第52話 天才と武闘大会 初日・観覧室2


「あー、にしても良いもん見れたな。もし次の戦いで敗れても、悔いはないぜ」

「む。――確かに」


 この男どもは本当にどうしようもない。

 彼らはぐびぐびと回復薬を飲んでいた。


「分かっていると思うが、あれらと一緒にするなよ」


 エルフ様な彼が言う。

 分かっていますと言わんばかりに、私はうなづいた。


「ならいい。……ふむ、次の戦いが始まるようだ」


 彼の言葉に促されて、窓に張り付く。

 フィールドに集まっている者たちは皆、剣を構えていた。魔術師は居ないようである。


「これは時間がかかりそうだ。皆の力量が均衡している」

「だな。運とちょっとばかしの知恵で、勝敗が決するぞ」


 二人の言葉通り、遅々として勝敗は決まらなかった。

 一対一、もしくは三つ巴どもえの状態で、決定打にかけた状態だ。


 ――とてもじゃないが、キレイな戦いとは言い難い。



「ねえ、みんなは“キレイな戦闘”って聞いて、どんなものを思い浮かべるのかしら?」


 見ごたえのあるようなものでもないため、弛緩した空気が流れていた。なのでついでとばかりに聞く。


「あらぁ、急ねぇ。うーん、キレイな戦闘ぅ? そうねぇ、花びらでも舞えばいいんじゃないかしらぁ?」


 魔術師の女性はバラの花を作り出すと、空中に投げた。

 それらは宙でほどけると、花びらの雨として降り注ぐ。


 ――確かにキレイだ。


「キレイっつったらアレだろ。スッパーンと一撃で仕留めることじゃねえか?」


 大剣を振り下ろすフリをして、男が言う。断面が真っすぐであればあるほどいいらしい。


「よくわからぬが、飛び跳ねるのはどうだ? 敵の攻撃を軽やかに飛び避ける。これも美しいと思うぞ」


 軽やかなステップは、さぞかしキレイだろう。特に獣人の彼はスピードもありそうだ。

 素早い動きはかく乱にいいかもしれない。


「何故そんなものを聞いているかは知らないが、変な小細工など入れずに素直に戦え。……技も決まらず負けるなど、無様以外の何ものでもないぞ」


 エルフ様な彼からお小言を貰う。しかし、その通りだ。

 技を外すのも、負けるのも無様。それはなんとしてでも避けなければならない。


「なるほど、つまり――花びらが舞ってて、素早く動き、外さず一撃で相手を倒せば、キレイな戦闘になるのね!」


「おう、全部を詰め込んだな」

「行うとなると、とても難しそうであるな」

「でもぉ、それが決まればとってもキレイでしょうねぇ」


 三人から賛同を得られた。よし、ならば次はそれで決めよう。


 エルフ様な彼は私をチラリと見ると、盛大にため息を吐いた。呆れられたようだ。


「おお! ついに戦況が動きそうだぞ!!」


 急いで覗き込む。

 一対一で戦っていた者たちの一人が、地面に倒れ伏した。相当な量の血も出ている。


 審判が合図を出し、外部から入ってきた人たちがその倒れた者を運んで行った。


 勝った者は素早く回復薬を飲むと、三つ巴になっているところへと殴り込みに向かう。

 それに気を取られた者が他の者に斬りかかられる。重症だ。回復薬を飲む間もなく、もう一度斬られ、倒れた。


 場にいるのは三人だけとなった。


 やはり興味が持てなくて、何となしに客席を見渡す。

 すると見慣れたうさ耳カチューシャが見えた。フィーだ。

 彼女はうさ耳をピコピコと動かして、とても楽しそうに観覧していた。思わず頬が緩む。


 ――彼女に恥じない戦いをしなければ。


 緊張していたのだろうか。フィーを見つけてから、空腹に気づいた。

 キレイな戦闘というものもわかったし、ご飯を買いに行こう。側にいる彼らに退室する旨を伝えて、扉に向かう。


「――待て」


 しかし、呼び止められてしまった。振り向けば、怖い顔をしたエルフがいる。


「いいか、これはお遊びではない。命と名声と誇りをかけた戦いなんだ。キレイだのなんだの、浮ついたことを言っていると、――死ぬぞ」


 彼は瞳まで美しい。


 その瞳に睨まれた。

 きっと、彼には覚悟が足りないように見えたのだろう。人の命を奪うかもしれない、その覚悟が。

 だから、この忠告は彼なりの優しさなのだと思う。けれど。


「気分を害してしまったのなら、ごめんなさい。でも、喜ばせたい人がいるの」


 年の割には落ち着いている子。命を狙われていると言っていた子。強くなりたいと願い、弱いことを嘆いた子。


「――友人なのよ」


 この世界で初めてできた友人を喜ばせたい。それはいけない願いだろうか? 覚悟が足りないだろうか?


「心配してくれてありがとう」


 軽く会釈をして、私はその部屋を後にした。

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