第24話 ホーム



「これでよしと」



居間に紅茶とカズマのコーヒーセットを用意して

台所で洗い物を片付けた。



「うゎ…下着ベタベタ…」


濡れてるじゃぁ済まないレベル。

お風呂もう一回入ろうかな…


まぁいいや。

誰も気にするひといないし。


このまま寝ますか。


と寝室に向かう。



洗濯は明日まとめてしよう。

とてつもなく身体が怠い。


そりゃそうだ。

あんだけ何度も逝ったあとに渾身の爆裂魔法撃ったんだ。

歩けるだけ凄い。


のろのろとベッドに寝転ぶ。

窓から綺麗な満月が見える。



月か…

ほんとに久しぶり。



昔はよくひとりで見てたなぁ。



―そうだ。あそこに行こう。



私は飛び起きて

支度を始めた。


私の始まりの場所


私だけのホームへ。



****************




心配させるのも申し訳ないし

置き手紙くらいしていきますか。



[ちょっと出てきます。おそらく明日の夜には帰ります。朝食は冷蔵庫に用意してありますが、昼食は申し訳ありませんがダイナーでお願いします。]


ダクネスは家に帰ってるし

問題ないだろう。


さぁ行きましょうか。



誰にも気づかれないように

そっとドアを閉めた



****************




アクセルを出て二時間くらい。


月がずっとついてくる。


久しぶりに逢う私の旧い友人に

いろいろな話をしながら歩く。



あの頃はずっと独りだったな。


こうしていつも月とお話してたっけ。



しばらく進むと小高い丘が見える。


あそこに

あの頃の私が住んでるはず。



「着いたー。」


草の上に膝を抱えて座る。

膝の上に頬を乗せて月を見る。


ここは

ちっちゃな私でも

月に目線が合う場所。


この旧い友人は

何年経っても変わらずに

いつでも私だけを見て

その光で優しく包んでくれる。


私だけを照らしてくれる。


だから、安心できる。




うん。久しぶり。

元気でしたか?


私は少しヘコんでいます。


大したことじゃぁないんですよ。


ふふ。ありがとうございます。

相変わらず優しいんですね。


今の私は前より少しだけ泣き虫になっていますから、面倒くさいんですよ?


そんなに優しく…されたら泣いちゃいますよ。


うん。


うん…。


う……――っ―――っ

うっ――っ


う…っ――


……っ――うっ……



――――――っ





私は思い切り泣いた。


膝を抱えて

あの頃のように独りで。


このまま何もかも綺麗に流れて

消えてしまえばいいのに…。



私は。こんなにも弱く儚い。


何かを。

支えにしていないと

すぐに壊れてしまう。



爆裂魔法がそうだ。



道しるべがあるから

儚い私でも存在出来た。



必要とされなければ生きて行けない。


必要とされなければ生きてはいけない。



彼に

必要とされない私は

生きては行けないし


生きていてはいけない。



現に彼は

言い訳も

引き留めすらもしてくれなかった。



ううん。


私は

彼のために在ると決めたんだ。

そこに

私の想いや願いなんて要らないんだ。


要らない。


私は要らない。




紅魔族の存在する理由。


人類に必要とされ造られた

強化人造人間。


紅魔の歴史の奥深くに

それを見つけた時、

私の世界が止まった。



おそらく今の紅魔族の誰も

その事実を知らないだろう。



私がどれだけ頑張っても

人間にはなれない。


私がどれほど知識を身につけても

人間にはなれない。


人間に必要とされなければいけない。


必要とされなければ

生きてはいけない。



敬語が抜けないのもそのせい。


強い魔力に特化させて造られた紅魔族だけど

オリジナルには何をしても敵わない


人間に対する畏敬の念が私にそうさせる。



この

私をがんじがらめに縛りつける鎖は

誰にも解けない。



あーぁ。


どなたか私を

赦してくれませんかね?



15年



15年生きてきて


やっと見つけたあそこが

自分が自分で居られる居場所だと想ってたのにな。



所詮は

なんちゃって人類ですからね。



でも

また

乾いてくの やだな。


あそこがいいな。



しょうがないな。




ね。 可笑しいでしょ?


昔から私を見ててくれたあなたは

知ってるでしょうけどね。


まだ

もうちょっと一緒に居てくださいね。


私の中の

この雨があがるくらいまでは。


もうちょっとだけ

お願いします。



****************



「何をしてるんだい?」



ふいに背後から声が聞こえたので振り向く


「あなたこそこんな夜深くに何をしてるんですか?マツルギさん。」


「ミツルギだってば。君も相変わらずだなぁ」


だって興味ないんだもん。



「女の子が街からこんな離れたとこで独りなんて危ないよ?

他のみんなは?どこに行ったんだい?」


正直うっとうしい。

私のホームから出てけ。


「最初から居ませんよ。私は独りで来たのです。」


少々顔に出てたかもしれないけど

このひと鈍いから大丈夫だろう。


「独りで?こんなとこに?

確かにここはモンスターの出ない場所ではあるけど…。

でも、道中だって危険な箇所たくさんあるよ?

しかもこんな夜更けに。

女の子なんだから気をつけなきゃ。」


意外と優しいなこのひと。

自分のことしか考えられないひとかと想ってた。

ちょっと悔しい。


「あなたこそ何をしてるんですか?

