第29話 テレジア・ロンネフェルトの視察

 18歳になった。 この世界に来てから3年が経過したって事だ。


 俺は相変わらずロックストーン鉱山で、奴隷長のような仕事を任されている。この間、鉱山での様々な福利厚生ふくりこうせい的な物も、出来る範囲でという制限付きではあるけど充実させてきた。


 でも出来る事ってのは、最初の半年くらいでほとんどやってしまったんだよな。後は、怪我人や病人が出た時に俺が治療したり、余ってた魔法プレートを使って、魔法の研究をやったりとかそんな所だ。


 たまにバリーのおっさんが意味不明の癇癪かんしゃくを起して暴れるのを止めたりとかかな。あれはマジで勘弁してもらいたい。


 つまり何が言いたいかと言うとですね、もうずっと変わらない生活を1年半ほど続けているわけです。そしてある時気付いたんだ。俺は奴隷の身分なので、もしかしたら一生これが続く可能性もあるって。


 または、この鉱山が閉鎖して、せっかく慣れた環境とおさらば。また奴隷3級の身分からスタートという可能性も無くはない。


 一体どこで人生狂っちゃったんだろうか?いや、そもそも日本に居る時から狂いっぱなしではあったな。異世界に来たときは、一流魔法剣士になるとか真剣に考えてたけど、もうその目も無い。


 そんな事を自室でうだうだと考えていると、バリーのおっさんがドアをバーン!とあけ放つ。


「おう、ちょっとツラ貸せや」


 一見、ただ事ではないような雰囲気に見えるかもしれないが、このおっさんはこれが普通なので、俺も最近ではすっかり慣れてしまった。しかし今日はちょっと焦っているように見えるな。


「何かあったんですか?」


「わかるか?」


「ええ、何かいつもと様子が違う気がしますので」


 そういうとバリーは一瞬だけ考え込む仕草を見せる。


「実はな、今度の週末に、お偉いさん方が来ることになった」


 お偉いさんと言うワードを聞いて、すぐにゾルタンの名前が浮かんだ。直接会ったことは無いが、あまり良い噂は聞かないな。


「ここ2年間、僕が来てから領主様は一度も来られませんでしたけど、何かあったんですか?」


 そう言いながら、俺がこの2年間で色々と鉱山の仕組みを変えてきたことを思い出した。勤務時間の2交代制への変更、宿舎の建て替え、食生活の見直しなどなど・・・。もしかして勝手に色々したのがばれちゃったとか!?


「いやそうじゃねえ。ゾルタンが来るのは間違っちゃいねーが、もっと上の奴が来る」


「え?レオンハルト様じゃないでしょうね?」


 レオンハルトは、リバーウォールの実質的な支配者で、俺を奴隷の地位に落とし、この鉱山へ追いやった張本人だ。正直あいつの顔はあまり顔は見たくない。


「違う。王位継承第一位のテレジア・ロンネフェルトだ」


 テレジア・ロンネフェルト・・・。名前は聞いたことがある。もっとも、奴隷仲間から聞いた話だから、どこまで信憑性があるかはわからないが。


 中堅国家だったリバーランドが、現在のような経済大国になった一因に、テレジアの存在があるんだと。何しろ、10歳の時には、現国王の相談役として、国家体制の改革に貢献したって話だ。


 けど、普通に考えて、10歳でそれはあり得ないと思うので、そいつが話を盛ってる可能性もあると思う。そう思ってたんだけどね。


「良いかシン。テレジアに嘘や誤魔化しは通用しねえ。聞かれたら、ここでやってきた事は正直に答えることにする」


「え!?でも、色々勝手に変えちゃったりしてますけど、大丈夫なんですか?」


「わからん。少なくとも、あいつに誤魔化しは効かねえ事だけは確かだ」


 ちょっとおお!あんたがやって良いって言うからやったのに、これで大丈夫じゃなかったらどうすんだよ!


 俺がそんな風にすげえ心配そうな顔をしてたんだろう。俺を安心させる為なのか、それとも本当なのかはわからないがこう言った。


「心配するな。テレジアは合理的な判断が出来る奴だ。たとえ、ちょっとくらい律からはみ出したとしても、それが理にかなっていれば何も言わねーよ」


 そして最後に「たぶんな」と、小さい声で付け加えたのを俺は聞き逃さなかったぞ。


 ああ、不安だ。超不安だ。今度こそ俺、終わっちゃうんじゃねーの・・・。


 そして楽しい楽しい週末が、ついに訪れた。


 この日は本来休日だったんだけど、休みを一日前倒しにして、今日は全員が出勤となっている。ただし、俺だけはいつもの夜勤から昼勤へと移動していた。鉱山のリニューアルを行った者として、テレジアから招集を受ける可能性があるから、昼に移動しろって言われた。


 はあ、気が重い。もう、こうなったらバリーの言うテレジア評にかけるしかない。出来れば何のお咎めも無しに済みますように!


