午後20時45分 T-21にあるNG本社 37階

 上の階へ目指そうと駆け出したのも束の間、ヴェラ達の進む道には彼女達の登場を予期していたかのように分厚い布陣が整えられていた。通路の途中に机や椅子を積み重ねたバリケードが築かれて、その向こう側に陣取った大魔縁の部隊がバリケード越しに発砲してくる。

「こんな短時間で歓迎パーティーを開いてくれるなんて、何て優しい人なんでしょう!? ほーら、パーティーの返礼だ!」

 オリヴァーが通路の曲がり角に隠れながらマシンガンの引き金を絞る。弾丸の多くはバリゲードに阻まれるが、残りの少数が大魔縁の信者に命中し、その人物は頭から血の花弁を撒き散らしながら横転した。

 トシヤも負けじと握り締めた手榴弾をバリケードの向こうへ放り投げ、向こう側で隠れていた信者達を纏めて一掃した。

「行くよ!」

 ヴェラのGOサインと共に一同は駆け出し、倒れている信者達の骸に目も暮れずに再び階段を上り始めた。すると、通信機からサムの声が銃撃をBGMにしながら鼓膜に流れて来た。

『ヴェラ、大丈夫か!? 今さっき、エレベーターの方から凄まじい音が聞こえたぞ!?』

「ええ、妨害を受けた挙句にエレベーターを切り落とされたの。でも、大丈夫よ。全員生きているわ。でも、37階で降りたから目的地の到着までに、もう少し時間が掛かりそうだけど」

『そりゃ良かった。こっちは今丁度30階で戦闘中だ。連中は死に物狂いだ。体に爆弾巻き付けて、突っ込んでくる特攻野郎も居やがる。こいつらは大昔の日本軍か何かか!?』

「ええ、知っている。私達も爆弾を握り締めたまま突っ込んでくる信者を見たからね」

『兎に角、気を付けろよ。こっちが片付いたら、直ぐに追い駆けるからな!』

 そう言って通信が途切れると、ヴェラは階段を上る足を止めずに仲間達を一瞥した。

「今の話、聞いてたわよね?」

「ああ、しっかりとな。まぁ、何を今更って感もあるけどな」

「向こうの命知らずはT-12や、それまでの戦いで嫌という程に知り尽くしましたからね」

 オリヴァーやスーンでさえも苦い顔を隠せない程に、大魔縁の戦いは常軌を逸している。そこまでして大魔縁に忠誠を誓う理由が何なのかは分からないが、彼等は他者――彼女達や信仰に従わない者――に対して凄まじいまでに排他的だ。それ故に容赦なんて二文字は存在しないのだろう。

「どちらにしても、ここから先は慎重に進んだ方が良いかもしれないわね」

 ヴェラは進むスピードを若干落とし、慎重に進んで行った。しかし、39階まで上っても信者達と遭遇出来ず、四人は肩透かしを受ける羽目になる。

 何事も無く順調に進める事自体はそれはそれで幸運かもしれないが、少し考えれば敵が更に上の階での守りを固めているかもしれないという可能性が必然的に頭に浮かぶ。しかも、その守りの中には自爆や特攻も含まれていると考えると、ヴェラ達の背筋に恐ろしさから来る悪寒が走るのも無理ない話である。

 そして踊り場を抜けて40階に辿り着いた瞬間、早速彼女達の予想は的中した。通路上には戦闘車両の荷台に搭載されていたのと同型の機関砲が、ヴェラ達の来る階段に砲口を向ける形で配置されており、彼女達が姿を現したのと同時に火を噴いたのだ。

「階段に隠れて! 早く!!」

 激しい機関銃の雨に晒され掛けたが、ヴェラの判断で咄嗟に階段の下に逃げ込み、更に頭を庇うように両腕で抑え込んだ。銃弾が硬い床を削って四人の頭上を通り過ぎ、踊り場の壁に無数の穴を穿つ。それを見たオリヴァーは疑問を口に出さずにはいられなかった。

「機関砲だと!? どうやってあんなデカブツを40階に持ち込みやがったんだ!?」

「それは分からないけど、少なくとも昨日今日の話じゃないでしょうね。恐らく、此処を占拠した時から防衛戦を意識して組み込んだんでしょうよ」

「くそ、このままじゃ前に進めねぇぞ! 最新鋭技術の塊であるゴングの装甲が硬いからって、中身の俺達の身体も硬い訳じゃないんだ!」

「ええ、分かっているわ……」

 前に進むどころか頭すら出せない状況を、どうやって打開するかヴェラは考えた。そして暫くしてヴェラの脳裏に一つの考えが浮かんだ。裏の非常階段から回っているロッシュ達に応援を頼むのはどうか? 思い立ったが吉日、ヴェラは早速ロッシュへ通信を送った。

