No.72『赤い糸こんがらがり』

佐原「むっ! ちょっとそこいくアナタ!」


根岸「……」


佐原「そこの、そこのアナタ!」


根岸「……」


佐原「待ってスルーしないで! スルーしたら今後ドライブスルーで店員にスルーされる呪いかけるからな!」


根岸「……どういう呪いなんだよそれ」


佐原「そう、そこのアナタ! いやよかったよ、無視されるかと思ったよ。このドキドキ感は例えるならそう、修学旅行で行った奈良で、俺にだけ鹿が寄ってこなかったとき以来!」


根岸「……」


佐原「突然失礼、私、とある研究をしているものでして」


根岸「はぁ」


佐原「御茶ノ水大学の―――」


根岸「大学の院生か何かですか?」


佐原「いえ、御茶ノ水大学の近くにある、お茶の水にはこだわりたいよねカンパニーの社員です」


根岸「なんだその、わからなくはないけどそれ会社名にしちゃうのはどうなのかって感じのそれは」


佐原「ツッコミがモヤモヤしてるなあ、もうちょっとずばーっとお願いしますよ」


根岸「いや知らないよ。素人だし」


佐原「まあ、それはともかく、アナタ、そう、根岸さん」


根岸「なんで俺の名前を……」


佐原「ふふ、こんなの私にかかれば朝飯前、あ、いえ、お茶漬け前ですよ」


根岸「なんだお茶漬け前って」


佐原「朝ごはんです」


根岸「朝飯前と同じじゃないか」


佐原「水にこだわったお茶で作った、お茶漬けなのです!」


根岸「知らんよ」


佐原「さてさて、ところで根岸さん、アナタ、運命の赤い糸って、信じますか?」


根岸「いや、別に……。っていうか、なんか宗教とかそういう感じなら結構です」


佐原「いえいえ、宗教なんてそんな。 ただね……、見えるんですよ、私」


根岸「赤い糸?」


佐原「そう、赤い糸」


根岸「俺の?」


佐原「そう、アナタの」


根岸「へぇ……」


佐原「紫色してますよ」


根岸「赤くないの!? 赤い糸なのに?」


佐原「あ、いえ、小指の先です」


根岸「うっ血してるのかよ! 締めすぎだろ赤い糸!」


佐原「まあそんな些細なことは置いといて」


根岸「お、おう……。まあ俺には見えないし、締まってる感じも無いし……」


佐原「アナタの赤い糸の、あ、いえ、アナタの紫色の小指と繋がってる赤い糸の―――」


根岸「言い直さなくていいよ面倒な」


佐原「赤い糸の先が、誰に繋がっているか、教えて差し上げましょうか?」


根岸「……」


佐原「……ふふふ」


根岸「……それも見えるの?」


佐原「ええ、もちろんです」


根岸「……いいよ」


佐原「あら?」


根岸「奥さん、いるから。子供はいないけど。赤い糸の先が、奥さん以外の誰かに繋がってたら、嫌だし」


佐原「かっこいい」


根岸「まあ、じゃあ、そういうことだから、行っていいですか?」


佐原「……」


根岸「じゃ」


佐原「待って! 俺の運命の人!」


根岸「……」


佐原「……」


根岸「……」


佐原「……はっ!」


根岸「えぇ……」


佐原「しまった」


根岸「なにその最高に嫌な発言」


佐原「しまっちゃった」


根岸「しまっちゃったじゃないよ。 何? 繋がってんの? 俺とお前?」


佐原「あー、いえいえ、えっとそうじゃなくてね、えっとね」


根岸「ひどい嫌がらせだな、ほんと」


佐原「あ、奥さんが呼んでますよ根岸さん」


根岸「なんだよ、呼んでるって、赤い糸の次は虫の知らせか?」


佐原「あーいえ、はやく帰ってこないかなーって、たぶん、奥さんが思ってますよ、ってことで」


根岸「……」


佐原「ね?」


根岸「ん、ケータイに……」


佐原「あ、奥さんから連絡ですか?」


根岸「……アンタの言ってた通りだった」


佐原「ほう?」


根岸「今日は鍋だから早く帰って来いってさ」


佐原「おー」


根岸「何、なんかそういう超能力なの? 赤い糸見えたり、俺の奥さんからの連絡予知したり」


佐原「まあ、そんな感じです」


根岸「……ふうん」


佐原「というか、すっごい愛されてますね、根岸さん」


根岸「ああ……まあ、それはいいんだけどさ……」


佐原「いやもう羨ましいような、恐ろしいような」


根岸「なんだよ恐ろしいって」


佐原「いやいや」


根岸「っていうか、お前が、赤い糸が見えるとして、じゃあ何か、やっぱり俺とお前は赤い糸で繋がってるのか」


佐原「あ、いえ、それは誤解です」


根岸「なんだよ、誤解って。さっき運命の人とか言って、しまったとか言ってたじゃないか」


佐原「あー、私ができるのは、赤い糸を見るだけですけど……」


根岸「けど?」


佐原「たぶん、奥さんも同じチカラ持ってますよ?」


根岸「……は?」


佐原「さっき、しまった、って言ったじゃないですか。あれ、根岸さんの赤い糸が締まったんですよ」


根岸「……締まったの?」


佐原「そう、締まったの。締まっちゃったの」


根岸「え、あ、ああ、そういう『しまった』だったのか」


佐原「たぶん、奥さんが引っ張ったんだと思うんですけどね?」


根岸「……ほう?」


佐原「で、まあ案の定、連絡が来たわけで」


根岸「何? じゃあ俺の赤い糸は奥さんと繋がってるの?」


佐原「たぶん、かなり高い確率で」


根岸「……なんだよ、心配して損したよ」


佐原「ええ、で、まあ、すっごい愛されてるなーって」


根岸「どういう……」


佐原「指先」


根岸「あー、……ああ、紫色になるくらい、引っ張られてるのか、赤い糸」


佐原「うむうむ、そういうことですね」


根岸「ふむ、まあ、喜んでいいことだよな」


佐原「同じくらい、引っ張ってあげればいいと思いますよ」


根岸「いい事言った風な」


佐原「ふふふ」


根岸「……なんか、花でも買って帰ってやろうかな」


佐原「いいですねそれ、喜びますよきっと」


根岸「……なんか、ありがとうな」


佐原「いえいえ、いいんですよ。よかったです、誤解も解けて」


根岸「……」


佐原「……? どうしました?」


根岸「……いや」


佐原「?」


根岸「あのさ」


佐原「はい」


根岸「じゃあさっきの、運命の人、ってのはなんだったんだ?」


佐原「ああ、あれはただ単に私がアナタに一目惚れしただけです」


根岸「……えぇぇ……」




閉幕

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