第39話 天才と挑発


 野次馬がわらわらと集まってくる。

 何かのイベントだと勘違いしている奴もいるようだ。はやし立てるように、口笛が響いた。


「ここはオレたちの縄張りだ。勝手なことをする輩は、しめている。……だが、てめえは泣いて懇願すれば、可愛がってやってもいいぜ?」

「あら、ごめんなさい。低能の下に付く気はないの」


 髪を払い、そう言ってのければ男は顔を真っ赤にして怒った。


「てめぇ! ガキだからって許してもらえると思うなよっ!!」


 この男とまともに会話する気はない。

 手で男の動きを制して言う。


「でも、あなたたちがここのリーダーだと言うのなら、そうなのでしょう。だったら、ここで争い事を起こすなんて、双方にとって良くないんじゃないかしら?」

「……あぁん? どういうことだ」


 男は怪訝そうな顔をした。


「こんなところで戦わなくったって、もうすぐ良い場が整うじゃない。武闘大会、そこで思う存分競いましょう」

「んなこと言って、逃げる気だろうが。そうはいかねえぞ」


 ――その言葉を待っていた。


「そんなことしないわよ。だからここで宣言してあげる」


 自分でもあくどい笑みだと感じる顔で笑う。


 大きく息を吸い込んで、高らかに言った。


「私はクレア・ジーニアス! 天才の名を語るもの! 謂われない罪に問われた屈辱、武闘大会で晴らして見せるわ!! 勝った者が真実、負けた者が虚偽! この男に勝って優勝して見せるから、武闘大会では楽しみにしていなさい!!」


 風の魔法で声を遠くまで届けた。

 だからだろう。周りだけでなく、離れたところからも歓声が沸く。


 ――お祭り野郎ばかりで助かった。


 勢いというのは大事だ。先ほどよりも多くの口笛が飛び交う。


「ここまでして、逃げたら恥だわ。……それともあなたは逃げるのかしら? 不意打ちで勝負を挑まないと勝てないの?」

「くそが、安い挑発しやがって……! いいだろう、せいぜい準備を念入りにしとくんだな!!」


 そう言うと、男たちは来た時と同じように、野次馬を押しのけ帰っていった。


 どうせ私は優勝するのだ。これぐらいの障壁はあってないようなもの。

 いい感じにまとめられて、達成感であふれていたのだが。


「……貴様、注目され過ぎだ」


 オルザに頭をつかまれて、引きずられるように宿へと強制的に帰らせられた。



「クレア! 大丈夫だったの!?」


 宿に戻ると、フィーが出迎えてくれた。

 いつの間にかいなくなっていたと思ったら、混乱に乗じて先に帰っていたらしい。


「ええ、何も問題はないわよ」

「嘘を吐くな。問題ありまくりだ。無駄に注目を浴びやがって」


 オルザがフードを脱ぎ捨てる。


「でも、私が目立たなければ、あなたにばかり視線がいっていたわよ」

「わかっている! ……だから、まぁ。感謝は、している」

「おお、これがツンデレね!」


 オルザが、何を言っているんだこいつといった目で私を見た。

 意味を知られたらもう二度とデレが見れない気がするので、教えない。


「まあ、私のせいで注目させちゃったのは確かだもの。先にオルザの分の装飾品を作るわ」


 素材袋から、鍋を取り出す。ああ、その前に鍋も新調しなければならなかった。


「しばらく調合するわ。話しかけないでね」

「わかった! 頑張ってね、クレア」

「やるならそっちのテーブルを使え」


 オルザに示されたテーブルに場所を移し、鍋を置く。

 そこへ手に入れたばかりの上質な金属を投入した。人の役に立ちたいと願ったあの子だ。

 そこに魔石と鉱石、宝石も入れる。


 あとはグルグルと混ぜるだけ。ひたすら無心で魔力を注ぎ続けた。

 仕上げに数度、整えるように回して完成だ。


 鍋の中から、鍋を取り出す。

 点検するように眺めて、うなづく。


 ――うん、我ながら良い出来だ。品質も錬金要素も十分。これならしばらく持ちそうである。


「おお! クレア、完成したの!?」

「……いや待て。明らかにその大きさの鍋から出てくるサイズではないよな、それ」

「はっはっは、お疲れさま。クレアお嬢さん」


 少し離れたところから見られていたらしい。

 椅子から飛び降りて、フィーが寄ってきた。


「大きくて、キレイな鍋だね」

「ええ、素材がとても良かったから」


 質と相性の良い金属がもっとたくさんあれば、大釜にしても良かったぐらいだ。

 惜しいが、そう言う巡り会わせだったのだろうと、諦める。


「次はオルザさんのヘアピンを作るわ。また少し離れていてね」

「わかった」


 フィーを離れさせると、新たな鍋をテーブルにセットして、調合を始めた。

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