第15話 何ともないわけがなかったんだ
今日は職業訓練所の実践訓練の日だ。
さっき、いじめっ子達の所業を、俺が先生達に全部チクるという、一大イベントはあったものの、メインイベントは本来こっちなのだ。
なので、俺、アルフォンス、ヴィルヘルミーナ先生、ティルデの4人パーティーで、森の中を進んでいる。
え?なんかおかしくねーかって?奇遇だな、俺もさっきからなんでこんな事になってるんだって思ってた所だ。生徒達だけの実践訓練のパーティーに、先生役の人間が二人も付いて来てるんだからな。
はっきり言うと、どうしても人数が足りなかったんだよ。4人パーティーを組んで訓練に臨むはずだったんだけど、俺がさっきマルセル先生(笑)にいじめっ子として報告した6人が、なんと1週間の停学になっちまったんだ。
で、他の奴らはすでにパーティーを組み終えてて、停学になった6人を除くと、俺とアルフォンスの2人だけになってしまったわけ。それで足りない面子の分を、ヴィルちゃんとティルデで補ってるわけだ。
アルフォンスは、ヴィルちゃんと同じパーティーになれると知って、そりゃもうハイテンションだ。さっきまで、いじめられて顔面蒼白だった奴と同じ人物とは思えないくらいにな。
逆に、さっきまでとは真逆にローテンションなのがマルセルだ。ティルデが人数不足を補う為、俺と同じパーティーに入るって話をすると、慌てて「俺がこのPTに入るから、ティルデは全体の監督を頼む!」って言い出したんだ。
でもティルデから「今回の責任者はあなたなんだから、あなたが監督しないでどうするのよ」って返されて、反論できずに今に至っている。
あまりに可哀想だったので、「ティルデ、今日はよろしくご指導お願いします」って、ニコッと笑ってティルデに言ってやったんだ。
そしたらティルデも「あら、今日は厳しく鍛えてあげるわよ」って笑いながら返してきて、今度は俺が「えー、お手柔らかに頼みますよ~」って良い感じに和やかな会話を繰り広げていた。
マルセルの目の前でなw
いやあ、あいつそのうち血の涙を流すんじゃないかってくらい歯ぎしりしながら悔しがってたなあ。いや、そんな事はどうでもよくてだな、そう、今日は実践訓練だ。
冒険者ギルドには、冒険者からは見向きもされないようなクエストもゴロゴロと転がっている。そんなクエストを、職業訓練学校で請け負い、その報酬が学校運営資金の一部となっている。これは前も言ったかもしれないな。
俺とアルフォンスのパーティーは、ヴィルちゃんとティルデが居るとはいえ、基本的には生徒二人だけで課題に取り組む事になっている。ただし、先生役が二人もいるので、少しレベルの高いクエストを今日は請け負っていた。
「森に住み着いたゴブリンの退治をお願いします」という、レベル5くらいのパーティーが受けるクエストらしい。俺たちは二人ともレベル1なんだけど、そこは先生が多少のサポートをするから安心してくれとのことだった。
ただし「先生達への指示は俺とアルフォンスが行う事」が条件だ。先生達は単独では何も行わず、全部俺たちの指示通りに行うらしい。なので、戦略的な事は全部自分達で考えなきゃいけない。
これだったら、いくら先生たちがパーティーに入っていても、最終的には自分たちの力でどうにかしなきゃいけないわけだ。
そんな事を考えていると、ゴブリンたちの棲み処とみられる洞窟の入り口に辿り着いた。入り口には、見張りと思われるゴブリンが2匹立っていた。クエスト情報では5匹のゴブリンという話だったはず。
「コレナガシン、とりあえず、見張りの一匹を僕が眠らせて、残りの一匹を君が倒すっていうのはどうだ?」
アルフォンスの提案は俺にも魅力的に見えた。なので、それで行こう!と返事をする。
アルフォンスは俺の返事を聞くか聞かないかのタイミングですでに詠唱を唱えていた。そして詠唱が終わると同時に、左側のゴブリンが足元から崩れ落ちていく。アルフォンスの魔法が効いたようだ。
それを見た俺は、鞘から剣を引き抜きつつもう一匹のゴブリンの方へ走っていき、上段に構えた剣を一気に振り下ろした!
いや、正確には「振り下ろしたつもり」だった。
実際には、ティルデが剣を横に振りぬき、ゴブリンは胴体が真っ二つに分かれている。
あれ?いや、今のは俺が倒すはずじゃなかったの?なんでティルデが・・・。いやちょっと待て。なんで俺の横にアルフォンスがいるんだ?俺は走ってゴブリンのとこまで来てたはずだぞ?