 そんな事を考えていた昼飯前、その出来事は起こった。坑道の入り口の方から、バリーを先頭に、明らかに奴隷ではない人間が2人と、兵士の集団が入ってきたんだ。


 一人は、身長170前後くらいのすんげえでぶった奴で、額に汗をかきながら歩いていた。なんか、日本に居た時の俺みたいで見るのがつらい。たぶん、これまでに聞いてた話からして、こいつがゾルタン・ロンネフェルトだろう。


 もう一人は、これも身長170くらいの、ナイスバデー&金髪ロングの超美人のお姉さんだ。この人がテレジア・ロンネフェルトってことか?色々やり手だと言う。


 ラインがはっきりわかるような服の上から、マントを羽織ってて、はっきり言えばエロイ。あれだよ、ファンタジーRPGとかで出てくる、ニーソとかタイツ着用のお姫様戦士みたいなのいるじゃん?あんな感じだ。


「コレナガシン!テレジア閣下がお前に話があるそうだ!」


 バリーのでっかい声が坑道内に響き渡る。ほらきた!やだやだ家に帰りたい!


「はっ、了解いたしました。今すぐにでしょうか?」


「いや、そうだな。13時に鉱山事務室へ出頭せよ!」


「了解であります」


 普段では絶対しないようなやりとりをバリーとやってる間にも、テレジア閣下は坑道内をキョロキョロと見回している。


「変ですね」


 いきなり閣下がそんな事を言い出した。俺はバリーと一瞬目を合わせる。首を振るバリー。いや、色々改善はしてきたけど、専門外の坑道については口出しはほとんどしていない。なので、変な所などあるわけはなんだが・・・。


「このライトプレート、こんなに明るかったでしょうか?」


 ああ!そのプレートは、最初の設定だとあまりにも暗かったんで、おれが光度を再設定したんだよ。


「す、すみません、作業をするにはあまりにも初期設定では暗かったので、私が勝手に変更してしまいました」


「あなたが設定を変更したの?」


 俺をじっと見つめてくる瞳。なんて言うか、吸い込まれそうなって表現は、こういう人のを言うんだろうなあ。とか考えてたら、ずかずかずかと俺の前まで歩いてきた。そして胸ぐらをぐっと掴・・・まれるかと思ったら、奴隷カードをまじまじと見ている。


 バリーと言いこの人と言い、怖いんだよ!見るならもっと優しく見て欲しい。


「3級奴隷?あなた3級なのに、魔法プレートの設定が出来るの?」


「は、はあ」


「ちょっとバリー!なんでこんな子が3級なのよ?」


「いや、設定されたのはレオンハルト様ですから、ワシらが勝手にいじるわけにはいきません」


 そう、俺の奴隷階級を設定したのはレオンハルトだ。と言うか、たぶんアルフレートの野郎だろう。あー、せっかく忘れてたのに、嫌な顔思い出した。


「へえ、あなたレオンハルトから奴隷送りにされたの?」


「はい」


 俺の返事を聞くと、なにやら不敵な笑いを浮かべるテレジア閣下。美人がこんな顔すると、却って怖い気がする。


「バリー、13時からではなく今から話を聞きたいわ。事務所で一緒に食事をしながら話しましょう」


 そう言って、すたすたと坑道出口へと歩いていく閣下。


「お待ちください!奴隷風情どれいふぜいと共に食事など、王位継承者のする事ではありません!」


 突然閣下の隣に居た奴が叫びだしたんでびっくりしたよ。そういえばゾルタンもいたんだった。テレジア閣下のおかげで、すっかり影が薄くなってて存在を忘れてた。まあでもゾルタンの言う事も一理ある。


「じゃああなたはどこか別の場所に行ってなさい」


 それだけ言うと、テレジア閣下は振り返りもせずに出口へ直行した。そしてゾルタンは、何かを一生懸命訴えていたようだが、まったく相手にされていなかった。


「えーっと、とりあえず体を洗って着替えた方がいいですかね?」


「そうじゃな」


 俺はバリーから許可をもらって、一旦自分の部屋へと戻ることにした。はあ、気が重い。それにしても、レオンハルトの名前を出した途端、急に眼の色が変わったな。もしかして、あの二人って何かあったりするのかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る