・魔女の呪文を読み解く


「ありがとう。古郡君には、私からそう伝えておく。彼が札幌に来たら、では、慎之介が対応するように」

「わかりました。そうさせていただきます」

 とうとう専務が引き継いでしまった。

 これでシークレットバーゲンの他に、来秋の改装に向けての準備と、すぐ目の前のイベント準備まで仕事になってしまう。カンナ副社長のアシスタントだった時以上に忙しくなりそう。しかし、眞子も気を引き締め専務へと向く。

「それではさっそく、六花の小川店長に連絡いたしますね」

「うん。頼む。では小川さんの返答でハンドクリームの発注できる個数と日程を確認し、印刷所にあるDMの文章がそのままでいいのか、変更すべきか検討する」

 ふたり一緒に動き始める。

 麗奈はそのまま副社長デスクの前でうなだれたまま動けないようだった。

 それでも眞子は急ぐ。事務室を出て、応接室へ。専務もカンナ副社長からDMの資料を引き継いだようだった。

スマートフォン片手に、眞子はエッセンシャル六花へ電話をする。

 すぐに小川店長が出てくれる。

『本田さんですか! ああ、よかった。担当が違うけれど、もう明日にでも本田さんに連絡しようと思っていたんです』

 小川店長も、今回のマグノリア側の不手際に参っているようだった。

『そちらのイベント担当の後藤さんに何度か連絡させていただいたのですが、横浜の営業さんから連絡が来るから待っていて欲しいとばかり返されて、それでもまったく横浜シルビアさんからご連絡がないんです』

 ああ、もう。こう言う時は、忙しくて手が回らないだろう徹也の代わりに麗奈が引き受けるべきだったのに。そう思いながら、眞子は電話でも頭を下げて詫びる。

「小川店長、ご迷惑をおかけしまして申し訳ございませんでした。こちらの不手際です。お詫びいたします」

『それでもそちらのイベントに参加させて頂きたいので、こちらの一存ですが確保数がわからないまま、ノベルティのハンドクリーム200個は確保させて頂きました。不要になっても、私のお店でこれからも配れば良いと思って……』

「ほんとうですか! あ、ありがとうございます!!」

 六花の顧客数からすれば、多すぎる確保だったに違いない。でも先日専務が『数百個』と伝えていたのを覚えてくれていたようだった。

 ちょうどよく、専務が応接室に戻ってきたので、眞子は電話を繋いだまま報告する。

「専務、小川店長が既に200個のノベルティを確保してくださっておりました!」

「ほんとうか!」

 電話を代わりたいというので、そのまま眞子のスマートフォンを専務に渡す。

「小川さん、ありがとうございました! いま、こちらでノベルティの確保ができていないことが判明して、どうしようかというところだったんですよ。助かります。そちらのノベルティはすべてこちらで引き取りますし、代金もお支払いいたします」

 そこで専務がちょっと難しい顔になる。小川店長となにを話しているのか……。

「ほんとうにこちらの手違い、不手際、心よりお詫びいたします。はい。かしこまりました。今後は、私、篠宮と、本田で担当することになりましたので、大丈夫ですよ。はい。はい……。ありがとうございます。明日にでもそちらに伺いますね。はい。午後の……」

 専務の代わりに眞子が手帳にメモをする。専務が電話を切り、スマートフォンを返してくれたが渋い顔。

「小川さんもさすがに、……お怒り一歩手前だったみたいだな」

「ですよね……。ノベルティの多量注文をするなら、早めがいいとおっしゃっておりましたからね。なのに。連絡をしても『担当からの連絡を待ってください』という後藤さんの一点張りだったみたいで……」

「そして。古郡君からの連絡もなし……。不信をいだいた小川店長は『あの方達が担当のままだと不安だから、連絡窓口は本田さんか専務さんにして欲しい』と言ってきたほどだよ」

 さすがに専務も、額を抱え溜め息をついた。

「はあ、なにやってんだよ。古郡君は……」

 眞子もそう思う。でも、ちょっとわかる気がした。徹也と一緒に仕事をしている時、何店舗も担当をしている徹也はぽろっと忘れることがある。だから、彼にいちいち連絡をして進捗状況を確認しないと安心できない一面があったのも確か。副社長がいうように、そういうコンセンサスの意志は、仕入れ先の社員が気をつけないと約束が守られないこともままあった。

 麗奈は徹也を信じ切って、すっかり任せてしまったのだろう。それでも、徹也ももう少しスケジュールをひとつひとつ丁寧に扱って欲しい、どんなに忙しくても、それが本社の営業マンなのではないだろうか。

「でもな……。とうとう見えちゃったて感じだよな」

 黙って見ていて。副社長のアシスタントを降格されてから、専務はずっとそう言い続けてきた。

 眞子もちょっぴり見えてきたと思っている。一緒に仕事をしている時には気が付かなかったけれど、徹也はけっこう杜撰(ずさん)なのかもしれない。

 麗奈の経験が少ないことを考慮してコントロールするのも先輩である徹也の手腕だったはず。でも、徹也は麗奈というパートナーに代わっても、眞子の時となんらかわらない対応だったよう。

