第76話

「ふむ、この位ならいけそうかな……。はぁああああっ! 塩っ!」


 僕はシオハルコンの壁を作り出し、目測で結界の破損箇所の周りを覆った。



「き、金属の壁が!」

 あっという間にできたシオハルコンの壁に息を呑むリリアンナ。


「こ、これは……」

 見覚えがあるのか言葉少ないエイリーン。


「カチコチですわん」

 壁を叩いて強度を確認するコロ。


「なんていうか……、こうしておけば護衛はいらないかも?」

 完全に破壊箇所を覆ったのでこれで何かが侵入してくる心配はない。

 魔神でも破壊できなかった金属なので過剰防衛なのではと思ってしまうほどだ。


「ですが不足の事態に備えて警備はしておくべきでしょう」

 と、リリアンナ。

 確かに何が起こるか分からないので警戒はしておくべきだろう。


 その辺りは三人に任せようと思う。

 僕はちょっと別のことをしておきたいのだ。


「うん、そうだね。それは三人に頼むよ。僕はこの結界を破壊したモンスターを探してくる。修理してもそのモンスターがいる限りまた壊されちゃうからね」


 そう、いくら修復しても壊した張本人がこの辺りをウロウロしている限り安心できない。ここは大本を絶っておくべきだろう。


「一人では危ないですわん!」

 自分もついていくといわんばかりの勢いで僕に飛びついてくるコロ。


「様子を見てくるだけだから。危なかったらすぐ帰って来るよ」


 僕はそんなコロの頭を撫でながら優しく言った。

 最終的には倒すつもりだがまずは偵察をしに行きたいというのが本心だ。

 相手を確認し、皆で作戦を立てて討伐っていうのが理想だと思う。


 ただレイチェルさんに依頼されたのはこの場所の護衛。

 それを放ってみんなでモンスター捜しをするわけにはいかない。


 それなら僕一人で一旦様子を見てくるのが一番いいのではないかという判断だ。


「む〜、本当?」

 ジト目で睨んでくるエイリーン。


「う、うん。じゃあ、行ってくるね」

 僕はそんな視線にたじろぎながら結界の外へと一歩踏み出した。


「わ、わかりました。くれぐれも気をつけて下さいね」

 僕の判断を理解し、見送ってくれるリリアンナ。


「了解」

 僕は小さく頷くと結界の外に広がる森へと足を踏み入れるのだった。


 …………


 しばらく森の中を歩き回るも結果は芳しくなかった。


 モンスターがいないのだ。


 というか旅館を建てる立地条件として周囲にモンスターが居ない場所を選ぶのは当然だと思うのでいないほうが当たり前なのかもしれない。


 一旦帰って何も見つけられなかったことを報告しようか迷っていると何やら獣の鳴き声が聞こえてきた。


 僕は鳴き声のする方へ慎重に進む。


 すると――


「む、熊か……、すごく大きいな」


 ――巨大な熊が暴れまわっている姿を目撃した。


 巨大な熊は咆哮を上げながら鋭い爪がついた両腕を振り回し、辺りの木々を折ったり切ったりしていた。辺り構わず暴れまわる姿はまるで八つ当たりしているかのようだった。


(あれが結界を破壊した犯人かな……?)


 あの熊が爪を振り下ろしたせいで結界が壊れたのだろうか。


 そう思った瞬間、熊の首がとぶ。


「え?」


 そんな呆気にとられる僕を他所に巨大な熊に覆い被さる巨大な影が現れた。


 巨大な影は森の木漏れ日に照らされ、緑色の体がてらてらと不気味に輝く。


「な、なんだあれは……、カマキリ?」


 影の正体は熊の数倍はあろうかという巨大なカマキリだった。


 巨大なカマキリは熊の首を一瞬で撥ね、その肉を喰らいはじめる。


 僕はその巨大なカマキリの片方の腕にある鎌がボロボロに傷ついているのに気付く。


(あいつだ! 結界を破壊した影響で腕を負傷したんだ……。きっと結界が強すぎて諦めたんだな……)


 確かに結界は破壊されていたけどあのカマキリが入れる大きさではなかった。

 せいぜい僕たちが立って入れる程度の大きさだ。


 多分あのカマキリはあれ以上結界を破壊しようとすれば両腕が使い物にならなくなると判断して宿から離れたんだろう。


(んん〜、様子を見てくるだけって言ったけど隙だらけなんだよな〜)


 今、カマキリは僕に背を向けた状態で熊を無心で食べている。

 いわゆる完全無防備状態なのである。


(これを使えば楽勝のような……)

 僕はそんな事を考えながらローザさんに打って貰ったシオハルコンの剣を抜く。


 ダンジョンで倒した魔神に比べれば眼前のカマキリは大きいだけで硬くはないはず。


(ちょ、ちょっとだけ……、一撃だけ入れてみよう)


 僕はそう思いながらシオハルコンの剣に魔力を通した。


 するとまるで身体の延長線上のようにすんなりと魔力が剣へと流れ込む。

 流れ込んだ魔力は黄金の光を放ちながら魔力刃となって剣から放出された。


(……え?)


