっと跳ねる


「…ごめんなさい…。カズマさんごめんなさい……。」


さらにカズマの怒りは増す


「あいつが何をした?! 世界を救っただろうが?!あ?! コラ?!

あんなに…あんなにボロボロになって……あいつがどんなに…

神様ってのはなんだ?! バカなのか?!

なぁ? なぁあ?! 答えろ‼エリス‼」


エリスは額をテーブルにつけて謝り続ける、


「ごめんなさい…ごめんなさい……ごめんなさい。」


「それしか言えねぇのかよ?! なんでだよ? なんでこうなったのか説明しろ‼ 事としだいによっちゃぁ俺にも考えがあるぜ?」


エリスは顔を上げ

泣きながらカズマを見て話し始めた。


「…ごめんなさい。説明します…。

事の起こりは昨日行われた主神会議でのことです…。」


「主神会議?

主神ってのは一人じゃないのか?」


「いえ。主神はお一人なんですが、主神を頂点として、他にもまだ11人いらっしゃいます。」


「それで?主神会議で何があったんだ。」


「そこで、あなたと姉様の関係が露呈してしまったんです。それに…めあねすのことも…。」


「バレたらダメなのか?」


「ダメなんです。

女神が人間を愛してしまって、しかも子供まで出来るなんて…。

でも、それだけならまだ許されたかも知れないんです。

だけど姉様は…禁忌を破ってしまった…。」


「……遺伝子操作か…?」


「はい…。おそらく姉様は、あなたの望みを叶えるために、危険性をあなたには何も伝えてないんでしょうけれど…。」


「女神と人間のハーフですよ?

それだけでも禁忌に抵触してるのに、優れた魔力を持つよう開発された人造兵器と、人間界で最も優れたガーディアンの優勢遺伝操作を行ったんですよ…?

生まれて来る子はどうなりますか?

この世に生まれたその時点で既に、神をも超える能力を持ってるんですよ…?

そしてさらにその子供やその子供は…?

カズマさん…。これは単純に、

みんな愛してるからその遺伝子を平等に持った子供が欲しいなって話では終わらないんですよ?

当然、神々は恐れています。めあねすを。

めあねすはあなたたちの子供ですから、素直に伸び伸びと愛されて育ち、姉様の絶対的な慈悲深さや、あなたの機転と危機回避能力や、めぐみんさんの絶大な魔力や、ダクネスの強堅さを兼ね備えた人格者に育つと信じています。いえ。間違いなく育ちます。

ですが、その強大な力を悪用する輩が現れて、もしもめあねすが操られたら…?

もしもめあねすの遺伝子だけを狙われたら…?

あなたはめあねすが亡くなるまで絶対に護りきれますか…?

神々はだから、姉様ごと今のうちに抹消しようと決めたのです。」


「…………どうにかならないのか?」


「私に出来たのは、

神々に出来る限り姉様のことやめあねすを知られないようにすることだけでした。

ですが……力が及ばず…すみません……本当にごめんなさい…。」


「…わかったよエリス。俺が悪かった。ごめん…。エリスは一生懸命やってくれてたんだな。

だから最近姿が見えなかったんだな?

ごめん。」


「いえ。

アクアお姉様を護れるのなら…その愛する方を護れるなら…その子供を護れるのなら、私たち全女神は命すら惜しみません。


姉様が私たちを支えてくれたから…

主神様に創られて、親の居ない私たちの親代わりになって、一人立ち出来るようになるまで支えてくれたから、私たちは在るのです。

女神たちの中でアクアお姉様を悪く言うものは一人だって居ません。

あんなひとですから、そんなことおくびにも出さずにあっけらかんとしていますけど…。」


「ちょっと待ってくれエリス。

親が居ないって?主神が粘土細工ででもエリスたちを創ったってことか?

それにそういえば……あいつさっきエリスに[主神と大精霊の子アクア]って言わなかったか?

どういうことだ?」


「カズマさん…。今から私がする話は、天界の最大の禁忌とされていることです。本来なら口にするだけで、私の存在すら消し飛ぶような…。でも、先ほどあなたがおっしゃったように、私は姉様にお赦しをいただきましたのでお話します。

くれぐれもご内密にお願いします。めぐみんさんやダクネスにもです。」


「わかったよ。誓うよ。俺の女神に誓おう。」


「ありがとうございます。

カズマさん。あなたは姉様がなぜ水に触れるだけで浄化出来るのか。

姉様がなぜ人を何度も、しかも何人も同時に蘇生出来るのか。

姉様がなぜ禁忌の術式…遺伝子操作を容易く行うことが出来るのか、

考えたことがありますか?」


「……あるけど…女神だからじゃないのか?」


「残念ながら私たち女神にそんな大それた力はありません。

唯一無二なんです。

それを行えるのは唯ひとり、主神様唯そのお方だけにしか出来ない権能なのです。」


「…じゃああいつは… アクアは一体なんなんだ?ただの駄女神じゃないのか?」


「私たち女神は主神様によって創られた、いわば人形です。

アクア姉様は…主神様と血を分かつ実の御子。

主神様を父に、大精霊サラスヴァティ様を母に持つ庶子。

そのお方なのです。」


「…庶子ってことは、本妻の子ではないということか?

サラスヴァティ…聞いたことあるな……何だったか…思い出せねぇ…。」


「そうです。嫡子ではなく庶子。

でも、主神様はサラスヴァティ様と逢われてからは他に妻をめとってはいません。

大精霊サラスヴァティ様は…そうですね。あまり馴染みのない呼び方かもしれませんね。日本人のあなたには弁財天様とお呼びする方が分かりやすいですか?」


「そうだ‼弁天さん! ヒンドゥ教の水の女神だった!それであいつあんなに芸達者なのか‼納得したぜ。」


「ふふ。弁財天様は日本では、水と芸妓と財を司られておられる方ですものね。

七福神のおひとりとして、人々に無尽の知恵と財産、そして幸運を御配りになられています。

本当、

姉様って御母様そっくりなんですよ?