「ロッシュ、聞こえている?」

『ああ、聞こえているよ。感度はバッチリ、問題はないぜ』

 サムと会話をしていた時とは異なる、少し砕けた――ハッキリ言ってチャラい――感じの口調がヴェラの通信機に伝わって来た。

 サムの前では真面目な青年を演じてるが、これが彼の素の口調だ。本人はサムに自分の口調の秘密を知られていないと思っているらしいが、実はサムにしっかりと把握されているので会社内ではちょっとしたネタになっている。

 そんなしょうもない事実はさて置いて、ヴェラは非常階段を上がっているロッシュに応援を要請した。

「ロッシュ、私達は敵の攻撃に阻まれて身動きが取れないの。そっちの非常階段から回り込めない? 場所は40階なんだけど、そっちは今何階まで来ているの?」

『此方は今30階を切った所だ。直ぐに―――』

 ロッシュの台詞は最後まで言い切れなかった。台詞の途中で凄まじい爆発音が通信機越しに響き渡り、彼の続く筈だった言葉を飲み込んだ挙句に通信すらをも断絶したのだ。

 爆発音は通信機越しだけでなく、ヘルメットの外側からも鮮明に伝わってきており、それが爆発力の大きさを物語り、同時に彼の身に何かが起こった事を知らせていた。

「ロッシュ!? ロッシュ!!」

『おい、ヴェラ! 聞こえるか!?』

 ロッシュの呼び掛けに言葉が返ってきたが、その主はロッシュではなくサムだった。彼もまた今の爆発音を耳にしたからか、声に緊張感が滲み出ていた。

「サム、ロッシュからの通信が途絶えたの! 一体何があったの!?」

『ああ、俺も直接目にしていなったから何とも言えんが、非常階段の踊り場付近が木っ端微塵に吹き飛んでる。恐らく爆発物が仕掛けられていたんだろう』

「じゃあ、ロッシュ達は……」

『いくらゴングのアーマーが爆発から身を守ってくれたとしても、この高さから落ちたとなれば……助かっちゃいないだろうな』

 サムの諦念めいた口調に、ヴェラは落胆を覚えずにいられなかった。状況を打破する方法をロッシュに懸けようとしていた矢先にこれだ。再び状況は振り出しに戻ったとしか言い様がない。

『こっちは丁度30階の対空攻撃部隊を鎮圧し終えたところだ。直ぐにそっちの応援に向かう』

「ええ、そうしてくれると有難いわ。でも、エレベーターは止めた方が良いわよ」

『ああ、そうするよ。地獄へのジェットコースターを味わうのは俺も御免だからな』

 そして通信が切れたのを見計らい、「来ても出来る事があるとは限らないけどね……」と未だに鳴り止まない鉄の豪雨の軌跡を見ながら溜息を漏らした。だが、そこでふと視線を周囲に巡らすと一人足りない事に気付いた。

「ねぇ、スーンは何処?」

 スーンの不在に気付いて男二人が周りを見渡すと、後ろにある階段の踊り場の方に視線を止めた。それに釣られて振り返ると、壁に張られた機械パネルを取り外し、中の電飾の一部とパッドを直接繋げているスーンの姿があった。

「スーン、何しているの?」

「いや、僕なりに考えた策があるんですけど……もしかしたら、あの機関砲を黙らせる事が出来るかもしれません」

 その一言にトシヤとオリヴァーは驚いたように互いの顔を見合わせ、ヴェラは期待を込めた眼差しを彼に投げ掛けた。あれを止められる術が本当にあるのかと普通なら疑うべきかもしれないが、彼の声には微塵の揺るぎも無い。即ち、余程の自信があるという意味だ。

「じゃあ、その策を聞かせて貰おうじゃない」

 ヴェラが口角を釣り上げながら尋ねると、スーンは軽く頷き自身が考えた策を披露した。



 ヴェラ達が40階に到達してから2分が経過した。彼等を攻撃していた機関砲は弾丸を吐き出すのを止め、獲物を待ち構える猫のように標的が出てくる瞬間を待ち続けている。

 先程とは打って変わった静けさが通路を支配し、大魔縁の信者達の顔には緊張が張り付けられており、全員が眠る事も許さないと言わんばかりに眉間に皺を寄せながら階段をにらみ続けた。

 そして漸く事態は動き始めた。階段の方から二人……オリヴァーとヴェラがひょっこりと顔を覗かせたのだ。機関砲の後ろにある銃座に付いていた兵士が二人の顔を遠くから見付け、引き金を指に掛けた時だった。

