第52話

「仕事は辞めた。これで私もお客です! さあ、塩を! 私にありったけの塩をお願いしますソルト!」


 ――塩を注文した。



 制服を脱げば問題ないと判断したのだろうか。

 私服姿マイクロビキニのリリアンナは背筋をピンと伸ばし片手を上げて僕をじっと見つめてくる。


「はい、お客さんも多いし忙しいからそれ食べたら仕事に戻ってね」

 僕は仕方なくリリアンナに塩セットを出す。


「恩に着ます! 一生恩に着ます! どこまでも着いていきますソルト! いただきます!」

 色んなことを早口で言ったリリアンナは塩セットにむしゃぶりついた。


「やれやれ、リリアンナにも困ったものだな」

 そんな塩の虜となったリリアンナを見て、僕はふぅと溜息をつくのだった。


 …………


 その後、来客はとどまることを知らず店は盛況の状態を保ち続けた。


 日も暮れて辺りの喧騒が夜の空気に吸い込まれる時間になると店に訪れる人もいなくなり、僕たちしかいなくなった店内は静けさを取り戻しつつあった。



「ふう、なんとか終わったね」


 何とかお客を捌ききり一息つく。


「お疲れ様ですっ!」

 額を手の甲で拭いながらやりとげた表情のコロ。

「おつかれ〜」

 両手に腰を当ててぐっと伸びをするエイリーン。



「ッ!? ラストオーダーがまだ来ていないですよ!」


 テーブルをバンバンと叩くリリアンナ。



「リリアンナ……」

 僕は未だに塩を求めるリリアンナを見て絶句する。



 そんなリリアンナの傍で椅子に腰掛けたクッコさんが虚ろな表情で塩のように真っ白になっていた。



「他の店が閉店状態だったとはいえ今日の盛況ぶりは異常だった……。俺の料理は一体なんだったんだ………………。塩屋に改装するか……」


 完全に自信を失ってしまったクッコさん。



「は、早まらないでくださいっ! 絶対一時的なものですって!」


 僕はクッコさんの元へ駆けつけ精一杯励ます。

 実際こんな塩ブームはすぐ廃れるだろう。やはり多用な料理に勝てるはずもない。



「そうか? 俺にはそうは思えない……、俺なんて塩に負ける程度の料理しか作れない矮小な存在なんだ……」

 ははっ、と力なく微笑むクッコさん。その眼は死んだ魚のようだった。



「気をしっかり! 気をしっかり持ってください! クッコさんは立派な人です!」


「そ、そうか……?」

 僕の言葉を聞いたクッコさんの瞳に少し火が灯る。


「はいっ! クッコさんの料理、僕は好きですよ!」

 もう一押しと思い、更に励ます。



 と、次の瞬間――


「ここか! 塩を出す店というのは! わらわにも塩を一つ頼むのじゃ!」


 ――ギルドマスターが扉を開けて元気良く店内に入ってきた。



 そんな光景を見て“やっぱりな”と、肩を落とすクッコさん。


 クッコさんの瞳に宿った灯火があっけなく消える。


 ちょっとタイミングが悪すぎるよ……。



「あ、閉店です〜」


 そんなギルドマスターを容赦なく追い返すエイリーン。


「あっ! こらエイリーン! 開けろ! あっ、入れて! お願いだから入れて!」

 必死にドアを叩きながら入れてくれと懇願するギルドマスター。



「子供をいじめるのは関心しないですわん」

 そんな光景を見かねたコロがドアを開けてギルドマスターを招き入れた。


「ありがとぅうう!」

 よっぽど嬉しかったのかコロに抱きついてお礼を言うギルドマスター。

 ギルドマスターは小さいので丁度コロの胸に顔をうずめる形となってしまう。


「今回は特別わん。ママには内緒ですわん?」

 そんなギルドマスターの頭を撫でてよしよしとあやすコロ。


「ふわあぁ……、ありがと〜! って、わらわは子供ではないわっ!」

 頭を撫でられてうっとりしていたがある瞬間でハッとなり、手を振り払うギルドマスター。


「なら帰ってくださいですわん」

 そんなギルドマスターを締め出すコロ。

 容赦なしである。



「あっ! 子供、子供だから!」


 塩の前に全ての尊厳を捨ててしまうギルドマスター。

 果たしてそれでいいのだろうか……。


「わっふ、素直に認めるべきわん」

 再度店内へ招き入れギルドマスターの頭を撫でるコロ。

 なんか扱いに慣れている感じがする。


「ぐぬぬっ」


「塩一丁はいりま〜す」

 悔しい表情を見せるギルドマスターを他所にエイリーンがオーダーを僕に告げる。



「なっ!? こっちのラストオーダーは通っているのですか! どうなっているんです!」


 それを聞いたリリアンナがバンバンとテーブルを叩く。



「リリアンナは食べすぎですわん」

 手をクロスさせ、“駄目”のポーズをとるコロ。


「そ、そんな……」

 自分の分の塩がないとわかったリリアンナはその場にがっくりと崩れ落ちた。



「あんな……閉店間際に飛び込んで来る客なんて今までいなかった……、やっぱり俺は……」

「あああっ、大丈夫ですって! クッコさんの店は町一番です!」


 塩の様に真っ白になっていくクッコさんを必死で励ましながらオーダーの塩セットを作る僕。閉店間際なのにちょっとした混乱状態である。


「しーお! しーお! 塩なのじゃー! のじゃっ♪ のじゃっ♪」


 ギルドマスターはお子様体型で身長が低いせいか椅子に座ると足が地面に着かない。

 そんな足をぷらぷらさせながらスプーンとフォークを装備し、リズミカルに机を叩いて笑顔で塩を待つ。



「ご、後生だ……、私にも塩を……」


 砂漠で水を求める遭難者のような顔で僕の膝に絡み付いてくるリリアンナ。

 その表情は迫真の演技をする女優のようでなぜか様になっていた。



「しゅ、収拾がつかない……」


 閉店間際の食堂は妙に慌ただしかった。


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