サラスヴァティ様はもっと物静かでおしとやかでいらっしゃいますけど。

お美しくて、気高くて、私たち女神にまで分け隔てなく無尽蔵の愛を注いでくださる。

でもお優しいので気さくに人間界にも降りて行かれて、自ら、田畑の豊穣を護ったり、災害や魔物から人々を護ったり。

日本人はかなり親しみがありますよね?至るところにサラスヴァティ様の行いを記念し祈願した社や祠があるはずです。

この世界の姉様と本当にそっくりでしょう?

アクシズ教徒は信仰というよりも、アクア姉様の家族みたいに、姉様を慈しみ見守っていますからね。

姉様はサラスヴァティ様にどんどん似ていかれます。」


「お義母さんかぁ。逢ってみたいなぁ。」


「きっとお喜びになられますよ。カズマさんは日本人だし。

きっと誰よりも見たかったと思います。愛娘が伴侶に選んだ方も、御孫様であるめあねすのことも…。」


「…亡くなってるのか…?」


「いえ。ご存命でおられます。

ですが、今は神殿に入ることも、この世界に来ることも、アクア姉様に逢うことも…見ることですらも叶いません…。」


「なぜだ?」


「ヘラ様のお怒りを一身に受けておいでだからです。

天界の女王ヘラ様は嫉妬深い方でおられます。サラスヴァティ様のご懐妊がわかったとたん天界をひっくり返すほどのお怒りで…。」


「父ちゃん浮気もんだったのか…?」


「あなたと同じだと思いますよカズマさん?

あなたも端から見ればそうにしか見えませんよ?

主神様をあまり悪く言わないでください。」


「ご ごめん。」


「あれで主神様。全知全能で神々の国をお救いになった英雄王なんですよ?!

あぁ……あなたと被りますね…やっぱり姉様も血は争えないものですね……。ともかく、そんなヘラ様のお怒りをかったサラスヴァティ様は、東方の僻地へと封印され、二度と愛する主神様と愛する愛娘に逢うことも見ることも叶わなくなってしまったのです。」


「それが…日本か……。」


「分かりますか…?

アクア姉様がなぜ日本の様な小さな僻地の女神を選んだのか………。


…………ぅ…。


御母…様に……一目でも…逢いたいから…。――ぅ……。

少しでも…ちょっとだけでも…御母様の近くで…愛を……感じたいから…ぅうう…… 」


「……………エリス。ありがとう。

わかったよ。もう泣くな…。ありがとう。」


「……だって………だって……姉様は何も悪くないのにぃ……辛かったでしょうに……哀しかったでしょうに………あんなに…うう……笑って………私たちを………。」


「あんなやつなんだよ。あいつは。

気にするな。 俺が赦してやるよ。

エリスはよく頑張ってるよ。


俺さ………。

[無償の愛]っておとぎ話かなんかだとずっと想ってたんだ。

神々の話や女神の話聞いてても

やっぱり有償なんだよな。

どの世界だってそうさ。

この世界の理ってやっぱ[等価交換]なんだよ。

対価無くして得られるものなんて何もないんだ。


でもさ。

あいつは、対価なんて考えもしちゃいない。

ただ、誰かが困ってたら一緒になって困ったり

誰かが苦しんでたら一緒になって苦しんでんだ。バカだろ?

ほんと駄女神だよ。


けど、それってさ。

無償なんだよな。

その誰かに何かしてもらいたい訳でも何か見返りを期待してもない。


ただ、誰かが困ってたら嫌なんだろうな。苦しんでたら自分もほんとに苦しいんだ。

対価は自分が払って他人を救える。

あいつは本当に女神なんだと思うよ。

少なくとも俺が知ってる中ではダントツだ。」


「そうですね。

私の知ってる中でも最高の女神です。

能力的にも主神様に匹敵するほどの力を持っておられます。姉様本人は何とも思われてないみたいですが…。

サラスヴァティ様の浄化能力や退魔封印の権能もすべて受継がれておられます。

主神様もそれはたいそう可愛がられて、本当に目の中に入れてもって感じで愛されていました。

だから今回

主神様もたいそうお心を痛め尽力されています。

主神様のご姉弟で在らせられますヘスティア様やポセイドン様も同じくです。

しかし現状は厳しい状況にあります。


ヘラ様はあなたたちが討伐して下さった魔王の娘に、討伐者であるあなたたちへの復讐を誓わせ、あるアイテムを与えました。

それは異世界を含め、全世界を揺るがす事態をも引き起こす恐れのある、恐るべきアイテムです。

[次元刀]と呼ばれるそれは、攻撃力はまったくないのですが、空間だけを切り開き、異世界への門を開くことの出来る刀です。

これを使えば……例えば、魔界の扉を開き、この世界を魔界に沈めてしまうことも簡単に出来ます。

もうすでに魔王の娘は、魔王軍を召集し、決起の日を画策しています。

事態は急激に動き始めています。

それには

私たち女神も全力で尽力します。


そこで本題です。

主神様より勇者サトウカズマさんへ言伝を言付かっております。

どうか心してお聞きください。」


「わかってる。俺ももう腹は決まってる。答えはひとつしかない。いつでもいいぜ。」


「はい!

それでは勇者サトウカズマ。

あなたへの言伝を伝えます。

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