第129話 会って欲しい人

 「クラリッサ・ハウプトマン」これがティルデの現在の名前だそうだ。そしてアリーナは「ナターリエ・ユーバシャール」。二人とも舌を噛みそうな名前になってしまった。


 俺達はティルデ達と色々な話をした後、軍の計らいで宿を取ることが出来た。表向きはバルサナ軍が追っていた二人組、つまり、ユーディー達の情報提供のお礼と、捕まえてしまった事へのお詫びとなっている。


 結局時間が無くて、ティルデ・・・じゃなくてクラリッサとナターリエがどうしてバルサナ軍に所属しているのかは聞くことが出来なかった。そしてその事が、今すぐ俺達に協力できないって話に繋がっているんだとは思う。


 お互いに、あの時、つまりハイランドやリバーウォールで一緒に過ごした時の立場のティルデと俺では無いんだと、改めて認識させられた。いやあ、ちょっとは期待してたんだよ。今すぐにでも協力してくれるんじゃないかってね。まあでもそんなに上手くは行かないよね。


「コンコン」


 俺がベッドの上で、さっきまでのティルデとのやり取りを思い出していると、ドアがノックされた。


「はいどうぞ」


「失礼しますわよ」


 そう言って俺の部屋に入って来たのはアリサだった。その後ろにユリアーナとエレオノーレさんが続いている。


「シン・コレナガ、ユリアーナにはみっちりとお説教をしておきましたわ。今後は幾分かましになると思いますわ」


 なるほど。ユリアーナがげっそりしているように見えたのはそれが原因か。まあでも今回は、俺の心臓によろしくないお話が飛び出したので、大いに反省してもらいたい。


「それで今後の事ですけれど・・・」


「そうですね・・・まずは、ティル・・・じゃなかった、クラリッサ達が何故バルサナ軍に所属しているのか、これが彼女達の行動の元になってると思うんですよね」


 何かしらの理由でバルサナ軍から離れられないんじゃないかと俺は思ってるんだ。


「ええ、私もそう思います。何らかの理由で軍から離脱できないということですわね」


「はい」


 クラリッサ達の話し方からして、どうも無理やりと言うよりは、彼女達の意思で軍に残っている印象があるんだよなあ。一体彼女達の身に何が起こったんだろう?


【国王は軍費を削減しろ!近隣諸国への配慮を!】


 俺達がクラリッサ達の事を話していると、外からそんな大声が聞こえて来た。何事かと思って窓の外を見ると、少し離れた場所に設置された軍の本部前で、何やらデモが行われているようだった。


「ねえ、あれ何?」


 ユリアーナが誰に聞くわけでは無く、そう言ってきた。あれ何?ってデモに決まってるじゃん。こいつは何を言っているんだ?


「あれはデモですわね。私も久しぶりに目にしましたわ」


「あれがデモなんですか?私見るの初めてです。聞いた事はあったんですが・・・」


 はあ?デモを見たことが無いって、一体どんな辺境に住んで・・・いや、北リップシュタートは決して田舎じゃないし、ユリアーナもアリサほどじゃないにしても、それなりに長寿だろう。この世界ではデモってあまりないの?


「あの、もしかしてこっちの世界じゃデモって珍しいんですか?」


「いや、当たり前じゃん。何言ってんのシンちゃん」


 物凄く変な顔で見られてしまった。


「シン・コレナガ、あなたは日本から来たから分からないかもしれませんが、ここは王国ですわよ?」


「いえ、バルサナ王国ってのは知ってますよ!」


 いくら俺がこの世界の情勢に疎いとはいえ、この前聞いた情報を忘れたりはしないだろ!