従者の綺麗な女の子たちも居ないみたいですし。」


そういえば

いかにもな綺麗どころ二人は居ないし、ミツルギは背中になにやら大きなずだ袋を背負っている。


「僕なら王都からアクセルに向かうところだよ。こいつを街で待ってる子供たちが居るからね。」


とずだ袋をぽんぽんと叩く


「何です?それ?」


「あー。話せば長くなっちゃうんだけどさ。

まぁ簡単に言うと、魔王討伐の褒賞金で王都とアクセルに孤児院を作ったんだよ。

王国ギルド公認のね。

この世界には結構たくさんの孤児が居るんだよ?知ってたかい?

冒険で両親が亡くなって身寄りが無いとか、魔王軍に襲われて住むところも無くしたりだとか…。

そんな子供たちを集めて無償で生活や勉強の手助けをしてあげられるホームを作ったんだ。

これは、そこの子供たちに使ってもらうペンやノートなんだ。

王都の貴族や国民に寄付を募って回って集めたのさ。

連れの娘たちも王都に残って子供たちの先生をしてくれてるよ。

結局、長くなっちゃったね。ごめん。」


とミツルギは頭をかく。


「ホーム…ですか…。」


凄い。

このひとを誤解していたかもしれない。


あれだけの褒賞金。自分の為じゃなく、弱いものたちを護るために遣うだなんて……


ちょっと見直した。

ううん。

すごく格好いい。


「あなたを誤解していました。どうかお許しくださいミツルギ卿。

あなたのしていることはとても貴い。

私の様な心根の小さなものには到底辿り着けない行いです。

この世界に生を受けたものとして礼を言わせて下さい。

ありがとうございます。

そして今までの非礼をお詫び致します。

あなたは本当の勇者です。

同じ戦禍を共に駆けた者として誇りに思います。」


と最上級の礼を尽くしてお辞儀した。


「そんな大袈裟な…。僕のほうが恐縮してしまうよ。

君はあの討伐において一番の戦果をあげた世界最強の大魔道士なんだよ?

僕なんて足元にも及ばないよ…。

あんな爆裂魔法の豪雨なんて神にだって撃てはしない。

僕のほうこそ君と同じ戦場に立てたことを誇りに思ってるんだよめぐみんさん。孤児の子供たちにも自慢してるくらいなんだ。」


「それと、僕のことはキョウヤでいいよ。その方が親しみあって嬉しい。」


とウィンクして笑う


ほんとだ。ちょっと格好いいと思う。


「じゃぁキョウヤ。私のこともめぐみんとお呼び下さいね。」


「敬語も出来ればやめて欲しいなめぐみん。

僕はカズマと同じ日本から来た異世界人なんだからさ。

この世界の人間じゃぁないんだから敬語なんて使わなくてもいいよ。

君らしく。自然体で居てくれるほうが僕には楽だからさ。」



初めてだ…。


私の敬語を指摘したひと。


やっぱりカズマと同じ国から来た異世界人だからかな…?


すとんと私の腑に落ちる感じ。


このひと

ひとのことをちゃんと見てるし

理解しようとしてる。


このひとの友人で居たら楽かもしれない。


[ホーム]といい

私の鎖も少し緩んだ気がする…。


私らしく…居てもいいんだ…。


「分かりましたキョウヤ。

私は物心がついてからずっと敬語で過ごして来たから、普通に砕けて話すのはあまり得意ではないんです。

だから…善処します。

頑張らなくても良いのなら、その方が私にとってもずっと楽だから。」


と微笑む。


「――――っと。」


キョウヤがちょっと構えるのを見て

不思議そうに聞く


「どしたんですかキョウヤ?」


「…え? えーっと。

思ったこと素直に言っていい?」


「はい。言っていいよ。」


「めぐみんってさ。綺麗だよね。」


真っ直ぐに顔見て言われたから顔が真っ赤っか。はー熱い。


「なっ…何を…」


キョウヤは矢継ぎ早に


「いやいや。ずっと思ってたんだけどね。年相応に笑えば可愛いのに、ほら、なんかずっと構えちゃってるだろ?何でだろ?って思ってたんだ。

いつも平静を保とうとしてるって言うか…自分が踏み込まない様にセーブしてる感じ。

そうやって縛りつけてんの、多分自分だと思うよ。

めぐみんって多分、この先凄い美人になるよ。

さっきみたいに笑えるならね。」


私が私を縛ってる…?


「もっと笑ってよ。

僕もこんな綺麗で強い友人が居るなら自慢だからさ。

そうだ。

もしもこれから予定が無いのなら、僕と一緒にホームに行かないか?

ノートやペンを一人一人手渡ししてあげたいんだ。

世界最強の美人大魔道士の友人を子供たちに自慢したいしね。」


とにっこり笑う


「行きたい。私なんかでも少しでも子供たちの役に立てるなら。行きたい。」


「やった‼ 善は急げだ。

すぐに向かおう。

道中の護衛はこの魔剣使いにお任せ下さい姫君。」


ふふふ。このひと面白い。


またもアクアやウィズみたいなこと言われたけど…。


まぁいいや。

私でも誰かの背中を支えれるのなら。

誰かを護れるのなら。


この鎖もいつかは……。



キョウヤの横に並んで歩きながら

一度振り返って


「また来ますね。今夜はありがとう。」

と月に向かって呟いた。



明日はきっと晴れる。




****************



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