・ちゃっかり専務さん


 もうもう、ほんとにやんなっちゃう! どうしてあの専務はいっつもちゃっかり私に仕事をさせるんだろう??

 高額な商品の発注も! おでかけシャツのアイロンも! おでかけまえの髪洗いも! 極めつけに『なかなか進まない雑務』も!

「なんなのこの流行遅れのスカートとか! あの時は洒落ていたのに、いまは野暮ったく見えちゃうなんて不思議……」

 まだ三年も経っていないのに、ほんとうにファッションの移り変わりは早い。

「デニムパンツも、このラインは三年前には私もよくはいていたっけ……」

 休日でかけるときにだいぶ着回したけれど、翌年のある時から急にお気に入りではなくなった。つまり眞子もどこかで『もうこのラインじゃないな』と感じていたということなのだろう。

「う~ん、このブラウスも。いまもボウタイブラウスは流行っているけれど、もうこのウエストラインはあり得ないね……。このジャケットのカラーも、あの時この色が爆発的に流行ったけれど、いまは違うカラーが流行っちゃっているし……。うわ、この花柄もいまはあり得ない!」

 ばらばらになっている売れ残り商品をアイテム分けにする。

「年代別にもしておこうかな」

 そうするとその年に流行ったものがよくわかって、なんだか洋服を懐かしむアルバムを作っている気分になってきた。

「これと、いま売っているあれを組み合わせたらなんとか着られそうだけれどね」

 お洒落をいち早くキャッチする女性は流行る一年前から思い切ってそれを取り入れている。翌年、若い女性からそれが徐々に広がり、全ての年代に広がるにはだいたいその数年後。そしてそれを誰もが着るようになった頃、また新しいファッションラインが目立ち始める。その繰り返し。

「売り切るなら今年いっぱいかな」

 今年売っておけば暫くはお洒落に着られそうだと思うものもメモしておく。

 なんだかんだいいながら、眞子はその雑務に没頭していた。しかも『売る』を既に前提にして考え始めている。

 没頭することは好きだった。それに夢中になれることは、とても幸せなことだと思う。実際に、昨日の奈落の底に突き落とされた最悪の気分もなんとか忘れられる。

「小物はまだまだコーデ次第でいまも使いまわせそうなものも多いかな」

 PCの中でアイテム分けをして、眞子自身で他のファイルを作成してそこになにかを思いついたアイテムを振り分ける。

 

「本田さん、本田さん」


 急に専務の声が聞こえ、眞子はハッとして顔を上げる。

「すごいね、もうこんなに振り分けてくれたんだ。それと、その別に作っているファイルはなに」

「専務、もう終わられたのですか。早いですね……」

 もっさりスタイルの専務が眞子の言葉に驚いた顔をする。そして立派な銀の腕時計を眞子につきだした。

「二時間は経っているけれど? 早いかな。本田さんに任せっきりでこれでも遅くなったと申し訳ない気持ちで来たんだけれど」

 眞子もその時間を見て驚く。まだ一時間ぐらいしか経っていないかと思っていたのに、もうお昼前!

「え、もうそんな時間」

「すごい集中力だね。カンナから聞いていたとおりだよ。眞子は没頭すると声をかけても振り向かない。放っておくとそのままだからこっちが気になる――と言っていたかな」

「そうなんです。いつもカンナ副社長に『いつまでやっているんだ』と怒鳴られていましたね……」

「怒鳴らないと気がつかないと言っていたよ。怒っていたんじゃなくて、こっちに帰ってこいと必死だったんだろ」

 え、あれってそうだったんだ? と眞子は初めて知った。

「カンナはあの性格で誤解を受けやすいし、そういう自分を逆手にとって物事を運ぶ時もあるからな。ある意味、自分をよく知っていて、自分を上手く利用できる人だよ。それで自分の思い通りに回すことも上手い人」

 あんな叔母だけれど、俺は尊敬しているよ――と専務がにっこり笑う。

 あれ、またきらっとして見えちゃった?

 眞子はまた目を擦る。ぼさっとしているのに、不精ヒゲなのに、瓶底眼鏡なのに。ぜんぜんイケていない姿の専務なのに?

「そのファイルは、本田さんのアイデア? ちょっとこっちにもファイルのコピーを送信してくれる」

「はい。勝手にしまして申し訳ありません」

 でもそのファイルを送信すると、それを開いた専務がPC画面に目を懲らして唸っている。

「なるほど、アイテム分けをしながら、売れる可能性を探ってくれたのか。うん、今年売っておけばアイテムと、いまの流行と合わせられるアイテムね……」

 だが専務はそこで黙ってしまう。持っていたマウスに乗せている指をしばらくトントンと鳴らしてそのまま。

「毎日帰る時に、本田さん独自でこうして選んだファイルを俺に送信して」

「はい、専務」

 このアイデアでよし――と思ってくれたようで安心した。それに今のその冷めた目つきの横顔……。いつも堅い表情でただただ経営を管理している彼の父親、篠宮社長にそっくり。ちょっと怖い顔。やっぱり息子なんだなと感じるし、専務って真っ直ぐになにかを見ている目をしている時はもっさりスタイルの時でも、凄く凛々しいと眞子は見入ってしまった。

「俺もアイテム分けしながら、どういう手で売れるか思いついたら、本田さんのファイルに追加してみる」

「わかりました。では、売れそうなタイトル付けも勝手にしますが、最終的には専務の確認をお願いします」

「わかった。少し早いけれど、もうランチに行っていいよ。お疲れ様」

 少し早めのランチの許可が嬉しくて、眞子もありがとうございますと笑顔を見せて出掛ける支度をする。

「それから。この在庫のことは一部の者しか知らなくて箝口令でているから、口外しないように。あとで知っているスタッフを教えるな」

「はい……」

 一部のスタッフしか知らないような『業務』に携わることになったのだと、眞子は初めてその重さを知った気がした。

 箝口令が出ているような会社の内情に、副社長のアシスタントだった時は一切しらされなかったのに、専務のアシスタントになった途端に詳しい事情も聞かされない内にまるで自動的に知らされたみたいになって、もう当たり前に仕事をさせてもらっている。なんだが急に彼のアシスタントになったことに、奇妙なものを眞子は感じてしまう。


 そう思うと、重要な仕事を任された気にもなる。とても地味で、本当に裏方の仕事だった。流行を追って、きらきらと活発に動き回る展示販売会のような華やかな空気に囲まれるバイヤー職とは対照的すぎる。それでもこれは『マグノリア社の急務』でもあると眞子は思う。

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