・恋に流される


 横浜からやってきた営業の彼を、ブランド商品を置いている各ショップへと案内する。

 まずデパートのテナント、そして本店へと、事務所を出て二人で向かう。

 テナントでの商品の売れ行きと店の雰囲気を、徹也は真剣に眺め、じっと一時間ほど観察。

すらっとしたスタイリッシュな甘いマスクの男性がそこに立っているだけで目立つ。他ブランドショップの販売員たちの目線まで彼はさらってしまう。

 他ブランドショップのベテラン店長達にもよく言われる。マグノリアさんに来る横浜の営業さん、素敵ね――と。

 テナントを任されている店長も機嫌が良くなるし、ショップスタッフも彼が挨拶に来ると明るくなる。彼の顔を知っている顧客が来店していれば、その顧客が彼に勧められただけで買っていってしまう。

 都会の香りを漂わせている彼は、ほんとうに魅力的で、一緒に歩いているだけでも眞子は鼻が高くなる。

「店長。来月は、横浜のコーディネーターがディスプレイにくるから、よろしく」

 次はいつ訪ねてくるか伝え、彼と眞子はデパートのテナント視察を終える。


 ふた月に一度ほど、メーカー本社所属のコーディネーターが、テナントと本店のウィンドウとショップ内のディスプレイをしてくれる。そのセンスはさすがプロで、どんなにやり手でキャリアがあるカンナ副社長でも敵わない。大抵は、男性スタッフがやってくる。それでも『男性なのにここまで女性らしく女性が素敵と思えるコーディネートができるだなんて……!』といつも眞子は感動してしまう。とても楽しみにしていた。


 各店舗の見回りを終え、眞子は徹也を連れて事務所に戻る。

 応接テーブルがあるソファーで珈琲を片手に打ち合わせをする。

「次回のディスプレイなんだけれど」

「はい」

 彼の真剣な眼差しだけでもドキドキする。そしてそんな彼と対等に仕事の話ができるこの時間も眞子には至福――。長い指が高級そうなボールペンを持って、彼が持ってきた書類の一部を指す。男っぽいセクシーな匂いが漂う。

「もう雪の季節を考えないとなあ。本州が紅葉の時期に、初雪だもんな。次回はアウター重視で行くかな。札幌はウールやカシミヤコートの需要がないんだよね~。カジュアルにまとめて、ダウンジャケットを中心としたコーデにしようか」

「お勤めの方はだいたい地下街を歩きます。地下街は暖房が効いているので、ダウンコートよりかはウールカシミヤコート派の方も多いですよ。動きが悪いからこそ、次回のディスプレイはカシミヤコートでお願いします」

 バカ売れするような需要ではないが、まったく要らないアイテムでもない。氷点下とプラス気温を行ったり来たりする時期にはダウンよりはコート。眞子のコーデもそうなる。

 着ている人はいる。街のど真ん中にあるショップのディスプレイが素敵なら、買ってくれる。特に街中を歩く人は絶対に。眞子の確信だった。

「わかった。じゃあ、それにあわせて、カンナ副社長イチオシコートの搬入日を決めておこう。その時に本格的に冬物を揃えて発送するけどいいかな」

「そうしてください。でも、量があるのなら、検品の時間も必要なので……」

 ふたりで手帳を付き合わせ、話を煮詰めていく。


「珈琲のおかわり、いかがですか」

 眞子と同じく副社長のアシスタントをしている後輩が気遣ってやってきた。

 後藤麗奈。眞子と同じくカンナ社長のアシスタント。後輩。


「ああ、後藤さん。ありがとう」

徹也の微笑みに、彼女が満足そうに微笑み返す。

「あ、来月のディスプレイの原案ですか。私にも見せてくださいよー」

「うん、いいよ」

 二人で一生懸命に突き詰めていたものを、麗奈がさらっと取り去ってしまう。

「コートにしたんですか。いいですね。黒のコートでクラシカルにスタイリッシュなのがいいなあ」

「そうだね。いいね、それ。コーディネータースタッフに提案しておくよ」

「ほんとうですか! じゃあ、私の提案も、ここに付け加えてください。お願いします!」

「あはは。相変わらず、強引だね。いいよ」

 ――なんて言って。徹也はほんとうにあの格好いいボールペンでスラスラと麗奈の提案を書き加えてしまう。

「嬉しいー。来月が楽しみです」

 オーソドックスにノーブルな服装しか好まない眞子に対して、彼女はまさに女性らしく、セクシーにもフェミニンにも幾通りものファッションで着こなせる女の子だった。

 メイクもヘアもばっちりで、そして……こうして要領がいい。たまに今のように眞子が積み上げてきたものに何かを上乗せするような提案をして、パッとその案が通ってしまうことが何度かあった。なので眞子は彼女をやや警戒している。

 いまのところ、彼女はカンナ副社長のアシスタントといっても事務的なものや秘書的なサポートをしているだけ。それでもカンナ副社長との距離が眞子の次に近いこと、また若い眞子が目の前でカンナ副社長にバイヤーとして叩き込まれている姿を見ているせいか、彼女自身は『私にだってできる。やってみたい』とバイヤーを目指しているようだった。


 そしてさらに眞子は知っていた。

 麗奈は(も?)徹也を狙っている。


 彼が来る日の彼女はいつも以上に女ぽい雰囲気に仕上げてくるし、眞子と徹也が話しているところを必ずこうして邪魔をする。

 それになんといっても、彼女には可愛げがあるからか、徹也は彼女に甘かったりする。そしてカンナ副社長はそれを見ても何も言わない。だから眞子もなにも注意ができない。

 それに注意ってなに。彼女はなにも悪いことはしていない。そう感じたら、いまにも尖りそうな心をなんとか宥めて丸くする。

 大人の笑顔にそろそろ慣れなくてはいけない。頭では悪くないことと言い聞かせても、まだ大人になりきれない未熟な心が、子供っぽく彼女に苛立っている。

「眞子さんも、おかわりいかがです」

「うん。ありがとう」

 彼女が丁寧にカップに珈琲を注いでくれ、そこからは余計な邪魔をせずに潔く去っていく。

 こういうやりすぎないところも、彼女は良く心得ている。嫌味にならない程度のラインをよく知っている。だからこそ余計に苛立ってしまう。

「クラシカルかあ。いいかもね」

 また徹也がその気になってしまうから困ってしまう。

「そうですね。私もいいと思います」

 そして、そうとは思っていないくせに。彼に合わせて、気に入らなくても流される自分もとても嫌い。

 極上の気分から、一気に突き落とされる。

 一年前からそんな彼女と徹也に苛むようになっていた。


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