 軽く魔力を流しただけなのにその刃渡りは五メートルを越えてしまう……。


(これ以上魔力を通すと逆に振りにくくなりそうだな……)


 そう思いながら僕は超剣術を発動し、巨大カマキリに恐る恐る斬りかかった。


「ぇ、え〜い?」


 頼りない掛け声とは裏腹に僕の一撃を受けた巨大カマキリは水を切るかのようにスッパリと縦に両断されてしまう。


(何の抵抗も感じなかったぞ!?)


 剣の威力に息を呑む僕。


 本当に何の抵抗も感じなかった。

 素振りしているかのような……、せいぜいコップの水をマドラーで混ぜた程度の感覚しかない。


「とりあえず帰ろうかな……」

 僕は眼前に倒れる巨大カマキリの死体を見なかったことにして旅館へと戻った。


 …………


「あ、ご主人様―――っ! 結界が直りましたよ〜!」

 旅館の方へと辿り着くとコロが両手を振って出迎えてくれる。


「ただいま〜、こっちも結界を壊したと思わしきモンスターを倒したよ〜」

 なるべくさらっと、追及されないようにさらっと話すことを心がけて話す。


「偵察だけと言っていましたよね?」

 が、リリアンナの鋭い視線が僕を捕らえた。


「ご、ごめん。丁度食事中で背を見せて隙だらけだったから一撃入れちゃった」

 謝りながらたまたま倒せてしまったことを報告する。


「え、一発で倒しちゃったの?」

 呆気にとられるエイリーン。


「あ、うん。この剣のお陰かな……」

 僕はそう言いながらシオハルコンの剣を抜いて見せた。

 日の光を受けた剣が白銀の輝きを放つ。


「すごいですわん!」

「さすがソルトです」

「かっこいいところ見逃しちゃったな」

 と、感想が返って来る。

 僕はなんとか叱られずに話が収まったことに安堵した。


「結界を壊したモンスターかどうかははっきりしないし、他にもまだいるかもしれないけどね。その辺は宿の人に任せようか。僕たちの仕事は結界修繕の護衛だったしね」


 と、皆に話す。


 ここまでやれば依頼分は十分働いたと思う。


 これ以上はギルドに通してしっかり調べてもらった方がいいだろう。

 僕達だけでやるべきことではない。



「そうですね。ギルドに話が行けば調べてもらえるでしょう」

 僕の意見に賛成してくれるリリアンナ。


「これ以上は面倒事が増えそうだしね〜」

 いつもの調子を取り戻しつつあるエイリーンが尻尾を波打たせた。


「じゃあ、レイチェルさんに報告しよっか」

 僕は旅館の方へ向けて歩き出した。



「呼んできましたっ!」


 いつの間にかいないなと思ったらコロが元気な声とともにレイチェルさんを連れてやって来た。満面の笑みを浮かべたコロはこちらへ手を振りながら駆けて来る。


「護衛、ありがとうございました。こちらが謝礼になります」

 レイチェルさんはコロと一緒に駆けてきたせいか少し息を切らしながら僕へお金を渡してくる。


「こちらこそありがとうございます。一応結界を破壊したと思うモンスターも倒したんですが一体とは限らないのでギルドへ報告し、調査をお願いしたほうがいいかと思います」

 僕は報酬を受け取りながらざっくりと報告を済ませた。


 僕がギルドに報告してもいいけど、ここは宿の問題として処理した方がいいだろう。


「モンスターまで討伐してくださったんですか!? それではもう少し金額を上乗せした方が……」

 僕の言葉を聞いて考え込むレイチェルさん。

 余計な事を言っちゃったかな……。


「あ、いえ。確証がないのでそれはいいです。それより調査をしっかりした方がいいと思います」

 追加の報酬は断りつつ、周囲を徹底的に調べた方がいいと言っておく。

 折角直したのにまた壊れたらもったいないしね。


「わかりました……。何から何までありがとうございます。何とお礼を申し上げていいのやら……」

 レイチェルさんは恐縮しきりといった様子で何度も頭を下げてきた。


「いえいえこちらこそ、短い間でしたがとても良い逗留になりました。今回は招待してもらったんですが今度は是非自分のお金で泊まりに来たいです」


 ここにはまた来たい。

 この旅館へ来ると日本の事を思い出せてとても懐かしかった。

 まだこの世界に来てわずかな月日しか経っていないが懐かしいという言葉以外でこの気持ちは表現できない。


 温泉につかって布団で寝る。たったそれだけの事だったのにとても心が安らいだのだ。



「その時を心よりお待ち申しております。今回はありがとうございました」


「いえ、ではっ」

 レイチェルさんの言葉に僕達は軽く頭を下げると旅館を後にした。


 今回はとてもリフレッシュできた。


 それは僕だけでない。

 皆の顔を見ればそれがよくわかる。

 町に帰ったら是非ギンギンさんにお礼が言いたい。



 僕はそんな事を考えながら町を目指すのだった。



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