 それを見過ごしたからこそ、いや、こうなることをわかっていて黙ってやらせていたからこそ、副社長が私の責任と眞子と専務に頭を下げてくれたんだと思う。

「俺さ、カンナが大事にしていたアシスタントの本田さんをいきなり切ったことがなんなのか。もしかして……と思うことがあって、ちょっとずつ探ってみたんだ」

「探った……ですか?」

「うん。やっぱりそうではないかと半分確信を持ったのは、ディスプレイチームの佐伯さんが来た時。俺が思うところを、既に当たり前のようにして察してくれたんだよな」

 佐伯リーダーの『しんちゃん、慎重にやりなさいよ』という言葉を眞子も思い出す。

「佐伯さんが帰った後、営業がどうなっているか、探ってもらって。その様子を連絡してもらっていたんだ」

「そうだったんですか。いつのまに」

「カンナが突然、本田さんを切ったのも不自然だった。それで、眞子さんがあんなに泣くはめになったり、後藤さんにバカにされたり、古郡君にうまく利用されそうになっているのを見ていたら、そりゃあ、専務の俺も黙っていられないからな」

「では、私のために……」

 自惚れかな。そう思いながらも、やっぱり専務は私を護ってくれていたと眞子は感じてしまう。

「もちろん、眞子さんを泣かせるヤツは許さないと思ったのも本当。あとは、このマグノリアと横浜シルビアの関係をきちんと是正するため」

 是正? 眞子は首を傾げる。そんな悪い点なんてあったかな――と。

すると専務が、眞子から目を逸らした。とても言いにくそうななにかを秘めた横顔で。でも、それを言ってくれる。

「あまり評判がよくないらしい、古郡君」

 え。あの徹也が? 爽やかでスマートで本社の営業マンといえばエリート部署なのに。

「……その、女性問題が絶えないらしくて。……他の仕入れ先の、その、販売員とか店長とかと関係があって。トラブルになることが昨年からちらほらあったらしくて」

「ええ!? そうなのですか!」

 うそ、あの徹也が? すごく清潔感に溢れていたのに?

「だって。モデルの恋人がいるって。婚約して結婚するつもりだって聞いていますよ」

「そのとおりなんだけれど。恋人がいても、そういうことできる男、いるだろ? つまり。そういう一歩間違えたら危ない男が眞子さんと仕事していたことになるんだよ」

 そして。眞子はその男に夢中だった。いまとなっては過去のことだけれど、彼が担当になってからずっと片想いだった眞子はショックを受ける。

 じゃあ……。いつか、利用されるために、心も身体も弄ばれていた可能性もあったの? もし、そうなりそうになっていたら。きっと、あの時の私は彼になにもかも投げ出していたと思う!

「女心を巧みに操って、営業成績を伸ばす。時には、女性が望めば一夜も厭わない。そして女性を上手く使って、それとなく成績を維持したり伸ばしたりしてきたんだろうね」

 猛烈な片想いをしていた眞子を知っている専務だから、言いにくそうにして背を向けたまま。でも彼がようやっと眞子へと向いた。

 自分も一歩間違えれば、女として利用されていたかもしれないことがわかってゾッとしている眞子の手はひんやり冷えてしまう。その手を専務がそっと握ってくれる。

「幸いだったのは……。古郡君が困って、この女なんとか言うことを聞かせたいから良い思いをさせておくか……と思われるような女ではなかったということ。つまり眞子さんは、放っておいてもうまく仕事をしてくれるから、ありきたりな営業マンのままで、手間をかけなくてよかったんだろうね」

 どうしても女として見てもらえない。眞子はそう思っていたけれど、徹也の目線から見ると違ったということ?

 つまり。眞子はそつなくなんでもやりこなしてフォローをしてくれるから楽チン。男のテクニックを駆使した骨折りをしなくて済む……。だから、手を出さなかった?

 ますます眞子は血の気が引く思い。

「私、……ずっと……、そんなバカみたい……に?」

 世間知らずの女みたいに。徹也に夢中になって必死に仕事をして。まったく相手にされていないどころか、少し躓いたら彼に枕営業されていたかもしれないということもわからなかった盲目に愕然とするばかり。

「それだけ、眞子さんが純粋ってことだろ。俺はそんな眞子さんが好きだったし、……羨ましかったよ。バツイチのだいぶ年も上の男なんて、近づいてちょっと話すことができれるのが精一杯だったから、もどかしくもあったよ」

 そして眞子はさらに気が付いた。

「じゃあ、カンナ副社長が、私をアシスタントから外したのって……」

「まだ確認はしていないけれど。カンナは新しく就任した部長の三浦さんを通じて、問題点に気が付いていたんだろうね。まずなんでもフォローをしてしまう眞子さんを、古郡君から切り離す。それで古郡君の仕事ぶりを再確認する。その為に新人に近い後藤さんに交代させた。これで後藤さんとうまく仕事ができれば、それでいい」

 眞子と徹也を離すのが目的だった?

 もしそうならば――と思った時、眞子の中で不可解だったことがすべて繋がっていく!

 北国の身近なオフィススタイルを提案したかったのに、片想いの徹也に流された。この時、カンナ副社長は『眞子はこんな提案はしない。これは古郡君独自の案か』と気が付いた。

 それが専務が言っていた『カンナにとって千載一遇のチャンス』だった?

 いつもの眞子ではなくなったこのひずみを使って、古郡君から離してしまえ。そう思ってあの日、突然、眞子をアシスタントから外す雷を落とした。

 引取先は、ちょうど良く、ひとりで仕事を抱えてうまく前に進めなくなっている甥っ子の専務。そこに眞子を預けておけば大丈夫。眞子ならうまく慎之介をフォローするだろう――と思って?



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