第13話 それぞれの想い



「ふふふ」

「どうしたんだアクア?」


ずっと胸に手をあてて目を閉じていたアクアが突然穏やかに笑った。


「ん? うん。めあねすがね。可愛くって」


そう言って微笑むアクアは、めあねすの姿をしてても本当に綺麗で、思わず鼓動が早くなってしまったのを隠すように俺は続けた。


「めあねすが起きたのか?」

「ううん。ちょっと目を開けてみたけど、また寝るって」


とアクアはクスクスと笑う。

俺はアクアのその姿を見て、もうなんだか抱きしめたい衝動を一生懸命に自分の太ももを強くつねって堪えた。


──俺どうしちゃったんだ…?なんでこんなに胸が苦しくなるんだ? 確かに、15年ぶりに再会した相棒だ。しかも、身を犠牲にして俺たちの世界を護ってくれたやつだ。そりゃ会いたかったさ。文句のひとつも言いたかったし、出来れば思いっきりゲンコツのひとつでもお見舞いしてやりたかったところだ。


──でもなんでこんなに泣きそうなほど胸が痛いんだ…? このままアクアを抱きしめたら何もかも分かる気がしてるのは何故だ?

胸が苦しくて痛い…


アクアはそんな俺を見て不思議そうに


「…どうしたのカズマ? なんで泣いてるの…?」

「えっ…え…あっ…」


慌てて自分の頬を触ると、大粒の涙が次から次へと頬をつたってこぼれ落ちていく。止められない。


訳もわからずただ涙を流し続けながらおろおろしていた俺の頬に手を伸ばしたアクアは、そっと優しく手のひらで頬を何度も慈しむように撫でながら


「ごめんなさいカズマ… 。ごめんなさい…ごめんなさい…」


と泣きながら俺に謝り続けた。



****************



それからしばらくしてめぐみんが戻って来た。


めぐみんは俺の顔を見て一瞬だけ目を見開いて驚いて、すぐに少しだけ哀しそうに微笑む。

そして息を吸って


「カズマ?その…思…、だ 大丈夫ですか…?」


見た目にもなんか腫れ物に触るような不安そうな感じで、おそるおそる上目遣いに聞いてくる。

それを見て俺は嘆息し、微笑みながら


「なんでそんなに怖がってんだ?そんなに心配なことか? こんなことくらいでこんな美人な奥さんがそんなに心配してくれるのは、旦那としてもちょっと町中に自慢して回りたくなるくらい嬉しいけどな」


って言うと、めぐみんはほぅっと息を漏らして、顔を紅くして心底嬉しそうに俺に微笑んでから、なぜか慌ててアクアのほうを見てぎゅっと目を閉じた。


──なんだろう? こいつ今日はなんか変だ。


アクアがめぐみんに


「カズマが実は泣き虫なのはめぐみんも知ってるでしょ? さっきめあねすの状態話したら泣き出しちゃったのよ。それだけだから心配しないで」


と微笑む。

それには俺がひっかかる


「泣き虫じゃねぇよ! お前だろ?いつもビービーギャーギャー泣きわめいてたのはよ?」


それを聞いて急にめぐみんがアクアを抱きしめる。

そして明らかに涙声で


「そうですよ? アクアは一番泣き虫のくせに……。ありがとうございます…ありがとう…本当にごめんなさい…。あなたにばっかり…こんな…私はこんなに嬉しい想いを……ごめんなさい…」


最後には号泣で、そんなめぐみんの頭をアクアがゆっくりと撫でる。


「いいのよめぐみん。あなただから託したの。あなたの全霊でカズマとめあねすを愛してあげて。それでいいのよ? それで私は何よりも幸せだから…」


何もかも分からなかったけど、俺はなぜかなにも言えなかった。



****************



「ふぅ…」



白い部屋の片隅にこじんまりと置かれた事務的な椅子に座り、下界を見ていたこの世界の女神は、大きなため息をついて背もたれに深く沈んだ。


そして目を閉じ、上を仰いで言った。


「誰も悪くないのに…。この世界を救ってくれた勇者たちなのに……。謝りたいのは私たち神のほうなのに……」


──誰よりも強く優しかった青い髪の女神を思い出す。


「先輩……私どうしたらいいですか……? みんな護ってあげたい………」


呟くエリスの閉じた目から、二筋の涙が止めどなくこぼれ続けた。



****************



「ここは……」


上半身を起こし、辺りを見渡すと見馴れた部屋の中。


「屋敷の私の部屋か…」


ぼーっとした頭でベッドから起き出す。

裸だ。

──とたんに記憶が甦る。


「ぁああぁぁああああああっっ」


強烈な喪失感と絶望感と快感に立って居られなくなり、床にぺたんと崩れ落ちて叫ぶ。

あまりの強烈な感覚に震えが止まらず、身体を抱いてガタガタ震えていると、しばらくしてバタバタと部屋の外から聞こえてきて

カズマとめぐみんとめあねすが飛び込んで来た。


「ダクネス大丈夫だ!もう大丈夫だから安心しろ。俺たちもちゃんと居るから。大丈夫。大丈夫だ」


ガタガタと凄い勢いで震える私の身体をカズマがぎゅっと抱きしめてくれている。何度も何度も大丈夫だって言いながら。


──あぁ カズマ。カズマが抱いてくれてる……裸の私を…背中を…胸を…強く…。


「カズマ……カズマ……」


名前を呼ぶだけで、気が遠くなるほど気持ちいい。

子宮のあたりが燃えるように熱い。

身体がとろけてしまう。


「だめ…だ… 離れてくれカズマ…」


わずかに残されていた理性でカズマを押し出す。


「どうしたダクネス?」

「私の身体はおかしくなってしまった……め、めぐみんが居るのに…私は……」


そういうと、めぐみんが私の前に回り込んで来て、私を抱きしめた。


「ダクネス。仕方ないです。あなたは本当にがんばりました。……大丈夫。私はあなたを愛していますよ? 怒ったりしません。カズマさえ良ければ、カズマとしたらいいです。本心ですよ。あなたにもその権利はあるからです。だからこれ以上苦しまないで下さい」

「…めぐみん……」


めぐみんは私にだけ聞こえるように耳元で続けた。


「…ですが、今はアクアが居ます。だからやめて欲しいです。今日は出来れば夫婦水入らずで居させてあげたいので…」

「いや。めぐみんがカズマと夫婦水入らずで居たいなら邪魔はしない。私なら大丈夫だ。なんともない」

「違います。アクアとカズマの話ですよ。今日は二人でうちの実家にでも行きましょう」

「…え……??」

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