第5話 隠れ家レストラン
「お邪魔します」
「いらっしゃいませ。ゆっくりとくつろいで下さいね。今日は何時までいられますか?」
仕事中は携帯・スマホは禁止なので、仕事中は懐中時計をベルト通しにぶらさげて、慣れるといちいち時間を確認する為にバッグからスマホを出すのは面倒なので、猫の顔の形のぶら下げておく時計をつけている。
鞄にぶら下げている時計で16時なのを確認。
「明日は仕事で早いので、20時台のJRには間に合うように帰ろうと思っています」
「わかったわ。19時迄には帰れるようにするわね。お飲み物は何がお好き?ほとんどのものがありますから、お好きなものを言ってちょうだいね」
「では紅茶をお願いします」
「紅茶の種類は、今だとキャンディ・アッサム・ダージリンがありますよ」
「アッサムでお願いします」
「お砂糖とミルクはいりますか?」
「ミルクをお願いします」
「エバミルクと牛乳どちらにします?」
「牛乳でお願いします」
「今入れてきますから、こちらで待っていて下さいね」
本格的なお店なのかな…牛乳は牛の種類まで選択可能だったらどうしようかと戸惑った。
普通の家の客間にあたるだろう、洋風の食卓テーブルのある部屋に通された。
普通の家では、ここにソファーやそれに合わせた低めのテーブルがおかれているのだろう。
5分程して、木で出来た四角いお盆に、紅茶とミルクピッチャーに入った牛乳とガラスで出来た丸くてプリーツのような凹凸でかたどられた透明なシュガーポットに入った砂糖とクッキーが5枚程置かれた真っ白なケーキ皿が載せられてきた。
「お待たせしました。食品アレルギーは何かありますか?」
「ありません。それとゲテモノと言われる部類の物以外での好き嫌いはありません」
「わかりました。これから試作品を運んできますね。こちらの紙に感想を簡単にでも書いてもらえると嬉しいわ」
女性はふんわりと微笑みながら、真っ白な黒い罫線だけ引かれた一枚の紙を木の板に挟んで置いて、ゆったりとした動きで給仕に戻った。
女性の名前を聞いていない事を今更ながら思い出し、自身も名乗っていない事に気づいた。
「お待たせしました。まずは前菜ですね」
大きめの楕円の少し窪んだ真っ白なお皿の上に、オードブルと温かいほうじ茶とお銚子に入った冷の日本酒とお猪口が並んでいる。
「こちらが胡瓜・茄子・大根・人参の糠漬けで、こちらが卵の黄身・山芋・牛蒡の味噌漬け、その隣が人参・セロリ・トマト・パプリカのピクルスで、こちらが漬物を揃えた物ですね」
「糠漬けも、味噌漬けも、ピクルスも、見た目香りともに自然で優しいですね」
「うふふ、食べたらお野菜以外のオードブルお出ししますね。用意してきますから、ゆっくり召し上がっていてね」
そういいながら、やはり気ぜわしさとは無縁なゆったりとした動作で台所に移動して行った。
野菜は全て2切ずつ、卵だけ1つ。
「糠漬けからいただきます。胡瓜から…ああ~これ結構年数の経っているいい糠床。茄子…べちゃっとしないで、じゅわ~んて水分が丁度良い加減…大根…硬さが丁度いい…人参…ああ~青臭さと匂いが全くなくて甘~い…」
上手に年月を過ごした糠床は、酸っぱさも無く旨みが豊富で、決して市販の漬物のような味の抜けたような中に化学調味料だらけの臭いものではない。
二人切ずつある野菜は、片方は日本酒と、もう一つはほうじ茶といただいてみる。
亡くなった祖母の漬ける漬物は本当に美味しくて、サラダなんて目じゃなかった。
まさかこの年になって、祖母と同じというわけではないけれど、本当の糠漬けを口にできる日が来るとは思わなかった。
祖母の形見に糠床が欲しかったけど、五人兄弟の三番目の母ではなく、一番上の長女が持って行ってしまった。
母は料理をしない人だったのと、孫の私はとても口の出せる雰囲気ではなかった。
「味噌漬けも期待できるかな。山芋…ベタベタしないでサクホロネットリ…牛蒡…太陽の香りで硬すぎない…卵…ああ~箸で掴んでも落ちない!7分茹で位の堅さ?おお~濃厚~これでご飯食べたい!」
ああ~美味しすぎる。どれも単純なものなのに、祖母の料理を思わせる美味しさ。
「ピクルス…正直苦手なんだけど…生ハムのマリネなら好きなんだけど…取りあえず胡瓜から…おお?とんがった酸っぱさがない?日本酒には合わないかと思ったけど案外大丈夫。ご飯のおかずになりそうなピクルスだからかな?セロリ…ああ~昔の日本に多かった種類のセロリだ…パプリカ…うん…歯ごたえは残ってるのね…香りもある…トマト…へえ~トマトの青臭さもない…サラダより水分が無いせいか…濃厚でジューシー…ハンバーガーのピクルスを想像してたよ」
このピクルスが売ってたら、白ワインのおつまみとして買ってしまうかもしれない。
どの前菜も、絶対にご飯と日本酒を意識したものだと思う。
ご飯が欲しくなりました。
次の前菜も楽しみです。
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