あれ?ちょっと待て。なんで俺、鞘に入ったままの剣の柄を握ったままなんだ?あれ?なんで俺、手足がこんなに震えて・・・・・。
「シン!」
俺が混乱の極みの中に居ると、ティルデが声をかけてきた。
「シン、大丈夫なの!?」
そういうと、カチコチに固まった俺の手から剣をそっと離し、何が起こってるのか全くわかっていない俺を自分の背に俺を乗せてから「一旦ここを離れましょう!」と宣言した。
**********
俺を背負ったまま、さっきの洞窟からそれなりに離れた河原にやってきたティルデは、俺を大きな岩にもたれさせる格好で座らせた。
そして、ヴィルヘルミーナが何かをつぶやくと、俺の体の重さとか手足の震え、心臓の動悸の激しさが軽減されていく。
「大丈夫?」
ティルデの問いかけに、俺は軽くうなずいた。
実際、全く動かなかった手足は感覚が戻りつつあるし、激しかった心臓の動悸も収まりつつある。何より、呼吸困難に陥るかと思うほどの息苦しさが大きく改善された。
「それにしても、急になんで・・・・」
アルフォンスの問いかけに、俺は「わからん」としか答えられない。
だって自分でもわからないんだよ。こいつがスリープの魔法をゴブリンにかけて、それでいざ俺が剣を抜いてもう一匹を倒しに行こうと思ったら、急に体が動かなくなって・・・。
で、あとはさっきの通り、ティルデがゴブリンを倒し、その後、俺を担いでこの河原までやってきたってわけだ。
呼吸も整ってきて落ち着いて見てみると、かなり大きな川であることがわかった。近くには小型の船も停留してある。
「コレナガシン君、あなた、どのタイミングでさっきのような状態に陥ったか覚えてますか?」
ヴィルヘルミーナが俺にそう尋ねてきた。
タイミング・・・、最初はたぶん、ゴブリンの姿を見た時が最初だったかもしれない・・。剣の柄を握った時には、体がガチガチに硬直して、体が全くいう事を訊かなくなった気がする。なので、その通りに彼女に答えた。
すると、ヴィルヘルミーナとティルデは2・3言葉を交わした後、俺にこう言ってきた。
心的外傷後ストレス障害、つまり一般的に言われている「トラウマ」の可能性が高い、と。
原因の可能性として一番高いのは、この前森の中で起こった出来事だろうと言われた。
あの時、あの化け物から逃げる最中、全く面識が無かったとは言え、人が潰れて死ぬのを俺ははっきりとこの目で見てしまった。そして俺自身も、あの化け物の攻撃で負傷している。
そして今日、場面は違うとはいえ、モンスターを相手に剣を抜こうとしたことで、体と心があの時の場面を思い出し、機能麻痺に陥った。
「とりあえず今日の実践訓練は中断。ただし、アルフォンス・フォン・ゼークトは、今回の実践訓練は実習済みとする」
ヴィルヘルミーナがそう宣言して、今日の訓練の終了を告げた。
体力的にもかなり回復した俺は、学校への帰路は自力で歩いて行くことも可能だった。そこそこの距離もあったので、この時間に俺のトラウマについての疑問をヴィルヘルミーナに聞くことにした。
なんでヴィルヘルミーナに聞くのかって?なんと彼女さ、神官職の資格を持っていて、そういった医学方面にも明るいらしい。しかしいいのか?神官職の人間が網タイツでSMとか。そんな事を考えるくらいの心の余裕は回復していたと思う。
「恐らく、短期間での障害の克服は99%不可能でしょうね」
それがヴィルヘルミーナが出した答えだった。
ゴブリンと言う、モンスター界のヒエラルキーでも最下位に属するような奴相手に、あのような症状が出た。ということは、他のモンスターでも間違いなくさっきのような症状が出るだろうという結論だ。
つまりそれはどういう事かと言うと、この世界での冒険者になるという目標は、ここ数年では達成できる見込みがほとんど無い、と言うことを意味する。俺がおやじになる頃には可能かもって事だ。
「でも、大抵の人は幼少期にモンスターとの遭遇や、戦いでの誰かの死を何度も経験するので、そういったトラウマは成長するにつれ消えていくものなんですけどね」
ヴィルヘルミーナ先生は不思議そうにそう語る。
そりゃあ、俺には当てはまらないはずだよな。俺の姿かたちは、15歳の少年だが、この世界での年齢は「0」歳に等しい。
つい先日まで普通にサラリーマンやってて、モンスターと戦闘なんか、TVゲームの中でしかやった事ねーよ。しかも俺はグロイゲームが苦手で、最近流行りのZ指定の洋ゲーなんか全部スルーするほどだったんだ。
そんな奴が、初めての戦闘で人が潰されるのを見て、そして自分も負傷した。俺が思ってるより、あの出来事は心の負担になってたんだろう。何とも無いってわけは無かったんだよ。しかも、慣れない異世界で知り合いも居ない、そんな状況でだ。
はあ、これからどうしよう・・。
やっと第二の人生を頑張ろうと決意した矢先にこれだよ。俺は正直、物凄く気落ちしていた。
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