 ポツリと冷たい滴が顔に当たり、思わず引き金を引く指を止めて上を見上げた。すると天井に付いていたスプリンクラーから大量の水が放射状に放たれ、あっという間に廊下一面を水浸しにしてしまう。

 何でスプリンクラーが作動したんだ?――という疑問を抱いたのも束の間、すぐに自分の任務をハッと思い出して前を見る。その頃には既に円筒状の物体がオリヴァーとヴェラの手を離れ、此方に投げ込まれていた。

 手榴弾の類か? 投げ込まれた物体の形からして、そう思ったものの兵士は全く動じなかった。例え自分が手榴弾でやられても、ここに座る代わりの兵士は幾らでもいる。要するに、この機関砲そのものを破壊しない限りは此方の優位は絶対なのだ―――そう思っていた。

 ところが円筒状の物体は爆弾でも何でもなかった。二人が投げたソレは彼女達が常備していた、液体状のGエナジーを大量に保有する特殊な小型タンクだ。それは機関砲の真上でバッと二つに分かれ、満たされていたGエナジーを機関砲や辺りに撒き散らした。

「くそ、ふざけた真似をしやがって!」

 Gエナジーに塗れた男は苛立ちながら機関銃の引き金を絞り、二人に弾丸の雨を浴びせ掛けた。既に姿が見えない事から隠れたに違いないが、それでも腹が治まらない男は構わずに撃ち続けた。

 目先の怒りに捉われていたせいか、彼は気付いていなかった。煌々とした緑光を放つGエナジーの液体がスプリンクラーの水に溶けて、通路一体に広がりつつある事に。

 そしてGエナジーの混じった水がヴェラ達の隠れる階段へと流れついた瞬間、彼女達の居る方から此方に向かって、緑色に燃える炎の津波が押し寄せて来た。

「なっ!?」

 男が目の前の光景に息を飲んだが、最早何もかもが手遅れだ。炎の津波は機関砲と銃座に座っていた彼、更に奥の方で待ち構えていた信者達をも飲み込み、何もかもを炎の中に沈めていった。



「おおー、スーンの考えた作戦はものの見事に的中したなぁ」

「いや、僕もまさか此処までだとは……正直予想外でした」

 スーンの考えた作戦とはGエナジーの特性を利用した、一種の焦土作戦みたいなものであった。Gエナジーは水に溶け易いという性質を持っており、そこに着目したスーンは自身のパッドと建物に組み込まれた防災システムとをリンクさせて、スプリンクラーの誤作動を引き起こし、廊下を水浸しにしたのだ。

 スプリンクラーの水にGエナジーが溶ければ準備は完了したも同然だ。そして仕上げにGエナジーを含んだ水をヒートホークの高熱で発火させれば、今みたいな炎の津波がGエナジーと混じり合った水を通って通路を駆け抜け、焦土作戦が完了するという仕組みだ。

「というか、この炎めっちゃ燃え上がっているけど……大丈夫なのか?」

「ええ、大丈夫ですよ。Gエナジーで生み出される火は出だしこそ業火の如く勢いが強いですけど、その分消炎も早いですから。ほら」

 オリヴァーの疑問にスーンがそう答えると、彼の言う通り通路を支配していた火の海はみるみると下火へと変わっていき、遂には風前の灯火みたいな弱々しい火へと弱体化していく。

 そうして完全に鎮火すると、黒ずんだ通路には焼け焦げた人間の焼死体と、辛うじて原形こそ残っているものの意味を成さなくなった機関砲とバリケードの山ばかりが残っていた。過程を見ずにこれだけを見ると、超常現象オカルト的な何かが起こったのではと勘違いしそうだ。

「ヴェラ!」

「……サム!」

 そこでサムのチームが追い付き、ヴェラ達と肩を並べ合った。

「待たせたな。下の方で歓迎を受けちまってな。そいつらの相手をしてたら遅れちまった」

「気にしないで。こっちも丁度終わった所よ」

「ああ、そうみたいだな。相当派手なパーティーみたいだったな」

 焼け焦げた通路を見て、サムは此処で何が起こったのかを大凡ながら理解したらしい。

 すると外の方からチカリと眩いスポットライトの光が差し込み、窓の方へ目を向ければオスプレイが再び本社前に着陸しようと試みていた。先程は建物内からの砲撃で苦しめられていたが、今度は敵の砲撃もなく無事着陸に成功すると、後部ハッチから20人余りの武装した兵士達が飛び降り、建物の中へと入って行く姿が見えた。

「これで海軍への御膳立ては完了した。今度は俺達の仕事を終わらせる番だ。本当の意味でな」

「ええ、そうね」

 サムの言葉に相槌を打つと、黒く焼け焦げた道を渡って最奥にある階段に向かっていった。最上階まで残り10階……終わりは目の前に近付きつつあった。

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