「違いますわよ!そうではなくて、王国制度を敷いている国に向かってデモなんかおこしたら、あっという間に兵士に捕まってしまいますわよ。普通だったら」


「え?そうなんですか?」


「あなた、こちらにきてから抗議集会などを見たことありますの?」


「そういえば、ない・・・かも」


「王族や貴族が有利になるように作られている国で、それに公に反抗しようものなら・・・想像できますでしょ?」


 た、確かに。俺は日本人だからデモなんか珍しくも無かったが、こちらに来てからはお目にかかった事が無い。


「こちらでデモを行うという事は、国家を転覆させるくらいのつもり・・・という事ですわ」


 まじかよ・・・。デモ一つやるのに命がけって事か。という事は、リバーウォールでのそれも相当激しいものだったんだろう・・・。


「なるほど、それはわかりました。あの、では何故ここではデモが行われてるんでしょうか?」


 命がけって割には、なんかプラカードのような物を持って、日本のそれと変わらない事をやってる気がするんだが。しかも兵士が参加者を取り押さえる気配もないし。


「いや、だからみんな驚いてるって話をしてたんじゃん。話聞いてた?」


 ユリアーナがすげえ怪訝そうな顔で俺にそう言ってきた。っく、絶対俺の事小馬鹿にしてる目だあれは・・・。さっき散々アリサとエレオノーレさんから怒られたものだから、絶対俺に八つ当たりしてるに違いない!


「もしかして、この事とティル・・・じゃなかった、クラリッサさん達が軍から離れられない理由とか関係してるんでしょうか?」


 ティルデと一瞬言いかけて、クラリッサと言い直したエレオノーレさんがそう言ってくる。なあ、絶対ティルデって言っちゃうよな!と、それはどうでもよくてだな・・・。


 王国なのにデモをやれている事と、クラリッサ達がこの国から離れられない事が関係あるとは思えないが、間接的に関係あったりするんだろうか?うーむわからん。


「とにかくしばらくは軍がこの宿の料金も負担してくれるとのことですし、今後の事は、あちらの話を聞いてから、という事になりますかしらね」


 アリサの言葉には誰も反対しなかった。向こうの事情が分からない以上、ケースバイケースと言うか、出たとこ勝負と言うか、もうそれしかないよな。だって考えてもわからんしね。


 ・・・あれ?そういえば俺、ティルデに会ったら何か聞こうと思ってた事があった気がするんだけど・・・。いやまあいいか、いつか思い出すだろ。


 そしてその日は疲れている事も有り、皆、早目の就寝となった。


 

 きて・・・。おきなさい・・・・。


 なんか、声が聞こえる・・・。なんだこれ?


 誰かの声が聞こえて、そして次の瞬間、俺の目には真っ赤な髪の美女が映っていた。


 「え!?え、ええっ!」


 なんだこれ!?どういう状況!?俺は突然目の前に現れた美女の出現に完全にうろたえパニックになっていた。


「シン、落ち着きなさい。私よ」


「へ・・・?あれ?ティル・・・クラリッサですか?」


 俺が寝ぼけ眼を良ーく見開いてみると、昨日の泊まった宿のベッドの上だった。


「あーなんだ、びっくりしましたよー。・・・いやいやいや!ちょっと待ってください!」


 なんで俺の泊まってる部屋にクラリッサがいるんだ?一旦落ち着きかけた頭の中が再びパニックになってしまった。


「もー、シンちゃん寝ぼけるのやめてよ。クラリッサさんが私達に用があるからって尋ねて来たのよ。で、シンちゃんまだ寝てたから起こしに来たの」


 どうやら一緒に来ていたらしいユリアーナが俺にそう言ってきた。


「あ、あー、そう言う事ですか。びっくりしましたよー。目が覚めたらいきなり目の前にいるんですから」


「ふふ、驚かそうと思って」


 そうやってクラリッサはウインクしながらいたずらっぽく言ってきた。


 あーなんか懐かしいな。リバーウォールで一緒に住んでた頃は、たまにこんなイタズラをされてたんだよなー。しばらく会わない内に、なんか距離が出来たようで寂しかったんだが、あまり変わってないみたいでちょっと嬉しいかも。


 それにしても頭の中でさえクラリッサで考えるのが面倒くさいな。しかしそうしないと、ティルデって言っちゃいそうでさ。俺達だけだったら良いけど、バルサナ軍の兵士もいる所で言ったらまずいだろうしな。


「ところで用件ってなんです?」


「実は、あなた達に会ってほしい人がいるの」


 会ってほしい人?俺は思わずユリアーナの方を見たが、彼女も見当が付かないようで、両手をあげて分からないという仕草をして見せた。


 彼女が会って欲しいというくらいだから、恐らく軍関係者なんだろうけど、一体誰なんだ?

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